第14話 これは断じてデートではない

 夕食を終えた後は芦塚さんと渚をお父さんに送ってもらった。

 僕の顔を見た父さんに『綺麗になったなぁ』と、しみじみ言われたのは過去一でキツかったかもしれない。

 最初から受け入れられるよりは驚かれたほうが楽なのだと知った一日であった。


 一応言っておくが、芦塚さんが使用したコップはちゃんと洗いました。

 人が使ったコップで何かするって何?

 そんな人間が居るなら見てみたいものだ。

 小学生が女子のリコーダーを舐めるという都市伝説があるけど、これを実行した人なんて本当にいるのだろうか。

 使用されたグラスは全て、しっかりと食洗機に入れました。


 片付けを終えて夏休みの宿題に取り掛かる。

 毎年アホみたいな量の宿題が出るので、学校に通っている時よりも勉強していると錯覚する程だ。

 これまでは夏休みに入ったばかりなので何もやる気が出なかったが、今日からは宿題に全ての力を注ごう。

 一週間で終わらせて、残りの休みを満喫するのだ。


 こうして宿題を進めることニ時間。

 時刻は22時と、まだ余裕がある。

 もう少しやろうかと思ったが、集中力が切れてしまったので一旦休憩することに。

 スマホを手に取ると、30分程前に高御堂君からメッセージが来ていた。


『大須へ行ってみたい。明日は空いているか?』


 大須は毎日空いてるでしょ、と一瞬思ったが、僕を誘っていることくらいは理解できる。


『空いてるよー』

『そうか。なら12時に招き猫に集合でいいか?』

『わかった!』


 宿題を進める週間にするつもりが明日も予定が入ってしまった。

 何かしようとすると他に用事ができるのは、今日でもう二回目だ。

 そういう星の元に生まれてしまったのだろう。

 男として生まれたのに、女装をして生きているのだ。

 考えた通りに行かないのは、僕らしいと言えばらしいのかもしれない。



 名古屋市中区にある大須商店街、ここはいつでも人が多い。

 どこまでが大須商店街なのか知らないが、大体の愛知県民はとにかくお店が沢山ある辺りを全部大須商店街だと思っているはずだ。

 アパレルショップや飲食店、ドローン専門店から屋台まで何でもある。

 そんな大須商店街の待ち合わせ場所としても有名な招き猫前にも、多くの人でごった返している。

 人混みの中でも一際目につくイケメンが立っているので、高御堂君は見つけやすかった。


「高御堂君、お待たせ!」

「こちらが誘ったのだ。お前よりも前に来るのは当然だろう」


 偉いなー。

 僕も少し早めに来たつもりだが、それでも先に来てくれていたことからも、僕を待たせないように気をつけているのが分かる。


「それで? 今日は行きたい所でもあるの?」

「いや、特にはないが一度見てみたかっただけだ。食事をしたら適当にブラつこうと思う。構わないか?」

「いいよ。じゃあ取り敢えず歩こうか」


 高御堂君と二人でご飯を食べるお店を探す。

 チェーン店や個人経営の店、からあげの屋台等もあるが、選ばれたのはピザ屋だった。


「せっかくなのに味噌カツとかじゃなくていいの?」

「とんかつを味噌で食べる勇気はまだ無くてな。それに、来る時に見たがすごい行列ではないか。そんなに旨いのか?」

「あのお店は入ったことないけど、味噌カツは嫌いじゃないよ」

「やはり名古屋人だな。どの家庭の冷蔵庫にも味噌があるというのは本当なのか?」

「あー、言われてみれば実家の冷蔵庫にはあったかも。当時は何の違和感も無かったけど、確かに変かもね」


 名古屋の味噌事情を話しつつ有名なピザ屋で食事を済ませた。

 カラオケに続き、こちらのお支払いも高御堂君が出してくれた。

 そろそろ申し訳ないので次回は自分で払おうと誓う。


「ごちそうさま。またお金を出してもらってごめんね?」

「これくらいは構わない。一人ではここに来ることはなかっただろうしな。こちらこそ付き合って貰って感謝している」

「高御堂君は一人で出かけるの苦手だもんね。今日は色々見て回ろうか」


