第17話 ドキドキ☆お泊り会

「渚はともかく、どうして芦塚さんもここに……?」

「渚さんから聞いていないの? 今日は彼女の宿題を見てあげるのよ」

「高校生の宿題って多すぎるんだもん。真里さんとお兄ちゃんに手伝ってもらうって、こないだ送ったじゃん!」


 こいつ、いつの間にか芦塚さんを名前で呼んでいやがる。


「聞いてないけど……。まあ、取り敢えず上がってよ」


 渚が来る時はいつも玄関でひと悶着あるな。

 来ること自体は構わないんだけど、毎回突然やってくるのはやめてほしい。

 二人を部屋に招いて詳しく話を聞くことに。

 ていうか二人とも荷物多いな、何が入ってるんだろ。


「それで? 今日は渚の宿題を手伝えばいいの?」

「だからそうだって言ってるじゃん!」

「いや、さっき初めて聞いたんだけど。え? そんなのいつ来たっけ?」

「先週くらいだよ!」


 これだけ自信満々だということは、僕が見落としていたのかもしれない。

 先週は宿題を終わらせる為に、あんまりスマホを触っていなかったから、その可能性は大いにある。

 渚はスマホを取り出して僕に送った証拠を見せてくれるようだ。

 しかし、渚のスマホを操作する手が止まり、『あっ』という声が漏れる。


「ほら、やっぱり何も送ってないじゃん」

「い、いや! 私は確かに送ったよ! テレパシーで『来週真里さんと一緒にお泊りしに行くから、ついでに宿題も手伝って』って!」

「テレパシーの受信機能は付いてないんだよなあ……」

「もう! お兄ちゃんなんだから、妹のテレパシーくらい受け取ってよ!」

「無茶を仰る……」


 そそっかしいんだよ! お前は!

 まぁ、ミスくらい誰にでもあるさ。

 連絡しようという意思はあったようなので、あまり責めても仕方ない。

 ……ん? お泊り?


「ていうか今、お泊りって言った? 芦塚さんも?」

「渚さんの方で確認が取れていると思っていたのだけれど、そうではなかったようね。大丈夫かしら?」

「僕はいいんだけど、芦塚さんこそ大丈夫なの? これでも一応男子だよ、僕?」

「大丈夫じゃないならここに居ないわよ。渚さんも居るのだし、変な事はしないでしょう?」

「渚が居なくても何もしないよ……」

「あら、そうなの?」

「当たり前じゃん……」


 逆に何かしていいの?

 いいよって言われても何もしませんけど……。


「あとは二人が寝る布団とかは無いんだけど、今から買いにいくの?」

「大丈夫! お父さんに持ってきてもらってるから!」

「そういう事は早く言いなさいよ。長いこと待たせて可哀想でしょ」


 そうして僕と父さんで二人分の布団やらを部屋に運び入れた。

 父さんは、前回とは違うメイクをしている僕を見て『あまり派手な化粧は関心しないな』と忠告してきた。

 いや、違うんですお父さん……。

 そんな事よりも、息子が女装していることにもっと触れた方がいいと思います。

 もしかして自分の子供の性別も忘れたのか?


「これからもこの布団は家に置いておいてね、また来るかもしれないから。でも、真里さんの使った布団で変な事しないでよ……?」

「する訳ないでしょ。あと、そういう事言うのやめてね?」


 寝具一式をリビングに搬入し終えた所でインターホンが鳴った。

 そういえばピザを頼んでいましたね、バタバタしていたせいで、何かもう遠い昔のことみたいだよ。

 会計を終え、ピザを持ってリビングに戻る。

 こいついっつもリビングに戻ってるな。


「お兄ちゃん、そんなにピザを注文しておくなんて、やっぱり私のテレパシー伝わってたんじゃん!」

「テレパシーは来てないよ。これは僕一人分のつもりだったんたけどね」

「あなた、そんなに沢山食べるの? ピザは別腹なの?」

「一回で食べる訳じゃないよ。3日くらいかけて食べるつもりで注文したんだけど。もしかして、二人ともご飯食べてきてないの?」

「学校から戻って、準備したら直ぐに来たから食べていないわ」

「私もー」


 渚は学校行ってないよね?


「じゃあ三人で食べようか」

「いいのかしら? あなたが食べるつもりだったのでしょう?」

「気にしなくていいよ。渚の宿題を見てくれるんだから、これくらい全然」

「なんか悪いわね。それじゃあ、いただきます」


 そうして三人で夕食タイムに入る。

 僕の3日分の食料は消滅したが、これは仕方ないだろう。

 文句はないんだけど、本当に思った通りにいかないな。


「西河君はこれを3日かけて食べると言っていたけれど、そんなにピザばかりで飽きないの? アメリカ人でも3日間ピザだけを食べたりはしないと思うわよ」

「僕は同じものを食べ続けるのがあんまり苦にならないから、全然大丈夫だよ。ほら、ココイチも一週間いけたし」

「お兄ちゃん、そんなことやってたの……?」

「そうだったわね……。頭が痛いわ」

「い、いいじゃん別に……」


 前回の訪問でもこの二人にはドン引きされた気がする。

 いい加減慣れて欲しいものだ。


「渚はご飯どうしてるの? もう一人暮らししてるんだよね?」

「いや、私はまだお父さんと一緒に住んでるよ。お父さんも向こうの家に帰りたくないみたい。ご飯の準備は私も結構やるよ? お父さんと半々くらいだけど」

「帰りたくないって……。まあ分かるけど」


 父さんも帰りたくないなら、もう離婚すればいいのに……。

 僕達が自立するまで待ってくれてるのかな?


