第15話 北からの使者

 僕は高御堂君の恋人だったのか……。

 ご飯も服も奢ってくれるからおかしいとは思っていたんだよ。

 なるほどなぁ。


 いや違う。

 そんな事になった記憶はないし、彼のことが好きとかは全くない。

 冗談はさておき、話を合わせて欲しいと言われたことから何か事情があるのだろう。

 彼女のフリをする機会なんて無いと言ったそばからこれである。

 どうしてこうなるの……。

 取り敢えずは、この二人の会話をもう少し聞いて、流れを見させてもらおう。


「やっぱりそうなのか! ていうか、こんな女のどこがいいのさ? 確かに顔はとびっきりかわいいと思うよ。でもどうせ顔だけなんだろう? この女は大地君がお金持ちだから近寄って来たに違いないさ。さあ大地君、一緒に北海道に帰ろう!」


 こっわ。

 大きな声で僕を罵倒する彼女に周囲の視線が刺さる。

 ついでに僕も遠巻きから見られて恥ずかしい……。


「いや北海道には帰らない。それに、西河の事を悪く言うのは止めてもらおうか。こいつには俺から声をかけたんだ」

「そんな……。あれだけボクに夢中だったキミが……? ていうかその話し方と髪の毛は何だい? まるで別人じゃないか!」

「話を捏造するな、お前に夢中だった過去などない。それに俺は今の自分が気に入っている。今の俺は、お前の知っている俺ではない」

「ねえ、この話長くなる? お店にも迷惑だし、すごく目立ってるから場所を変えないかな?」


 おっ、痴話喧嘩か? と僕らを囲う人だかりができてしまった。

 中にはスマホを向けている人もいる。

 見世物じゃないんだよ! 

 撮影は本当にやめて!


「そうだな。おい優香、移動するぞ」

「ちょっ……! もう、急に腕を掴むなんて強引じゃないか……」


 この子は優香と言うらしい。

 満更でも無さそうな顔で高御堂君に連れて行かれる彼女を追いかける様に、僕も後に続いた。

 そうして近くにある公園へとたどり着いた。

 ここも人通りはあるが、公園内に人はいないので他の場所よりはマシである。

 彼女をブランコに座らせ、僕らは柵にもたれかかる形で落ち着いた。

 これで少しはまともに話せるといいのだが……。


「それで優香さん? はどうしてここに? 高御堂君とは連絡を取ってたの?」

「彼は引っ越した時に電話番号も変えていたから連絡なんて取れなかったさ。ただ、大地君なら夏休みの宿題はそろそろ終わらせて、行ったことがない大須へと行きたがる頃かなと思ったから、今日から探しに来たんだよ」

「そ、そうなんだ……」


 こいつストーカーか?

 対象への理解度が高すぎる。

 ここまで来たらもう、GPSを付けておいたって言われた方が怖くなかったかもしれない。

 ごめんなさい、やっぱりそれも怖いです。


「で? 何の用だ? 俺はお前に用はないが」

「そんな事は言わないでくれよ。北海道ではあんなに仲が良かったじゃないか。まずは久しぶりの再開を祝うべきだろう」

「いや、俺としてはデートの邪魔をされて不愉快だ。早く帰れ」

「本当にどうしたんだい? そんな事を言う人じゃなかっただろう君は!」


 いやデートて……。

 まぁ女の子同士で出かける時にデートって言う事があるくらいだ、男同士でもデートと言えなくもないか。

 まぁ、一応は付き合ってるって設定だしね。


「やっぱり高御堂君って、向こうではこういうキャラじゃなかったの?」

「おい西河……」

「そうなんだよ! 彼の昔の写真を見るかい? とてもかわいらしいんだ」

「見たい見たい!」


 優香さんの横へ移動し、彼女のスマホを見せてもらう。

 二人で写っている写真や高御堂君単体の写真が次々と画面に表示され、終わりが見えない。

 ……ちょっと多くない?

 え、やっぱりストーカーさん?

