第16話 センチな夜とリメイク
人生二度目のカラオケにて、またしても恥ずか死を晒した後に、僕達は解散した。
優香さんとは連絡先を交換したので、今後も彼女には女性として振る舞わなくてはいけなくなってしまった。
高御堂君が絡むとこんなことばっかりだな……。
嘘を吐くのはあんまり好きじゃないんだけどね。
でもこれは高御堂君が悪いのだ。
僕が率先して彼女を騙そうとしたのではない。
なので僕が罪悪感を感じる必要はないのだが、いくばくかの申し訳なさは感じてしまう。
帰宅して風呂に入ろうと服を脱いでから気づいたが、この服はどうやって洗うんだろうか。
何となく、普通に洗っちゃダメな気がする。
タグを確認するのもめんどくさいので、夏休み中のどこかで洗おうと決めて脱衣カゴへと放り込む。
宿題を全部終わらせて、やる事が無くなったらやりましょうか。
夏休み中どころか、今後の人生でこれを着るとは考えにくいし問題ないだろう。
風呂から上がり宿題を進めていると、時間は0時を越えていた。
「今日はもういいかな。また明日やろう」
独り言を呟きながら机の上を片付ける。
取り敢えずテレビを付けて眺めていると、えも言われぬ寂しさを感じる自分に気づいた。
昨日今日と、数少ない友人と会っていたからだろうか。
「なんだかんだで楽しいのかな……」
そんな言葉が口から漏れてきた。
高御堂君が転校して来てから、唯一の友人である芦塚さんとの距離が近くなったと思う。
また、関わることなんて無いだろうと思っていた高御堂君とも、気づいたら休みの日に一緒に過ごす程の仲になっているではないか。
友達の少ない自分にとって、これは大きな変化と言える。
一人で過ごした去年の夏休みには感じなかったこの寂しさは、僕の中で彼らが大きな存在になっていることを教えてくれる。
もっと二人には感謝を伝えないといけないのかもしれない、そんな恥ずかしいことも頭に過った。
こんなセンチな気分になるのも夏のせいだろう。
やっぱり夏って悪いやつなんだな。
近年続いている物価の上昇も、どこかの国がやたらとミサイルにお熱なのも、全部日本の夏のせいなのだ。
高御堂君とのお出かけから一週間が過ぎ、僕も宿題をようやく終わらせることができた。
これでもう僕を縛る物は、もう何もない。
僕は自由だ……!
自由なのだから、家から出ないのもまた僕の自由である。
何かゲームでも始めましょうかしら?
この前リリースされたオンラインゲームでも始めてみようかと思い、スマホを手に取る。
調べてみると、課金しないと武器の強化は難しいものの、マップの探索くらいは楽しめそうである。
今年の夏はこれをやろう。
どうせ直ぐに飽きるだろうし。
そう決めてスマホにインストールをしていると、画面の上に通知が来た。
メッセージの主は芦塚さんである。
『明日は文化祭の準備があるから10時に学校に来なさいね』
えっ、聞いてない……。
『そんなの聞いてないから、行かないという訳にはいきませんか?』
『だから今伝えたじゃない。あたな、クラスのグループに入っていないでしょう? いいから明日は来なさい』
『はい……』
クラスのグループって何?
ていうか何で芦塚さんはそれに参加しているの?
友達いないって言ってたじゃん……。
よく考えたら、あんな美人で優しい人に友達がいない方がおかしいんだよ!
そんなのひどいよ! 信じてたのに!
芦塚さんはファッションボッチだったのか……。
友達のいない僕を、君は影で笑っていたのかい?
なんということだ……。
立ち直れないので明日は休もうかなとも考えたが、はいと言ってしまった以上行くしかないのである。
そして翌日。
「あっつ……」
え? こんな暑いのに学校いくの?
先日のセンチな気分は何処へやら、今はもう家から出たくない気持ちで一杯である。
ていうか僕は当日男装して接客するだけなのに、どうして行かなくてはいけないの?
