第13話 お前も姉にならないか?

 玄関で騒ぐのは近所迷惑だし暑いから、取り敢えず渚を部屋に入れた。

 そこからお兄ちゃんがお姉ちゃんになった経緯を説明し、15分程かけてようやく信じてもらえた。

 芦塚さんとの挨拶も済ませてもらい、ようやく落ち着いて話をすることができるようになった。


「事情は分かったけど、ちょっと綺麗になりすぎじゃない? 私より綺麗じゃん! 自信なくすわー」

「自分で言うのもアレだけど、似合ってなかったらそもそも女装なんてしないよ。する必要もないだろうし」

「そうだけどさー。あーあ、私も男に生まれてたらこんなかわいくなれたのになぁ」


 それは違うと思うけど。


「それで、どうして急に来たの? ていうか来るなら連絡くらいしてよ」

「お兄ちゃんの連絡先知らないもん」

「……そう言えばそうだね」


 兄妹で連絡を取ることってあんまりないもんね。

 そもそも一緒にも住んでないし、用事なんてお互いにないから不便だとも思っていなかった。

 

「別に用事はないんたけどね? 高校生にもなったし夏休みだから、久しぶりに顔を見ようかなーって思って。それがまさか女になってるなんて……」

「いや、整形したり性別が変わった訳じゃないよ? 昔から女っぽかったじゃん」

「そうだけどさー。にしても髪伸ばして化粧までしてるのは……。妹としては複雑な気分にもなるって」

「それはそうだよね……。ていうかいつまで居るの? 帰りは?」

「何、早く帰って欲しいの? 夜ご飯食べたら帰るから安心して。帰りはお父さんが迎えに来てくれる」

「夜ご飯……?」


 昼もまだなのに、もう夜ご飯の話になるのか。


「この人はまだお昼も食べていないのよ。西河君、もう夜まで我慢したら?」

「そうしようかなあ」

「お兄ちゃん……」


 僕の不規則な生活に渚はドン引きしていた。

 お前もいずれ面倒になるさ、一人暮らしで自炊するのなんて半年続けばいい方だろう。

 ちなみに僕は0日目で諦めた。


「じゃあお兄ちゃんが夜ご飯作ってよ! 芦塚さんも一緒にどうですか?」

「彼がまともに料理できるとは思えないけれど、せっかくだから、ご一緒させてもらおうかしら」

「一年以上一人暮らししてるんだから、少しくらいは料理くらいできるはずですよ! ねえ、お兄ちゃん?」

「やったことはないけど、何か作るくらいはできると思う」


 二人は僕の発言に顔をしかめてしまった。

 いや、料理を失敗するって何?

 作るものを調べて、書いてある通りにやるだけならできると思うんだけどなぁ。


「その発言で、あなたがどれだけ料理に関心がないかよく分かったわ。少しキッチンを見せてちょうだい」


 呆れた芦塚さんがキッチンへと向かう。

 冷蔵庫を開けて1秒程固まった後直ぐに閉じ、キッチンの引き出しを開けて何かを探し続ける。

 一通り開け終えた芦塚さんはため息をついてしまった。


「冷蔵庫に何もないのは想定通りだったけれど、まさかお鍋もフライパンもないなんて……。よくそれで料理ができるなんて言えたわね。道具もないのに何を作るのよ」

「電子レンジはあるから何とでもなるでしょ」

「ならないわ。はぁ……もう外食にしましょうか。道具を揃えても彼は使わないだろうし、勿体ないわ」

「お兄ちゃんの生活がよく分かったよ。もっとちゃんとしようね?」

「えぇ……」


 こうして僕のキッチン抜き打ち検査は終わった。

 結果は不合格、その結果は甘んじて受け入れるが改善するつもりはない。



 それからの渚は芦塚さんにべったりだった。

 こいつは僕と趣味が似ているのかもしれない。

 高校での僕の話を聞いたり僕の昔話を話したりと、大変仲良しである。

 あまり恥ずかしい話をしないで欲しいが、止めるともっと話し始めそうなので放置が一番だ。

 話し続ける二人を横目にテレビを眺めていると、そろそろ夕食に出かけてもいい時間となっていた。


「渚は何か食べたい物ある?」

「ざる蕎麦!」

「じゃあサガミでいいか。芦塚さんもそれでいい?」

「構わないわよ」

「じゃあ行こうか」


 そうして僕達は近所にある和食屋のチェーン店に向かう。

 あそこは高いイメージがあるからあんまり入らないんだよね。

 歩くこと15分程、サガミに到着した。

 

「私はこのざる蕎麦とえび天のセットにする!」

「僕もそれでいいかな」

「私は温かい蕎麦にするわ」


 注文を終えると渚は芦塚さんの顔をチラチラ見ている。

 なんだこいつ? 惚れたのか?

 確かに芦塚さんであれば女性からモテても不思議ではない。

 僕ですら同性から告白されたことがあるのだ。

 彼女にもそういった経験はあるだろう、多分。


「どうしたの渚さん? 私の顔に何か付いているかしら」

「いえ! 大変お綺麗だと思います!」

「ありがとう。それで? 何か聞きたいことでもあるの?」

「ええっと……、芦塚さんってお兄ちゃんと付き合ってるってことでいいんですよね?」


 やめてくれ渚、その話題は僕に効く。

 キャンプでのいたたまれない空気を思い出して羞恥心が喉まで込み上げてくる。

 芦塚さんはふっと笑い、言葉を返した。


「付き合ってないわよ。今日はたまたま近くに用事があったから寄っただけなの。あの家に入るのも今日が初めてだったし」

「そうなんですか……。残念です」


 何が残念なのか。

 

「芦塚さんみたいなお姉ちゃんが欲しかったから、お兄ちゃんと付き合ってたら嬉しかったのになって思ったんですけどね」

「嬉しいこと言ってくれるわね。でも、あなた達ってお姉さんはいるんじゃなかったかしら?」

「あの姉はちょっと……ね?」

「まぁ……うん」


 あの姉について、なんと芦塚さんに説明していいものかと二人で悩んでしまう。

 悪口みたいになるからあんまり話したくないんだよね。


「二人がそんな反応をするなんて、どんな人なのか気になるわね」

「あんまり気分のいい話じゃないんだけどね……」


 僕は芦塚さんに姉について話すことにした。

 姉は高校を中退してからは仕事もせず、母親におんぶに抱っこ状態だ。

 母は田舎の地主なのでお金には困っておらず、姉は母親の土地が将来自分のものになると思っているので働く意志すらない。

 それでも何故か母親は姉に対して甘々で、仲良し親子なのが本当に不思議だ。

 二人が僕の悪口を言っている時なんかは、それはもう本当に楽しそうであった。

 昔から姉は虚言癖があり、僕の話をあること無いこと母親に話していた。

 姉の虚言により、僕は身に覚えのないことで母に叱られたり殴られることは日常茶飯事であった。

 高校生になるまでの我慢だと思って耐えてきたが、今思うとよく我慢できたと思う。

 母としても僕に帰ってきて欲しくないからか、仕送りの金額はかなり多めだ。

 おかげで外食やウーバー生活ができている為これはウィンウィンの関係とも言える。

 今住んでいるマンションを借りる時に『もし住み続けるなら、それだけはお前にやるわ』と言っていたので僕は今後も住む所に困ることもない。

 当時は帰ってくるなと言われていると思ったが、今ではこれも愛情の形だと好意的に受け止められるようになった。

 まぁ、こちらとしても帰るつもりはないんですけどね。

 そんな話をやんわりと芦塚さんに説明すると、彼女は申し訳なさそうな顔をしてしまった。


「そんな事を話させてしまってごめんなさいね。普通に仲が良くない程度の話だと思っていたの……」

「気にしなくていいよ! 今は別々に暮らしてるし、顔を合わせることも暫くは無いだろうしね」

「そうです、気にしないでください! でも家族5人で暮らしてた時は本当に辛かったなー。お父さんが居ない時はいつもお兄ちゃんが二人にイジメられてて。あの時は助けられなくてごめんねお兄ちゃん。私もターゲットにされないように大人しくしてるしかなったんだよ」

「分かってるよ。渚には何もなくてよかったって、あの時も思ってたし」

 

 僕は長男だから耐えられたが、渚には耐えられなかったかもしれない。

 安いもんだ僕の一人くらい、無事でよかった。


「西河君も渚さんも、何かあったら私に相談してね。できる限り力になるわ」

「じゃあお姉ちゃんになって下さい!」


 僕が芦塚さんの言葉に感動していると渚はまた余計な事を口にした。

 おい、やめとけって本当に。


「そうね。なってあげたいのだけれど、こればっかりは西河君次第な所があるから」

「だって! お兄ちゃん、どうするの!?」

「いいかい渚、いい女っていうのは、こうやって思わせぶりな事を言うものなんだよ。渚も夏休みが明けたら真似してみるといい」

「わかった!」

「あなた、妹に何を教えているのよ……」


 そんな話をしていると、ようやく注文した料理がやってきた。

 男を手玉に取る小悪魔系渚の誕生を夢見つつ、三人で食事をした。

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