第11話 かわいければ歌が下手でも許される
文化祭の準備も滞りなく進み、気がつけばもう期末試験である。
勉強もできる女装系男子の地位を守る為にもある程度の勉強はしているので問題はないだろう。
とは言え芦塚さんと高御堂君のトップ2には届かないだろうが、せめて5番目以内には入りたい。
勉強は面倒だと思わなくもないが、僕のちっぽけなプライドを守る為にはこれくらいの努力はなんでもないのだ。
こうして期末試験が終わり、明日から夏休みだ。
「夏休みかあ」
去年は家から出た回数が一桁だった気がする。
なんの気無しにボヤくと、横の席の高御堂君が声をかけてきた。
「お前は夏休みに何か予定があるのか?」
「特にないよー。去年も何もしてなしい。高御堂君は? 向こうに帰ったりするの?」
「いや帰らない。特に用事もないしな。会いたくない連中もいることだし、こっちで過ごすつもりだ」
彼の中では北海道での生活は黒歴史となっているのだろう。
絶対に勘違いだと思うけど。
「学校がないのは嬉しいけど、やりたいこともないんだよねー」
「誰かと会ったりしないのか? 芦塚とか仲良いだろ」
「悪くはないと思うけど、わざわざ休みの日に誘うのは恐れ多いといいますか……」
「恐れ多いって何よ」
話が聞こえていたのか、芦塚さんがこちらに来て会話に入ってきた。
いや恐れ多いでしょ。
こんなに素敵な女の子が僕みたいな女装野郎の為に時間を消費するのはいただけない。
彼女はもっと有意義な時間を過ごすべきなのだ。
「休みの日に時間を作ってもらうって何だか申し訳なくて。それに僕は結構お一人様だから、一人で何かするのにあんまり抵抗がないんだよね」
「俺は一人で飲食店に入ったりするのはあまり得意ではないな」
「そうなの? 意外ね」
「自分でも柄じゃないと思わなくはないが、やはり誰かと一緒にの方が気楽だな。例えば、一人カラオケとかは絶対に無理だな」
「それは私も少し抵抗があるわね。西河君はできるの?」
「いけると思うよ。そもそもカラオケに行ったことないけど」
「そうなの? カラオケは苦手?」
「僕ってかなり音痴だから、わざわざ歌いに行くっていうのがそもそもね……」
一人でカラオケに行けと言われたら全然余裕だと思う。
もし、どうしても行かなくてはいけないのであれば、誰かとではなく一人で行くだろう。
一人で入ることよりも、誰かに歌を聞かれる方がよっぽど恥ずかしい。
そんなことを考えていると、芦塚さんは新しいオモチャを見つけた猫のような目でこちらを見ていた。
「へぇ、そうなの。ねえ西河君、これから一緒にカラオケに行かない?」
「この話の流れで行くと思うの?」
「いいじゃない。もしかしたら自分が思っているだけで、本当はそこまで酷くないかもしれないのよ?」
「俺も西河の歌がどんなものなのか気になるな」
「えぇ……」
こいつら性格悪くない?
人が嫌がることを進んで行うという言葉の意味をもう少し考えて欲しい。
誰にだって苦手なことはあるんだよ……。
歌が下手でも日常生活には支障がないんだから許してよ。
「いいから行きましょうよ。明日から夏休みだし丁度いいじゃない」
「そうだな。二人には世話になったし、今日は俺が奢ろう」
「流石ね。じゃあ西河君、早く行くわよ?」
これは拒否権がないやつですね、わかります。
二つの美しすぎる顔面に逆らえず、僕は学校近くのカラオケに連行された。
僕らと同じ様に学校から直接ここに来た生徒もチラホラ見られ、それなりに混んでいる。
みんなカラオケが好きなんだなぁ。
「ねえ、混んでるし帰らない?」
「ダメよ」
「ダメだな」
ですよねー。
まぁ言ってみただけですが……。
ささやかな抵抗も虚しく、殆ど待たされる事なく部屋へ入ることができてしまった。
階段を上っていく時にカウンター内から『おい! すげーイケメンがすげーかわいい子二人連れてきてたぞ!』と聞こえてきたが、そんなことはもう気にしてはいけない。
「これがカラオケかあ」
部屋に入っても隣の部屋の音とか声がかなり聞こえてくる。
え? 本当にこんな所で歌うの? 正気?
知らない人にも聞こえるように歌うなんて、危ない薬でもキメてないと不可能だと思います。
そうか、カラオケとはヤク中の集まる場所だったのか……。
「また馬鹿なことを考えていそうな顔ね。早く座りなさい」
「は、はい」
またって何?
ねぇ、またって何ですか?
芦塚さんはいつも僕の心を読んでいるの……?
「初めてのメンツで最初に歌うのはハードルが高いだろう。ここは男の俺から最初に歌わせて貰うとする」
「流石ね高御堂君。こういうことは率先して男の子がやるものよね」
「もう女の子になりたい……」
歌を歌うことが男らしいことであるならば、僕はもう女らしさを追求していきたいと思う。
僕はどうせ男らしくないですよーだ……。
「よし、じゃあいくぞ」
彼が歌うのは北海道が生んだ90年代から2000年初期を代表するロックバンドの代表曲の一つだ。
僕達の世代から二つくらい前の曲だが僕も知っている冬のバラードである。
……いや上手いなこの男。
オク下にならずにこの曲を歌えるって相当だと思う。
はえーすっごい……と感心していると曲が終わった。
つい聞き入ってしまった程、高御堂君の歌は上手かった。
僕と芦塚さんは拍手をして高御堂君の歌を称える。
「高御堂君歌すっごい上手なんだね! 高い声もちゃんと出せてたし!」
「北海道民であればこれくらいは当然だ。北海道のやつらは全員、このバンドの曲を完璧に歌えるぞ」
それは嘘だと思うの。
「じゃあお楽しみは最後にということで、次は私が曲を入れさせてもらうわね」
有無を言わせず芦塚さんは選曲を始める。
選ばれた曲は若い女性に大人気だった震えるあの曲である。
なんか二人とも微妙に選曲が古くない?
僕も最近の流行りとかには疎いからこういう有名な曲なのは助かるけれども。
あの人の曲はよく耳にするが、女の子の取り扱い説明書みたいな曲とかは苦手だけれどこの曲だけは嫌いじゃない。
歌い始めた芦塚さんは案の定激ウマだった。
上手すぎて馬になるわねぇ……。
芦塚さんは歌う時に声が変わる人みたいだ。
かっこいい……すき……。
芦塚さんの美声に酔っている間に曲は終わってしまった。
「芦塚さんも上手だったよ! あんなにかっこいい声も出せるだね!」
「ありがとう。でもそんなに変わるかしら? あまり自分だと分からないのだけれど」
「かっこよかったよ! ね、高御堂君!」
「ああ、普段とは違う雰囲気でよかったぞ」
「そ、そんなに褒められると少し恥ずかしいわね……」
「芦塚さんの曲をもっと聞きたいな! 次は何を歌うの?」
「次はあなたの番でしょう。無駄な抵抗はやめなさい」
ダメだったか……。
褒めたのは本心からだが、この流れで有耶無耶にできないかと思ったのも事実。
あんなに上手い人の後に歌わないといけないなんてどんな罰ゲームだろう。
前世でどんな悪事を働いたらこんなことになるのか。
女の顔で生まれてきた挙げ句、こんな目に遭うなんて、前世はよっぽどの悪人だったに違いない。
前世と言えばもうこの曲でいいか。
どうせ下手なんだから何でも一緒だよもう。
そしてついに、僕の選んだ曲が始まる。
日本中で大ヒットしたアニメ映画の曲だ。
僕は生まれて初めてのカラオケに緊張しつつ歌い始める。
スピーカーから聞こえる自分の声に違和感を感じるのは、自分の声が思っているよりも女っぽいからなのか、それとも音程を外しているからなのかが分からない。
え、僕こんな声なの?
モロに女の声じゃん。
なんか恥ずかしくなってきちゃった……。
ふと高御堂君が視界に入ると、彼は大きくして目を見開いて僕の顔を見つめていることに気づく。
僕が女ではなく男だと伝えた時と同じ顔だ。
何となく芦塚さんの方も見てみると、彼女も同じ様に驚いた顔をして僕の顔を注視しているではないか。
そんなに見ないで……。
より一層恥ずかしくなり顔が熱くなってくる。
二人を見ないように努め、何とか落ち着こうとしていると、ようやく曲が終わってくれた。
あっつい……変な汗が出てきた……。
曲が終わっても二人は反応がなく、モニターからはCMが流れ始める。
ど、どうするの、この空気……。
「まさか……これ程だとは」
「ええ、これは予想外ね」
ようやく口を開いてくれた二人は、よく分からないことを言い始めた。
「そ、そんなに下手だった……? だから下手だよって言ったのに!」
「いや……まぁお世辞にも上手いとは言えなかったが、俺達が驚いているのはそこではない」
「そうよ西河君。私達は、あなたが想像以上にかわいかったからびっくりしたの」
「か、かわいい?」
「ええ、本当にかわいかったわ。最初は『ああ、上手じゃないのに一生懸命歌っているな、想像していた通りかわいいわね』くらいだったのに、あなたが恥ずかしがったり顔を赤くし始めた辺りからは私達の予想を大きく上回ってきたの」
もしかしなくてもこれ、バカにされてる?
「ああ、照れながら歌うお前は非常に魅力的な女に見えたぞ。男としてはこんな事を言われるのは癪かもしれないが、事実だから仕方ないんだ。お前なら北海道に来ても十分にやっていけるだろう」
高御堂君は腕を組んでウンウンと頷いている。
北海道のカラオケ事情は分からないが、彼なりに褒めているつもりなのだろう。
「ねえ西河君? 次はこれを歌ってくれない?」
「え!? 順番は?」
「小さい事は気にしないの。男の子でしょう? ほら、これが聞きたいわ」
こんなの男女差別じゃん!
今のご時世はそういうに厳しいのだから、もっと僕にも気を使ってほしい。
そうして強制的に女性アイドルグループの曲を歌わされた。
二人がノリノリで合いの手を入れてくるので余計に恥ずかしくなる。
これがイジメ……か……。
こうして僕は息を引き取った。(引き取ってない)
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