マジムリ……引きこもろ……。
そんな事を言っていても始まらないので、学校へと歩を進めるしかないのだ。
「おはようございます……」
「おはよー! 西河君も来てくれたんだ! ありがとね!」
10時少し過ぎに教室に入り、どんよりとした声で挨拶をすると、クラスメイト達は元気いっぱいに挨拶を返してくれた。
その言い方だと、僕は来なくてもよかった感じじゃないか?
これは隙を見てドロンさせていただくか……。
「おはよう西河君、ちゃんと来たのね。ジャージで来るなんて、やる気一杯じゃないの」
「芦塚さん……おはようございます。制服は着替えるのが面倒くさくて……」
「どうしたの? 元気がないけれど大丈夫?」
「こんな暑い中、休みの日に学校に来て元気な方が不思議だよ……」
本当に不思議な人達である。
「そういう事は思っても言わないの。そんなだから友達がいないんじゃないかしら?」
「芦塚さんに言われたくないけど……。ていうか芦塚さんは何でクラスのグループとやらに入ってるの? やっぱり僕と違ってちゃんと高校生できてるの?」
「ちゃんと高校生をするって何よ。文化祭の経理をやる時に必要だからって入れられたの。それまでは存在も知らなかったわ」
「そうなんだ。ちょっと安心したよ」
よかった、芦塚さんはファッションボッチではなかった……。
これからもボッチ仲間として仲良くしてね……?
独りぼっちは、寂しいもんな。
「今日あなたに来てもらったのは、もう一度メイクをやり直したいからなの。前回の反省を活かして、今回こそはちゃんと仕上げてみせるわ」
「なるほど。でも、それなら僕の家でやればよかったんじゃ……」
「道具が学校にあるのよ。西河君は、この炎天下の中私に道具を運ばせる気?」
「確かにそれは申し訳ないです」
「そういうこと。ほら、行くわよ」
そうして二人で前回も使用した空き教室へと移動する。
こちらの部屋も、芦塚さんがエアコンを付けてくれていたみたいで暑くなかった。
こういう細かい所に、人としての出来の良さが表れるんだなって思いました。
僕であれば、今からエアコンを付けていたところだ。
「じゃあ前回と同じで、今のお化粧を落とすわよ」
「はーい」
芦塚さんに顔を触られるのはもう慣れたものである、そう強がれたのなら、どれだけ良かっただろうか……。
普通に緊張するし、汗臭くないかが心配で仕方がない。
ダメだ、変な汗出てきそう。
そう思った頃には少し汗が出てしまったようで、芦塚さんがポンポンと何かで拭いてくれた。
「ご、ごめんね? 何か汗かいちゃったみたい」
「気にしなくていいわ。でも、そんなに暑いかしら?」
「やっぱり芦塚さんに顔を触られるのは緊張するよ……」
「そういうことね。でも、当日までには慣れてもらわないと困るわ」
「それは難しいかなあ」
こうして二度目のメイクが終わった。
髪も纏めてもらい、鏡が手渡される。
芦塚さんには悪いが、正直今回は期待していない。
また女の顔が映っているに決まっている。
どうせ僕は女っぽい顔なのだ、これはもうどうしようもない。
性格も女々しいのだから丁度いいだろう。
「これは……」
「どうかしら? 前回よりは良くなったと思うのだけれど」
鏡に映っているのは、普段よりもしっかりとお化粧をした僕、といった顔であった。
特に目元にはしっかりとしたメイクが施され、目力がすごいことになっている。
え? 男装は?