 しかし、二人で楽しそうにしている写真も多く見られるので、一方的にストーキングしていた訳ではないのは分かる。

 ていうか黒髪の高御堂君雰囲気全然違うな。

 髪型も相まって少し幼く見え、話し方も普通だとするとかわいらしいという表現もあながち間違いではない。

 しかし素材がいいですねぇ……。

 今とは違うタイプではあるが、ちゃんとイケメンであるのは見れば分かる。


「確かにちょっとかわいいかも」

「そうだろう、そうだろう! この頃の彼はいつも周囲に気を配っていて、ボクにも本当に優しかったんだ」

「なるほどねえ。それは好きになっちゃっても不思議じゃないね」

「そうなんだよ! 話が分かるじゃないか! それだったのに、急に引っ越したと思ったらキミみたいな女に取られていたボクの気持ちが分かるかい!?」

「えっ、急に怒るじゃん……なんかごめんね?」

「ごめんで済んだら警察はいらないんだよ! どういう事なんだよ本当に!」


 本当にどういうことなんだろう……。

 僕が怒られている意味も分からないし。

 ……あれ、ていうかもしかして。


「ねえ、もしかして優香さんって、高御堂君と映画に行ったっていうあの子?」

「そんな事まで知っているのかい。そうだよ! あの日告白しようと思っていたのに、突然逃げられた挙げ句、他所で女を作られた滑稽なピエロがボクさ!」

「あぁー……」


 どうやらこの子が、高御堂君の転校とキャラチェンジのきっかけとなった女友達らしい。

 告白しようとしたら逃げられた可哀想な女の子はいないはずだったのに……。

 現実はいつだって残酷である。

 僕らのそんな会話を聞いていた高御堂君が、心底不思議そうな声色で会話に混ざってくる。


「ちょっと待て、今お前、告白しようとしたと言ったか?」

「そうだよ! あの日、映画を見終わって公園で告白しようって決めていたんだ。そうしたらキミが途中で走り出して、そのまま帰って来なかったじゃないか! あの日のボクの気持ちが分かるかい!?」

「そんな……いや、逃げ出したことは申し訳ないと思っていた。しかし、あれは俺のキャラが似合っていないと教えてくれたんじゃなかったのか?」

「……キミは何を言っているんだい?」


 優香さんは高御堂君の突拍子も無い発言に真顔になってしまった。

 やっぱりそうなるよね。

 流石にこの子が可哀想になってきたので、僕から解説してあげる必要があるだろう。


「高御堂君はね、優香さんの『高御堂君って全然お金持ちっぽくないよね』って言葉を聞いて、バカにされてるって思ったらしいんだよ。だから今みたいなオレ様キャラっぽい話し方にして、髪も染めてそれっぽくしたって聞いたよ」

「そんな訳無いじゃないか! どうしたらそうなるのさ!?」

「だよねー……。僕もそう思うよ」

「ボク? 今キミは自分のことをボクって言ったのかい? やっぱり大地君は僕っ娘が好きなんじゃないか! 誤解も解けたことだし、やっぱり北海道に帰ろうよ。またやり直そう!」

 

 よかった、話が纏まったようだ。

 高御堂君が北海道に帰るかどうかはともかく、どうして突然転校したのかという彼女の疑問は解けたようだ。

 あとは高御堂次第だ。

 

「……なるほど。話は分かった」


 神妙な面持ちで口を開いた高御堂。

 あっ……これは分かってない時の顔だ。


「つまりお前は、自分のせいで俺が転校してしまったと思い、罪悪感を感じているんだな? それで俺に戻って来られる口実を作っているのだろうが、俺はこちらでの生活が気に入っている。あの時俺に教えてくれたことは感謝しているくらいだ。お前が気にする事は何もない」


 高御堂君の発言に僕と優香さんは言葉を失った。

 優香さんは『こいつ……マジか?』と書いてある顔で僕の顔を見つめる。

 『マジなんだなこれが』という意味を込めて頷くことしかできない。


「そ、そんな事は一言も言ってないじゃないか! ボクは本当にキミの事が好きなんだよ。じゃなかったらわざわざこんな所まで来たりしないよ!」

「分かっている。そういう設定になっているんだな。しかしお前が無理をする必要も、気に病む必要も無いんだ。俺の事を気にかけてくれたことには感謝しよう。無理をさせてすまなかったな」

「なんてこっただよ……」


 優香さんはブランコにしがみついて項垂れてしまった。

 フフフ、分かるよ優香クン、彼は話が通じなくなる時があるだろう?

 本当に、どうしてこうなってしまったのか……。

 優香さんには同情を禁止得ないが、一応高御堂君の恋人という設定である僕から彼女にかける言葉も見つからない。

 どうしようかとオロオロしていると、優香さんはバッと顔を上げた。


「じゃあもう、そういうことでいいさ! でも、こんな形でボクがフラれるのは気に入らないな! せめて彼女のどこが好きなのかを教えてくれよ!」

「そうだな……西河はおもしろい女だから、だろうか」


 いや、優香さんの方がおもしろいでしょ。

 北海道から自分の予想1つでやって来て、本当に高御堂君を見つける女の子なんて中々いないよ?

 こんな女装野郎ではなくこの子に乗り換えをオススメしたい。

 今なら実質0円!


「おもしろい……? この子がかい? 確かに悪い子じゃなさそうなのは分かったよ。でも、おもしろいって言うのは違うんじゃないかな。どっちかって言うと理想の女の子って感じじゃないか?」

「それもそうなんだがな。だが、話していくと、こいつのおもしろい所は沢山見つかるぞ。具体的に言うのは恥ずかしいから控えるが、とにかく俺は、こいつの考え方が好きなんだ」


 それもそうなの?

 理想の女の子(男)とか、もう何者だよそいつ……。

 ていうか具体的にどこが好きか言ってみなさいよ!

 どうせ僕が男だと言い張っている所がおもしろいからなクセにさ!

 彼女のフリをしている最中だから言えないだけだろう!


「なるほどね、外見だけじゃなくて中身もちゃんと好きなのかい。これはもうボクに勝ち目がないじゃないか……。完敗だよ、西河さん……。ついでに、キミが大地君のどんな所を好きなのかも教えてもらえないかい……?」

「えっ!? どうして!?」

「キミが本当に大地君の事を好きなら、僕からはもう何も言うことはない。彼が幸せならボクは十分さ。北の大地でキミたちの幸せを祈っていよう」


 大地だけにってか? やかましいわ。

 高御堂君の好きな所かぁ……。


「やっぱり面倒見がいい所かな? 他の人がやりたくないような事も、文句も言わないでやる所は素敵だなって思うよ」

「フッ……分かってるじゃないか。ボクもそういう所は好きだったさ」


 よかった、正解を引けたようだ。

 まぁ、実際高御堂君のそういう所は尊敬している。

 尊敬しているだけで彼のことを恋愛対象として見ている訳ではない。

 人としては好きだよ?

 しかし僕にとって、性別の壁はバージュ·カリファよりも高いのだ。

 その後は優香さんが高御堂君のどんな所が好きかを延々と聴かされた。

 歌が上手いだとか、ふとした時に垣間見える気遣いが嬉しいだとか、どうしてか分からないが先生には嫌われがちだとか。

 そんな高御堂君の新しい一面を知れて僕は楽しかったが、高御堂君は居心地悪そうにしている。


「少し恥ずかしいではないか。その辺にしておいてくれ」

「キミがそういうなら、そうしようか。しかしカラオケの話をしたら、久しぶりに大地君の歌を聞きたくなったよ。よかったら、この後一緒に行かないかい?」

「え゛っ……」


 嫌だ……カラオケは嫌だ……。

 もう二度と行かないと誓ったのに……。

 高御堂君は嫌がる僕の顔を見て、ニヤリと笑っている。


「そうだな、せっかく来てくれたんだ。西河、優香の頼みを聞いてやろうではないか」

「二人で行ってきていいよ? 僕はもう帰るからさ」

「冷たいこと言うなよ。こうして出会えたのも何かの縁さ! ボク達も親睦を深めるべきだよ。それに、彼女であるキミを置いて二人でカラオケになんて行ける訳ないじゃないか!」

「そんな……」


 確かに、わざわざ北海道から来た挙げ句、意味不明な現実を突きつけられた彼女への同情はある。

 それでもカラオケは……。


「さっきは俺の話で盛り上がっていだじゃないか。あれは結構恥ずかしかったぞ? だから今度はお前も恥ずかしい思いをするべきだ」


 その原因も元を辿ればあなたなんですけどねぇ……。

 二人とも僕を逃がすつもりはないようだ。


「分かったよ。じゃあ、行きましょうか……」

「やったー! いやー楽しみだね!」


 こうして二人とカラオケに入った。

 高御堂君は相変わらず歌うまで、優香さんも普通に上手だった。

 そして僕は、言うまでもなくクソ雑魚音痴を晒すことに。

 僕の歌を聞き終わった優香さんが「こんなの、勝ち目なんて初めからなかったじゃないか……」と言っていたが、意味が分からない。


 こうして僕はカラオケで二度目の絶命を迎えた。(迎えてない)

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