第29話 芦塚さんブーム

 文化祭の片付けも終わり通常の学校生活に戻ったが、文化祭の盛り上がりを引きずってか、クラスに浮かれた空気が残っている。

 特に、芦塚さんは今回の件で人柄を知られたのか、彼女の元には多くの人が集まるようになった。

 ちょっとした芦塚さんブームである。

 一見すると美人すぎてとっつきにくい彼女だが、話してみると、冗談に付き合ってくれる気さくさや、お化粧が上手という器用な一面や、自らの美しさをひけらかさない謙虚さ等、とても素晴らしい女の子だと皆が気づいたようだ。

 みんな気づくのが遅いんだよなぁ。

 僕みたいなやつと一緒に居てくれる時点で察するべきなんだよ。


 片や高御堂君は、女装が綺麗すぎたせいか、男子に囲まれている。

 女子達は芦塚さんと、男子達は高御堂君と、もっと仲良くなりたい一心で二人に話しかけているのが、最近の教室内の風景だ。


 そして僕はというと、一人ポツンと過ごしている。

 ど、どうして!?

 ここは『文化祭の時の西河君、すっごい綺麗だったよ!』『西河……結婚しよう』ってなる所じゃないの?

 いや、2つ目はおかしいんだけどさ!

 クラスメイトの興味は二人に集まり、結果として僕は誰の目にも映らない透明人間になってしまっている。

 元から交友関係は狭いけれど、これは多少落ち込む。

 あれか、打ち上げに参加しなかったからなのか?

 打ち上げに行かなかったくらいでハブにするような人達なんて、こっちから願い下げだよ!

 べ、別に寂しくなんてないんだからね!



 普段は昼ごはんは自分の席で食べていたが、高御堂君とご一緒しようと人が集まるので、逃げるようにして教室の外へと向かうことになる。

 10月になり、ほんの少しだけ気温が下がったので教室の外でも何とか我慢できるようになって助かった。

 人気の少ない、普段は使われていない出入り口の前が、最近の僕の居場所となっている。

 日陰で涼しくて人目が気にならない為、僕みたいなボッチ野郎にはピッタリの場所だ。

 今日も今日とて一人でパンを食べながら動画サイトを見ていると、横に誰かが座ってきた。

 アナザーボッチだろうか、やはりボッチ同士は惹かれ合う運命なのかもしれない。

 そう思いながら顔を上げると、いつか見た高御堂君を狙っている営業マンみたいな人が居た。


「やあ西河君、今いいかな?」

「いいけど、どうしたの?」


 ていうか、君の名前は?

 営業マンにしろ起業家にしろ、それならまずは名刺を渡そうよ。


「ああすまない、僕は星名勇士。前に一度話したことがあるんだけど、覚えているかな?」

「お、覚えてるよ……中々忘れられない内容だったし」


 その顔であんな内容の会話をしたら、大体の人は忘れられないと思うの。


「覚えていてくれてありがとう。それで、君に聞いて欲しいことがあるんだ」

「高御堂君のこと?」

「そうだよ、よく分かったね」

「そりゃあ分かるよ……。それで、話って?」


 星名君は僕に缶コーヒーを手渡してくれる。

 相談料かな……ありがとうございます……。


「この前の文化祭で、高御堂君は大人気だっただろう? そして最近はクラスの男子達に囲まれているそうじゃないか。もしかして、彼に恋人ができたんじゃないかって不安なんだ……」

「そんな話は聞いたことないけど、確かに最近は高御堂君人気だよね。文化祭前までは関わりの少ない人も、最近はよく一緒に居るみたいだし」

「やっぱりかい? 僕も彼に話しかけたいんだけどさ、いつも周りに誰かが居るから話しかけにくくてさ……。そんな時に君が最近ここに居るって聞いたから、話を聞いて貰おうと思ったんだよ」


 僕の出現場所はマップに表示されたりしてるの?

 伝説のボケモン扱いじゃん。

 悪くない気分です。


「でも、本当に話を聞いてあげるくらいしかできないよ? 僕から高御堂君に紹介とかは、ちょっと難しいし。それに、僕も文化祭が終わってからは、あんまり高御堂君と話してないんだよね」

「西河君が話せていない状況では、僕が行っても無理だろうね。僕も、彼とお近づきになりたいんだけどさ」


 寂しそうな表情で遠くを見つめる星名君。

 そう言えば、人から恋愛相談をされるのは初めてだな。

 恋愛関係の話は自分に関係のある事ばかりたったし。

 落ち込んでいる所に申し訳ないけれど、こちらからも質問させてもらおう。


「星名君は、前から男の人が好きなの?」

「ん? 違うよ。これまで好きな人なんていなかったから、これが所謂初恋ってやつだね。まさか同性相手になるとは、自分でも思わなかったさ」

「そうなんだ。まあ、高御堂君は綺麗な顔してるもんね」

「本当にその通りだね。自分でも驚くくらい一目惚れしてしまったよ」

「僕に告白してきた人達も、そんな感じだったのかなあ」

「そうかもしれないね。西河君、同性に告白されるのってどんな気分なのかな? いや、彼に告白しようとかは考えていないけど、こんな機会だからさ」


 お互いにほぼ面識がなく、今後も関わりの薄そうな相手だからこそ話しやすい事というのはあると思う。

 今日の話は、近い距離の相手には中々話せない内容だ。


「正直に言うとね、申し訳ないとも思うけど、どうして? っていうのが一番大きいかな。僕は見た目は女子みたいだけど、ちゃんとした男子だからね。それなら、ちゃんと女の人を好きになればいいのにって思ってるよ」