 そうして二人で商店街を歩き回る。

 カバンや財布を見たり靴を買ったり、どうしてこんなにカードショップが多いのかを考えたりしながらお店を回った。

 アパレルショップに入り、ふと手に取った見てTシャツの値段にビビっていると、高御堂君が声をかけてくる。


「こんな事を言うのもなんだが、お前の服装はいつもそんななのか?」

「そうだね。服にはあんまり興味無いから」


 そんなとは酷い言い様であるが、歩いている人を見渡しても真っ白なTシャツ一枚で歩いている若者は見かけない。

 みんなオシャレだぎゃー……。


「私服は女物を着たりしないのか?」

「しないよー。そもそも女の格好で出かける用事もないし」

「そうか、なるほど……。よし次の店に行くか」


 そう言って高御堂君は店から出ていってしまった。

 くっ……見ていたTシャツが綺麗に畳めない!

 申し訳ないと思いつつも、取り敢えずそれっぼい形にして後を追う。

 歩くこと数分、次の店とはレディースのアパレルショップだった。


「高御堂君? 僕達は男の子だから、こういうお店に用事はないんじゃないかなって思うんだけど……」

「分かっている。だが、お前も一つくらい、ちゃんと女物の服を持っていた方がいいだろう。不本意なのは分かるが、いずれ必要になるかもしれん」


 ちゃんと女物の服を持つ男性とは。

 女性向けのアイテムショップ特有の圧で動けない僕を他所に、高御堂君は一人ズンズンと入店していく。

 それができるのに、どうして飲食店には一人で入れないの?

 僕も恐る恐る入店すると、高御堂君は既に店に馴染んだ様子で、丈の長い黒のタイトスカートを手に取っていた。


「これなんかどうだ? 制服のスカートよりも丈は長いし」

「いや、どうって言われても……。ていうかどういう判断基準なの?」

「はいー! お客様にとってもお似合いだと思いますよぉー!」

 

 いつの間にか僕等の横に立っていた店員が会話に混ざってきた。

 この人、瞬間移動できるの?


「そちらでしたらー、これとこれも、ご一緒にどうですかー?」

「いいじゃないか。西河、ちょっと試着してみてくれ」

「え? 本当に着るの?」


 当たり前だと言わんばかりの目が4つ、こちらを見つめている。

 まぁ、着るだけなら……。


「このシャツって素肌に着るのはダメですよね? 今日はこれ1枚しか着てないんですけと」

「どうせ買うから構わないだろう。サイズは問題なさそうだしな。しかし、お前は肌着を着ないのか。フランス人みたいなやつだな」

「え、肌着を着ないのってフランス人っぽいの?」

「ああ。ぽいな」

「フランス人っぽいですー」


 何言ってんだこいつ。

 あと店員は絶対考えずに喋ってるでしょ。

 こうしてTシャツの購入は確定し、試着室へと足を運んだ。

 ……なんか悪い事してるみたい。

 渡されたのは膝まで隠れる丈の黒のタイトスカート、ボーダーのTシャツ、そして薄い水色のカーディガンだった。

 これを本当に着るのか……?

 女子生徒の制服で学校に居るのは慣れたことだが、私生活での女装は初めてである。

 駄目な階段をまた一つ上ってしまったと思いつつも、用意された服へと着替える。

 ……いや似合うな僕。

 どこからどう見ても立派な女の子だった。

 これで外を歩いていても、誰も僕のことを男だとは思わないだろう。


「お済みですかぁー?」

「はい、一応着れました」


 もう少し腰の位置を上にしようと苦戦していると、試着室のカーテンが開けられた。

 ちょっ……こっちのタイミングで開けさせてよ。


「あらぁー! とってもお似合いですぅー!」

「やはり似合うな。一つくらいこういった物を持っていてもいいだろう。よし、そのまま購入しよう」

「お買い上げ、ありがとうございましたぁー!」

「お前は今日一日その格好で過ごせ。慣れておいた方が、いざと言う時も助かるだろうしな」


 そう言うと二人はレジへと進んでしまった。

 えっ? このまま放置?



