第28話 メイドさんとの邂逅

 さてと、人生初の自撮りを始めますか。

 でも、そもそもどうやってやるのかが分からないから、まずは調べてみよう。

 スマホで『自撮り』と検索すると、顔面に自信しかない女性による自撮り講座が沢山出てきた。

 なになに、背景を入れて眉を少し上げるとポイントアップ……なるほど。

 スマホの持ち方まで丁寧に書いてあるので、それを真似しつつ、書いてあるポイントを押さえて自撮りをしてみた。

 ……これ、何が楽しいの?

 撮れた写真を見てみると、自撮り講座を開いている彼女達に負けず劣らずな、自信満々な女の顔が写っている。

 これはもう、写真写りがいいと好意的解釈をしておきましょうか……。

 将来はコスプレイヤーになるのも有りなのかもしれない。



 写真撮影を終えて暇をしていると、芦塚さんが戻ってきた。

 芦塚さんはデニムに白シャツのシンプルな格好だ。

 ……僕もそっちの服がいいなぁ。


「お待たせ、自撮り研究の成果を見せて?」

「スマホで20秒くらい調べてやったから、これはもう完璧だよ」


 芦塚さんにスマホを渡すと、彼女はふっと吹き出した。

 ちょっと? いくらなんでも失礼ではなくて?


「よ、よく撮れてるわよ……。ふふふっ……あなた、本当に自撮り研究家にでもなったら? きっと有名になれるわよ」

「ならないよ……いいから早く返して」

「はいどうぞ。……ふふっ、その写真、私にも送っておいてね」

「えー……」

「えーじゃないの。ほら、早く」


 僕は彼女に逆らうことはできないので、言われるがまま自撮りの研究成果を送信する。

 これで今期の単位は落とさなくても済むだろう。


「ありがとう。それにしてもこの写真いいわね。後で高御堂君にも送っておくわ。彼はこの顔のあなたが好きみたいだから」

「そうみたいだね。もう、好きにしてください……」

「じゃあ、そろそろ行きましょうか。今日は、行ってみたい所があるのよ」

「はーい。どこに行くの?」

「それは、着いてからのお楽しみ」


 そうして二人で芦塚家から出る。

 家から出ると、体が少し軽く感じるのは気のせいだろうか。

 あの家は絶対に何かオーラを出してると思うの。

 あんまりオーラの話をすると怒られるので、黙って芦塚さんに付いていく。

 電車に乗り、辿り着いたのは名古屋駅だった。

 僕は名古屋駅のことを迷路だと思っているので、用事がある時には目的地までの行き方をしっかりと調べてから来るようにしている。

 しかし今回は問題ない。

 芦塚さんの後ろを背後霊のこどく付いていく事10分、僕達はメイドカフェへとやって来た。


「ここよ」

「これって、メイドカフェってやつ?」

「そうよ。文化祭であなた達がやっているのを見て、本物も見てみたくなったの。でも、一人で来る勇気はなくて」

「そうだね、ここは僕も一人では来れないかなあ」


 確かにメイドカフェには少し興味がある。

 楽しそうだとは思わないが、純粋な好奇心が湧く場所だと思う。

 いざ、異世界へ!


「お帰りなさいませ! ご主人様!」


 ソロモンよ、私は帰ってきた!