そんな疑問をぶつける為に、芦塚さんの顔に振り返る。
「前回の反省点は、無理に男らしくさせようとした事だと思うの。だから、今回は素材の良さを活かす方向にしてみたわ。あなたに男装は無理なのよ。これくらいちゃんとお化粧する西河君も、普段は見られないのだから、これはこれで悪くないと思うわよ」
「もうコンセプトから外れてるじゃん……」
「いいじゃない、これはこれでカッコいいわよ?」
「そうかもしれないけど、カッコいいの方向が違う気がするなあ」
顔を動かして、色々な角度から見てみる。
確かにこれならば、カッコいい女の人とも言えるだろう。
いや、何度も言うけど女の人じゃないからね。
男なんだから男装が無理なのは当たり前でしょうに。
「とにかく、当日もこんな感じでやるつもりよ。クラスの人にも見てもらいましょう」
「え、恥ずかしいから嫌だよ」
「本番では接客もするのよ? 今から恥ずかしがっていてどうするのよ。大丈夫、ちゃんと似合っているから」
似合っているのも、それはそれでどうなのかと思ったが、似合わない化粧をして動くよりは良いだろう。
芦塚さんに連れられ教室に戻る。
教室の扉を開けると、作業をしていたクラスメイトの視線が僕に集まった。
「西河君すごいキレイじゃん! えっ!? すごい!」
「あいつ本当に男か?」
「普段もかわいいけど、そういうメイクも似合ってる!」
「は? 結婚か?」
クラスメイト達は口々に僕の事を褒めてくれた。
男装というコンセプトから外れた事について言及する人が何処にもいないなら、もうこれでいいのかもしれない。
ていうか最後の奴、結婚はしない。
「み、皆ありがとね……。丸山さん、当日もこんな感じでお化粧して衣装を着るみたいなんだけど、これでいいかな?」
「完璧! ていうか、今度は私にもお化粧させてよ!」
「い、嫌だ……」
「えー」
独裁者丸山の許可も降りたので、当日の僕の方向瀬は決まった。
じゃあもう帰っていいですかね?
そんな事は許される訳もなく、メニュー表作りや看板の作成等を手伝わされつつ、結局最後まで残ることになった。
ていうか高御堂君を見なかったけど、あの男は来なかったのか?
ずるいよそんなの!
イケメンは休んでも許されるというのか?
世の中は結局顔なんだよね。
顔が良ければ何をやっても許される。
知ってた……。
「じゃあ今日はこの辺で! 皆さんお疲れ様でしたー!」
丸山リーダーの掛け声により、本日は解散となった。
もう17時じゃん……。
早く帰ってゲームやろ。
帰り支度をしていると、芦塚さんがこちらに向かってくる。
「西河君お疲れ様。それじゃあ、またね」
「おつかれ様。またねー!」
次に芦塚さんに会うのは新学期だろう。
それでも、またねって言ってもらえられるのは嬉しいものだ。
彼女の美しい顔を目に焼き付け終えると、僕も家へと足を向けた。
ぬわーん疲れたもーん!
家に帰ると床へと倒れ込んでしまった。
いや、本当に疲れたな……。
あと2週間は家から出たくない。
それで夏休みも終わるし丁度良いだろう。
それにしてもお腹空いたな、今日は宅配ピザを頼もう。
宅配ピザは、多分食べ物の中で一番好きだ。
床に倒れ込んだままメニューを調べ、看板メニューのピザ、てりやきチキン、アメリカンの3種をMサイズで注文する。
毎回悩むけど、毎回この3種類になる気がする。
合計金額の高さに若干引いたが、これで3日分の食料は確保できたのでよしとしよう。
今はネットで注文できるようになって本当に助かる。
電話だとコミュ障が発動して、上手く話せないかもしれないからね。
待っている間にお風呂を済ませようかと思ったが、どうにも体が動かない。
せっかく芦塚さんがしてくれたお化粧を落とすのも勿体無いしね……と自分に言い訳しつつ、このままぐったりしてることに決めた。
床に転がったまま動画サイトを眺めつつ、1時間程ウトウトしていると、妹の渚からメッセージによりスマホが震えて目が覚めた。
『そろそろ着くよー!』
は?
『何処に?』
『お兄ちゃんの家!』
聞いてないんだよなぁ……。
ていうか何しに来るの?
そんな事を考えていると、インターホンが鳴らされる。
すまんインターホン、2年くらい休ませるつもりだったが休暇は終わりだ。
この後はピザ屋も来るから覚悟しておくといい。
そんな事を考えつつドアを開けると、渚と芦塚さんが大きな荷物を持って立っていた。
「え? なにこれ……?」
「やっほー! お兄ちゃん、今日はよろしく!」
「こんばんは西河君。またお邪魔するわね」
また幻術なのか……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます