第12話 お姉ちゃんではなくお兄ちゃんです

 夏は嫌いだ。

 夏に行われるイベントは、どれもこれもテンションが高すぎる。

 海水浴にしろ夏祭りにしろ花火にしろ、どれもこれもテンションを上げておかないと楽しめないものだと思う。

 僕は悪い部分に目がいきがちな性格なので、どのイベントにもまるで魅力を感じない。

 海は汚そうで入りたくないし、そもそも僕はどんな水着を着ればいいというのか。

 公衆の面前で女物の水着を着るのはいくらなんでもアウトだと思うし、ヘンタイみたいでやりたくない。

 だからと言って男物の海パンを着用しよう物なら即通報されるだろう。

 夏祭りは人混みが嫌だし、花火は大きい音がして怖いし、なんならヤンキーが一番怖い。

 こんな考え方しかできない自分が本当に嫌になる。

 どこまでも世間からズレた、ネガティブな自分を思い知るのも全部夏が悪い。


 歌詞でもよく夏のせいという単語が出てくることから察するに、夏はよっぽど悪いやつなんだろう。

 これだけ気温を上げて、僕にこんなに無駄な思考をさせる現状から見てもロクなものではないのはよく分かる。

 僕が総理大臣になったら夏を消すことを約束しよう。

 政治家の約束なんて全部冗談みたいなものだから、何を言っても構わない。

 行けたら行くって言う学生と同じである。

 あれって本当に行く人いるのかな?

 消費税は下がらないし誘われたあいつも行かないし。

 何にせよ、人の言う事を簡単に信用してはいけないということだ。



 夏休みだ!!!(ドン!!)

 と言ってもやる事はなく、エアコンを付けっぱなしにながら、ちゃんと見る訳でもないテレビを眺める毎日を過ごしていた。

 母の所有するマンションの一室を借りて一人暮らしをしているので、僕を咎める者は誰もいない。

 ここに母親がいたら、すごい嫌な顔をされるんだろうなぁ。

 そもそもここが実家ならば、こんなに家に居ることはあり得ないのだが。

 何なら高校にも通わなかったかもしれない。

 この学校を選んだのも、ここに住む場所があるからというのが最大の理由であったし本当に助かる。


 夏休みに入ってからは時代劇やニュース、バラエティの再放送を眺めながらスマホをいじったり、ダラダラしたりしているだけで1週間が過ぎようとしていた。

 何なら今週は家から出ていないのでは……?

 夏休みを言い訳に宅配や通販で過ごし続けた結果、外で食事すらしていない。

 買い溜めしてあるカロリーメイトやコーンフレーク、お菓子で日中を過ごし、夜はウーバーな毎日。

 現代人らしいと言えば現代人らしいとも言える。


 今時の若者なんだから仕方ないでしょ!

 どこかに一人旅でもしようかとスマホで検索するまでが限界だ。

 行こうかなと思っても行動に移さない。

 こんな考え方のままでは僕の将来は真っ暗である。

 そんなこんなで時間ももう15時。

 お昼ご飯を食べるついでに買い物にでも行こう。

 たまには外に出ないといけないし、ウーバーの人も休ませてあげないとね。


 食料を買い込む為に着替えて最低限の身だしなみを整える。

 服はもう何でもいいか……。

 選ぶ程私服を持ってないし。

 引き出しからズボンを取り出そうとするとスマホのバイブが机を揺らす。

 何かしようとすると何か起こる、あると思います。

 内容を確認すると芦塚さんからメッセージが来ていた。


『今、家で暇してるかしら?』


 その通りなんだけど、もっと聞き方あるくない?


『買い物に行こうとしてたけど、まだ家にいるよ!』


 暇な訳ではないと無駄な抵抗を見せる内容を送信する。

 すぐに既読になったものの、少し待っても返事は来ない。

 何、僕が暇してるかどうかを当てるゲームでもしてたの?

 そんなの暇の方に賭けたら絶対に当たるクソゲーじゃん。

 一体何が楽しいというの……。


 ピンポーン


 そんな被害妄想をしているとインターホンが鳴らされる。

 通販で頼んだ何かが届いたのだろう。

 通販は頼みすぎて何を注文したか忘れがちである。

 ていうか宅配ボックスを使わないタイプの配達員か。

 たまにあるのよねこれが。

 親切ね。


「はーい! 今行きまーす」


 小走りで玄関に向かいドアを開ける。

 すると、世界一かわいい女の子が目の前に立っていた。

 芦塚……さん?


「来ちゃった。上がってもいいかしら?」


 来るならば、行けたら行くくらいは言っておいて欲しかったです……。


「ど、どうぞ。え? 何で僕の家知ってるの?」

「ありがとう。あなたを驚かせようと思って先生に聞いておいたのよ。学校から近いみたいだし、この辺りに用事があったらついでに行ってみようと思って」


 別にいいんだけどさ、僕の個人情報の扱い緩すぎない?

 芦塚さんはお邪魔しますと言って僕の部屋へと入ってくる。

 私服の芦塚さん素敵……。

 白いワンピースが普段とは違う髪型によくお似合いです。

 それに引き換え僕はチノパンに白い無地のTシャツ1枚という格好。

 制服の下にも着られる様に、Tシャツはこんなのばっかりだ。

 私服まで女物にするつもりもないので、オシャレとは無縁なのは仕方がない。

 いつか、男物のオシャレな服でも買ってみようかな……。


「今飲み物出すから、ソファにでも座ってて」


 リビングにたどり着いて彼女にはソファに座って頂く。

 ふつくしい……。

 もう家に飾っておきたい。

 ついでに僕の面倒も見てくれないかな……。

 彼女はキョロキョロと部屋を見渡しているが、特に面白いものはないだろう。

 ……ていうか、飲み物はビタミンウォーターしかないけど許してくれるかな?


「ごめん芦塚さん、僕の家にはこんなものしかないんだ……」

「ありがとう、頂くわ。……これ、ビタミンウォーター? 構わないのだけれど、普通にお茶とかはないの? 催促しているとかじゃないの、ただ本当に疑問なだけで」

「お茶を飲むなら水でいいかなって。これは体に良さそうだし、味も好きだから切らさないようにしてるんだよ」

「私も嫌いではないけれど……あなた、相変わらずちょっとおかしいわね」

「一人暮らししてると皆こうなるよ。多分」

「そんなことはないと思いたいわね」


 ソファに並んで座り、ビタミンウォーターで一息入れる。

 しかし、家に芦塚さんが居るというのは本当に落ち着かない。


「買い物に行くと言っていたけど、今日は何を買う予定だったの?」

「主に食べ物かなあ。お昼ごはんもまだだったし、ついでに買い溜めしようと思って」

「お昼ごはんって……やけに遅めじゃない」

「何もしてないから、あんまりお腹空かないんだよね。そろそろ出かけないといけないって気分になったから、今日は外で食べようかなと」

「あなた今日までずっと家から出ていないの?」

「うん」

「いくらなんでもそこまでだとは思っていなかったわ。2日に1回くらいは、何かしらで出かけるものだとばかり」

「用事がないと、どうしても動けなくて……」


 まぁそうよね、と言いながら彼女はグラスに口を付ける。

 ……洗うの勿体ないな、と一瞬でも思った自分を殺したい。

 流石にアウトでしょそれは。


「今日は何か僕に用事があったの?」

「いいえ特には。ただ、あなたの家がどんなものなのか気になって見に来ただけよ」

「普通のマンションでしょ? 一人暮らしにらちょっと広いけどね」

「そうね、でも綺麗にしているじゃない。掃除はしっかりやるのね」

「やることもないと掃除しがちなんだよ。多分、これも一人暮らしあるあるだと思う」

「あなた趣味とかないの? 時間を持て余し過ぎじゃないかしら」

「特にないんだよね。テレビを見たりスマホを触ったりしてると1日が終わっちゃう感じ」

「老後みたいな毎日ね」


 老後かぁ……。

 高校を出た後のことすら分からないのに、老後の事となんて全く想像できない。

 歳を取る前に何かで死んでそうだな。

 例えばカラオケとかで。


 それからは二人で、僕の趣味を探す為にパソコンで調べたり動画を見たりして過ごした。

 楽器はどうだとか、このゲームはどうだと、色々見てみるがイマイチピンと来ない。


 ピンポーン


 そんなことをしていると、またインターホンが鳴る。

 あいつ今日はよく鳴るな。

 今日だけで1年分は働いてるから、暫くは休むといい。


「ちょっと行ってくるね。どうせヤマトだと思うし」

「何か買ったの?」

「いや、覚えてない」

「覚えてないって何よ……」


 呆れる芦塚さんから逃げるように玄関に向かう。

 これでもし、玄関を開けて高御堂君が居たらどうしよう。

 芦塚さんと裏で繋がっているのかもしれない。

 そうであれば先に連絡の1つも欲しいものだ。

 ていうか仲間外れにしないで……。

 お願いだからヤマトの運ちゃんが居てくれと思いつつドアを開ける。

 すると、そこにはまた女の子が居た。


「……誰?」

「えっ!? ……ええ!?」


 何だ、部屋を間違えたのか。

 目の前にいる女の子は表札を見ると、僕の顔と表札を交互に見て確認し始める。


「あ、あの……ここに住む西河祐希の妹の渚と言います。お姉さんは、お兄ちゃんの彼女さんですか……?」

 

 渚……だと?

 大きくなったなぁ……。

 僕の1つ年下の妹である渚は、県内ではあるが家から遠い学校へと中学受験をして、父親と一緒に別の場所で暮らしている。

 中学の間は父と暮らし、高校からはそこで一人暮らしをするとかなんとか。

 なので、渚と会うのは小学生以来となる。

 そんな訳で、高校生となった妹のことを一目で分からなかったのは仕方のないことなのだ。

 僕が薄情とかじゃない。

 断じて違う。

 こいつもまだ僕に気づいてないし、お互い様だ。


「大丈夫? やけに遅いけれど、そんなに重たい物でも頼んだの?」


 戻るのが遅い僕を心配した芦塚さんが玄関まで来てくれた。

 渚は青い顔で僕と芦塚さんの顔を交互に見る。


「え!? こんな綺麗な人が二人も……!? お兄ちゃん、高校でどうなっちゃったの!? えっ……二股?」


 パニックに陥ってしまった妹を見て、ここから誤解を解くことができるかが不安になってきた。

 まぁ、お兄ちゃんがお姉ちゃんになってたら混乱するよね……。


「西河君、この子誰?」

「妹の渚です……」

「二股とか言っているけれど、あなた兄として認識されていないじゃないの」

「会うのは3年ぶりくらいだから……。あの時は髪も短かったし」

「なるほど」


 僕らの会話を聞いた渚は、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている。

 半信半疑だがもしかして、といった感じだろう。


「……お兄ちゃん……なの?」

「はい……。あなたの兄の祐希です……」

 

 受け入れられない現実を突きつけられた渚は呆然と立ち尽くしている。

 こんなお兄ちゃんでごめんね……。

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