「そうだよね……。やっぱり同性の相手を好きになるのって、おかしい事なのかな?」


 僕の回答を聞いて、星名君の表情はどんどん暗くなっていく。


「僕の場合は、相手の人の中では僕が女性側にカテゴライズされてるからちょっと違う話なんだけどね。でも仮におかしくても、好きになっちゃったのは仕方ないじゃん。僕は星名君のことも、僕に告白してくれた人の事も、おかしいとは思わないよ」


 だって、一番おかしいのは女装している僕なんだから。

 自分のことはかわいいと思うし、思わないなら女装なんてしない。

 それなのに、好きになってくれた人をおかしいと思うのは、いくらなんでも理不尽だろう。

 やっぱりちゃんと異性を好きになった方がいいとは思うけど、相手の気持ちを全否定など、誰にも出来はしないはずだ。


「それに、星名君は女装している高御堂君を見る前から好きって言ってたし、好きな相手が偶々同性だっただけだよ。もしかしたら、次は好きな女の人が見つかるかもしれないよ?」

「そうだね……好きになった相手が偶々同性という表現は、その通りかもしれない。これが人生最後の恋という訳でもないんだ、今はこの気持ちを大事にしていくよ」

「うん。相手に迷惑をかけなければ、好きになるのは自由だしね」

「西河君ありがとう、少し気が楽になったよ。こんな話、誰にでも出来ることじゃないからね」

「いいよ全然。僕は何もしてあげられないけど、話くらいはまた聞くよ?」


 彼の応援なんて、そんな無責任なとことはできない。

 結局は高御堂君の気持ち次第かつ、こんなにハードルの高い恋の応援なんて、安請け合いしては星名君にも失礼だ。


「じゃあそろそろ戻ろうか。コーヒーごちそうさま」

「ああすまない、最後に一つ聞いてもいいかな?」

「ん? いいよー」

「西河君は女性と男性、どっちが好きなのかな?」


 やけに皆これを聞きたがるな……。


「僕は、男の人を恋愛対象としては見てないよ。今後も絶対にあり得ないとまでは言わないけど、考えにくいかな」

「そうか……ありがとう。本当に助かったよ」


 星名君と別れ、一人教室に戻る。

 授業開始までまだ少しあるが、高御堂君の周りには人がおらず、僕も自分の席に座ることができた。

 人が自分の席に居るときって、ちょっと困るよね。


「西河、最近休み時間は何処にいるんだ?」


 席に座ると高御堂君に話しかけられた。

 僕も出現場所はマップを見てくれれば表示されているらしいが、彼はマップを持っていないのか。


「外の、あんまり人が居ない所にいるよ」

「気を使わせたようですまないな。他の奴らがお前の席まで使ってしまうから、そこに居づらいだろう。一人で居るのか?」

「普段はね。でも今日は他の人も来て、少しお話したよ」

「ほう、珍しいな。どんな話をしたんだ?」


 僕が他の人と話すだけで珍しがられるのは、相変わらずらしい。

 そんな筋金入りのボッチに見えますか?

 その通りでございます。


「んー、ナイショかな」

「まあ、変な事に巻き込まれていないなら良いだろう」


 高御堂君も過保護派の仲間入りしたの?

 芦塚さんのせいでしょこれ!


「そうだ、高御堂君って気になる人とかいないの?」


 僕の急な発言に、前の席に座る女子が机をガタッと揺らす。

 ……今聞くことじゃなかったかもね。


「なんだ藪から棒に?」

「んー、キャンプの時に高御堂君も僕に聞いたでしょ? それをふと思い出したの」


 星名君との話で少し気になったんだけど、そういう事にしておこう。


「そういうことか。しかし、どうだろうな。自分でもよく分からん」

「分かんないかー」

「まあ、こんな所で答える質問でもないだろう」

「そうだよね。なんかゴメン」


 仰る通りです。

 授業開始直前に、教室で話すことではないよね。

 コミュ障だから話題選びが下手なの……。


「ただ、もしそんな人ができたら、その人がちゃんと異性の事を好きだったらいいなとは思う。同性相手なら勝負できるが、性別はどうしようもないだろう?」

「そ、そうですね……」


 同性に好かれやすい僕のせいで、彼の恋愛観はおかしくなってしまったのかもしれない。

 いや、本当にごめんなさい。


 始業のチャイムが鳴り響く。

 僕も前を向いて先生が来るのを待つ。


「本当に、ちゃんと男が好きならよかったのにな」


 チャイムの音に紛れて、高御堂君が小さな声でそう呟く。

 僕には意味が分からなかったので、聞こえないフリをしておいた。

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