「西河君の家は本当に大変そうね……」

「そうなのかな? 僕としては、親と仲良しっていうのは逆に不思議だなって思うよ」

「私とお父さんは結構仲良いよ?」

「そうなんだよね。すごいなって思う」

「あなた、お父さんのことも好きじゃないの?」

「うーん……嫌いじゃないんだけど、好きってこともないかなあ。親戚のおじさんって感じ?」

「実の父親でしょうに……」

「小さい時からあんまり会わなかったからかなあ。あんまり親って感じがしないんだよ」


 僕の中では、親とは恐怖の対象であり、厄介なものである。

 しかし、父さんにはその2つを感じないせいか、親だと言われても今ひとつピンとこないのだ。


「西河君、今度うちの家族と会ってみる?」

「えっ、急に何!?」


 え? 結婚のご挨拶?

 それはちょっと気が早いんじゃ……。

 まだお付き合いもしてないのに……。

 まずは手を繋ぐところから始めましょう?


「私の家はそこまで仲良しという訳ではないけれど、特別仲が悪い訳でもないから。一度普通の家庭を見ておいた方がいいかと思ったのよ」

「いや、やめときます……」

「そう? もし気が変わったら、いつでも言ってね」


 流石は芦塚さん、僕の心臓への負荷のかけ方を心得ていらっしゃる。

 芦塚さんのご両親か……。

 きっとすごい美系なんだろうなぁ。


 そんな心温まる会話をしているうちに、全員の食べる手が止めたので、残ったものは明日以降に僕が頂くことに。

 流石に女の子三人で全部は食べれないよね。

 ……違う、僕は少食なだけで男の子だわ。

 最近少しおかしいかもしれない。

 自分が男であると、もっと自信を持って生きていくべきだろう。

 でも、こんな顔でどうやって……?


「お兄ちゃん、先にお風呂入ってきてもいい?」

「いいけど上がったらちゃんと宿題やるんだよ」

「分かってるって!」


 そう言うと渚は浴室へと向かって行った。


「本当にやるのかな?」

「どうかしらね」


 後片付けは僕がやり、芦塚さんにはくつろいでもらうことにした。

 大した手間ではないので、これくらいは男がやるべきだろう。

 そう、男だからね。

 高御堂君がテントの片付けをやっていたことから察するに、片付けとは男の仕事なのだろう、知らないけど。

 ていうかあの時は男二人だったし、もうなんでもいいや。

 残ったピザを冷蔵庫に入れて、開いた箱を処分していると、浴室の方からもの凄い勢いで足音が近づいてくる。

 ゴキブリでも出たか?

 夏だしそういうこともあるだろう。

 バン! とドアを開た渚は下着姿だった。

 もう……はしたない。


「お兄ちゃん! この女物の服誰の!?」

「あっ……」


 渚は何処かで見たことのある、黒いタイトスカートを僕に見せつけてきた。

 やっべ、そういえばまだ洗ってなかったっけ……。


「お兄ちゃん、真里さん以外の女の人を連れ込んでるの!?」

「西河君……?」


 芦塚さんも、信じられないという顔で僕を見つめている。

 僕の私服がついに女物になったのだと考えるのではなく、他の人の物だと思ってくれたことが少し嬉しい。

 いやー、そんなにモテるように見えちゃいますかー。

 女の影を疑われちゃいますかー。

 残念ながら、自分のなのよね……。


「いや違うよ。それはこの前高御堂君と出かけた時に買ってもらったんだよ」

「あなた、高御堂君に貢がせているの?」

「違うよ!? 高御堂君が女物の服も持ってた方がいいって、無理矢理着させられて、気づいたら会計が終わってたの!」

「高御堂さんって、あのお兄ちゃんを女の子って勘違いしてる人? なんだそういうことかー! もう、びっくりさせないでよー」


 そう言うと渚は浴室へと戻って行った。

 理解の早い妹で助かる。


「あの服の経緯は分かったけれど、どうしてまだ脱衣所に置いてあるの? 昨日も着たのかしら?」

「その日しか着てないよ……。女性用の服の洗い方が分からなくて放置してたの」

「タグに書いてあるじゃない」

「それを見るのも面倒くさくて、そのうちやろうと思ってました……」

「なるほど、よく分かったわ。ねぇ、今度は私の服も着てみない? それで一緒に何処かへ行きましょうよ」

「出かけるのはいいんだけど、芦塚さんの服を着るのは遠慮したいかな……」

「あら、どうして?」

「同級生の女の子の服を着るって、男子高校生にはかなりハードルが高いと思うよ」

「私が許可しているのだから構わないじゃない。私も西河君がかわいい格好をしている所が見たいわ」

「まあ、考えとくよ……」

「ええ、期待しているわ」


 行けたら行くとしよう。

 これさえ言っておけば間違いない。 

 芦塚さんには申し訳ないが、彼女の服を着るのは新品の服を着るのとは訳が違う。

 何かに目覚めてしまうかもしれない。


「そうだ、話は変わるんだけど、肌着を着ないのってフランス人っぽいの?」

「……あなたは何を言っているの?」


 ですよねー……。

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