 会計を済ませた二人が戻って来ると、店員さんは値札を切ってくれた。

 高御堂君の言う、いざと言う時がなんの事か分からないが、先日のカラオケ代と今日の昼食代を出して貰った事への後ろめたさが脳裏に過り、購入を止められなかった。

 お金出したのも高御堂君だしね……。

 いいさ、今日一日は彼の着せ替え人形をやってやろうじゃないか。


「服のお金も出してもらってよかったの? いや、僕が払うならそもそも買わないんだけどさ」

「そこまで高価な物でもないんだ。これも日頃の礼だと思ってくれ」

「ありがとう……? でも、男なのに女物の服が必要になることなんて無いと思うけどなあ。例えばどんな時に必要になると思うの?」

「あまり無いだろうが、そうだな……例えば誰かに彼女のフリを頼まれたりしたらどうだろう。男ということになっているお前になら頼みやすいんじゃないか? あとは、男だけでは入りにくい店に入る時に役に立つかもしれん」

「彼女のフリをすることはないだろうけど、確かにこれなら女性限定のお店にも入れちゃうかも。入りたくなる事があるかどうかは置いておいて」

 

 言ってから気づいたが、女性が必要であれば芦塚さんに同伴を頼めばいいのではないだろうか。

 男性が入れないような店に入りたくなることも無いだろうし、これが役に立つ日が来るとは考えたくない。

 しかし芦塚さんに、女性限定商品が複数欲しいから付いてきてくれと言われたら役に立つかもしれない。

 まぁ、あって困る事もないので頂いておきましょうか。

 女子の制服がある家に女物の服があったって不思議じゃないだろう。


「少し休憩するか。どこかでお茶にしよう」

「じゃあそこのタピオカの屋台がいいな。飲んだことないし」

「今更タピオカか。あのブームは何だったんだろうな。いや、不味くはないんだがな」

「見た目がかわいいっていうのも分かんないしね。男には分からない魅力があるのかな?」

「かもしれんな」


 そうしてタピオカを購入し、近くのベンチで一息入れる。

 歩き回って疲れた体にミルクティーの甘さに染みる。

 でもこれで500円は高いでしょ。


「高御堂君は宿題進んでる?」

「ああ、昨日終わらせた。そっちはどうなんだ?」

「早くない!? 僕は昨日ようやく手を付け始めた所だよ」

「そんなもんだろう。俺は宿題を早めに終わらせて、それから予定を立てるタイプだからな」

「偉いねえ。僕は特に予定もないから、やるって決めたら一気にやる感じだなあ」

「しかし、この学校の宿題の量には驚かされたな。いくらなんでも多くないか? 向こうの学校ではここまで多くなかったぞ」

「やっぱり多いよね! 特進クラスだからってのもあるだろうけど、にしても限度があると思う!」


 宿題の量が多すぎると二人で盛り上がっていると、一人の女の子がこちらに近づいてくるではないか。

 この子もベンチに座りたいのだろうか?

 少し詰めようかと思って高御堂君の顔を見ると、彼は苦虫を噛み潰したような顔でその女性を見ていた。

 彼女は僕達の前に立ち、興奮さめやまぬ雰囲気で口を開いた。


「大地君、ようやく見つけたよ……!」


 そういえば高御堂君は大地って名前だっけ。

 ということはこの人は高御堂君の知り合いなのだろう。

 知り合い? という意味を込めて高御堂君の顔を見ると、右手を口に当て、ナイショ話をする時の格好をしてきた。

 耳を向けて彼の言葉を待つ。

 

「北海道での知り合いだ。話を合わせてくれ」


 それ、この人の目の前で言ってもいいの?

 取り敢えず頷いておくと、このやり取りを見ていた彼女は怒りを露にしていた。


「誰だい、その女は? 突然引っ越したと思ったらもう恋人を作ったのか? ボクの事は遊びだったていうの!?」

 

 ここには女なんて居ませんよ、と言いたい所だったが、自分が女の格好をしているのを思い出して言葉が出てこなかった。

 初対面の人に女装をしているヤバいやつだと思われるよりは、女だと誤解してもらっておいたほうがマシだろう。

 ていうかやっぱり元カノじゃん。

 しかし、以前に高御堂君は恋人がいた事ないって言ってた気がする。

 もしかして、体だけの関係というやつ……?

 北海道の高校生ってすごい……。

 

 北海道の性事情を察してアワアワしていると、高御堂君の口からとんでもない言葉が飛び出た。


「そうだ。こいつは西河、俺の恋人だ」


 ……違いますよ?

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