 初見の場所でお帰りなさいを言われるのは、思っていたよりも複雑な気分だ。


「こういった所に来るのは初めてなのだけれど、どうしたらいいのかしら?」

「もう、ご主人様ったら、冗談がお上手ですね! 久しぶりだから、忘れちゃったんですか?」

「え、ええ……そんな所よ……」

「では、ご説明致しますねー!」


 忘れっぽい芦塚さんに、メイドさんが店内のルールを教えてくれる。

 メイドさんが映り込む写真撮影、お触りはNG、あとはノリを合わせようくらいの簡単な説明だった。

 その後は席に案内され、渡されたメニューの説明を行ってくれた。

 この人大変そうだなぁ、と思った僕は多分ここに来るのに向いてない。


「私はこのオムライスとドリンクのセットで、アイスコーヒーにするわ」

「じゃあ僕も同じものにするね」

「オムライスとアイスコーヒー2つずつですね! 承りましたー!」


 メイドさんは伝票を持って厨房へと去って行った。

 オムライスとコーヒーでこの値段か……。

 やっぱり夢を見るのにはお金がかかるんだね。

 夢の国も入るだけで8000円くらいかかるから、それに比べたら安いのかもしれないけど。


「メイドさんとの撮影はしなくてもよかったの? ほら、チェキセットの方がお得みたいだし」

「いいわよ別に。あなたの写真の方が面白いし」

「面白さを追求した覚えはないんだけどね……」

「メイドさんとのチェキは大体800円くらいみたいね。西河君の2000円って、やっぱり異常だったみたいよ?」

「昨日の人達と丸山さんがおかしいのは、流石に僕でも分かってたよ……」


 そんな話をしていると、先程のメイドさんが席へと戻ってきた。

 どうやら雑談までしてくれるらしい。


「なんのお話をされてるんですか?」

「昨日の文化祭の話よ。こっちの彼が、写真撮影1回2000円でボロ儲けしたのよ」

「そうなんだけどさ、言い方悪すぎない? 僕の手元には1円も入ってないよ?」

「ご主人様、こちらのご主人様は女性ですよ? 彼って言うは失礼じゃないですか?」

「あら、あなたはメイドなのにご主人様の性別も忘れたのかしら? 西河君は男の子でしょう?」


 入り口での仕返しなのか、芦塚さんは強気にメイドさんに詰め寄る。

 もういいじゃん女の子で……。


「えっ、西河って名前の自称男の子って……もしかして、ご主人様って、あの西河さんだったんですか?」

「どの西河さんか知らないけど、一応自称じゃなくて、本当に男の子です……」


 どうしてメイドさんに女装していると宣言しなくてはいけないのだろうか。

 もう、メイドさんならそれくらい知っててよね!

 ご主人様の性別を忘れるなんてプロ意識が足りないんじゃないの?

 心の中でメイドさんに文句を言っていると、彼女は両手を頬に当てて感極まっていた。


「すごい、あの西河さんに会えるなんて! お店の中は、昨日からずっとご主人の話題で持ち切りなんですよ! やたらめったらかわいい男の子と2000円払って写真を撮ってきたんだって、ご主人様同士で話されていたんです!」

「そ、そうなんだ……他の所で話せばいいのにね」

「いえ! 私達との撮影は安くていいねって喜ばれたので、全然構いませんよ。それにしても、確かにご主人様との撮影なら2000円払っちゃうのも分かります」

「分かっちゃうんだ……」


 関心するメイドさんに、何故か芦塚さんがドヤ顔をしている。

 その顔好きなので、今度自撮りして送っといてもらえませんか?


「芦塚さん、かわいい顔してるけど、どうしたの?」

「急にぶっこまないでくれるかしら。いえ、本業の人にも西河君のかわいさが伝わって満足している所よ」

「芦塚さんは何と戦っているの?」


 突然のかわいいマウントはやめて欲しい。

 あなたが一番かわいいって言いたいけど、言うのはメイドさんにも失礼なので言葉にはしない。

 メイドさんもかわいいと思うけど、今回は相手が悪かったね……。


「ご主人様は二人とも本当にお綺麗ですね。そうだ、一緒にお写真撮りませんか? ドリンク代をサービスしますので!」

「あら、西河君は写真1回で2000円稼ぐのよ? 全額サービスでないと釣り合わないんじゃないの?」

「芦塚さんやめてよ! サービスしてくれるって言うならいいじゃん! じゃ、じゃあそれでお願いします……」



 すっごい恥ずかしい……。

 メイドさんから一緒に撮ろうって言って貰えるだけで、十分すごいことだよ?


「ありがとうございます! それじゃあ、失礼しますねー」


 こうしてメイドさんと一緒にチェキを撮ってもらった。

 僕達の分にはメッセージも書いてくれたし、本来お金を払うべきサービスを受けてドリンク代まで貰うというのは、正直気まずい。


「あの、本当によかったんですか……? ドリンク代もちゃんと払いますよ?」

「いえいえ、とんでもないです! こんなに綺麗なお二人と写真が撮れて嬉しかったですよ。本当はメイドの格好をして欲しいんですけどね」

「それは嫌ですねー。でも芦塚さんだけ着てくれるなら、沢山お金払っちゃうかも」

「着ないわよ」

「だよねー……」


 そうこうしている間にオムライスが届けられる。

 メイドさんは、芦塚さんには猫の絵、僕にはメイド服の絵を、それぞれケチャップで器用に書いてくれた。

 ……そんなにアピールされても着ませんよ?


「それじゃあご主人様、美味しくなる魔法を一緒にかけましょう!」


 美味しくなーれと三人で魔法をかける。

 魔法をかける芦塚さんがかわいすぎたのでガン見していたら、気づかれたようで睨み返されました。

 おっかないね……。

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