第10話 女装男子の男装
【速報】かわいすぎる男子生徒N氏、文化祭にて男装を披露
このニュースはまたたく間に広がり、すれ違う生徒の視線が僕を追いかけることが増えた。
毎回思うけど、このニュースは広まる速度が早すぎる。
どこで流れているのだろうか。
友達がいないせいで情報に疎い自分を情けなく思い、自分が大学に通うことになった時の不安を抱かずにはいられない。
しかし、大学に進学する予定もないのでちょうど良いと考えよう。
親がお金を出してくれたら行くかもしれないが、現状の家族関係では恐らく無理だ。
あの母親が僕の為に大学費まで出してくれる気がしない。
今の一人暮らしのお金が出てきているだけでも奇跡なのに。
父親に頼ってみてもいいのだが、父親とは幼い頃からあまり顔を合わせていない為、こちらもまた期待できない。
奨学金を借りてまで学びたい事も特にはないので、お願いするにしても説得力がない。
取り敢えず、将来については追々考えていくとしよう。
まずは目下の課題である文化祭についてだ。
本格的に準備期間に入り、これからはホームルームの時間が増えてくる。
これまでの話し合いで決まった事は、提供する食事はたこ焼き、サンドウィッチ、冷凍食品のケーキ、各種飲み物というメニュー、あとは教室内のレイアウトである。
メニューに関しては、どうしてもたこ焼きをやりたかった人がいたのでねじ込まれた。
授業より気楽とはいえ何故か企画の中心人物扱いされて居心地は良くない。
そんなホームルームが今日も始まる。
「今日はサービス側の人の衣装合わせとメイクをしていきます! 着替えたりするから、私達は別の教室で作業をしてきます。キッチンの人達にはまたのお楽しみということで! そちらの話し合いをお願いしまーす」
丸山さんの号令で僕達サービス側の生徒は離れた空き教室へと向かう。
たどり着いた教室には既にタキシードと女給の衣装が並んでおり、本当にやらされるのだなと現実を突きつけられた。
この二種類の衣装を見て、女給衣装の方がいいと思う自分は、ちょっとおかしいのかもしれない。
「じゃあカーテンで仕切るから、男女それぞれに別れて着替えてね」
こうして男子側は皆女給の衣装に着替える中、タキシードに着替える異質な自分に戸惑いつつも着替えを済ませる。
サイズは問題ないだろう。
着替え終えて高御堂君を見てみると、スカート姿の彼はやはり違和感が残る。
メイクとカツラに期待しよう。
「お前のタキシードは違和感がすごいな。いや、男なのに似合っていないと言うのは失礼かもしれないが……」
高御堂君は僕のタキシード姿を見て本当に失礼な感想をくれた。
そこは嘘でも似合ってるって言って欲しい。
「高御堂君はメイクしたらちゃんと似合いそうだよ」
「そうか? 女装が似合うと言われても男としては複雑だかな」
似合わないよりはいいんじゃないですかね……。
まあ、僕より女装が似合う人はいないけどね!
「二人とも全然似合わねーな! 俺もそうだけどさ! 恥ずかしいから早くメイクまでして欲しいわ」
「……ちゃんとキレイになるといいね」
近藤君……もとい佐藤君は人生初の女装ではしゃいでいる。
そんなに楽しいなら毎日やればいいのに。
「終わったかしら? じゃあ、西河君はこっちに来て」
突然カーテンを開けた芦塚さんが僕に声をかける。
あれ? 男装しないの?
「芦塚さんは男装しないの? ならどうしてここにいるの?」
「私はしないわよ。クラスの経理をやっているのだけれど、あなたのメイクだけは私がやることにしたの」
「芦塚さんの男装見たかったなあ。……ていうかどうして僕だけやってくれるの?」
「私があなたにメイクしてみたかったの。男装メイクもちゃんと勉強してきたから任せなさい」
「安心したような不安なような気分だよ……」
高御堂君と佐藤君も、それぞれのメイク担当に顔をイジられている。
カツラもそれぞれに用意されており、高御堂君は長い金色のもの、佐藤君は黒色であった。
「さて、それじゃあ始めるわよ。一度今のお化粧を落としてしまうけれど構わないかしら?」
「……恥ずかしいけど我慢します。ていうか、それくらいは自分でやるよ」
「いいから、全部任せなさい」
「はいぃ……」
こうして僕の化けの皮は剥がされていく。
顔を芦塚さんに顔を触られるのは落ち着かないが、他の人にしてもらうなら芦塚さんにしてもらう方が嬉しいとも思う。
でもすっぴんは見ないで欲しい。
「あなた、お化粧を落としても全然変わらないじゃない。少し幼く見えるけれど。普段から必要ないんじゃないの?」
「本当に? そう言って貰えると嬉しいなあ」
流石は芦塚さん。
お世辞でもこう言ってくれるから、どこかの転校生とは大違いである。
「取り敢えずメイクをしていくわ。何かあったら言ってちょうだいね」
「お願いしまーす」
こうして本格的に男装メイクが始まった。
すっごいイケメンになったらどうしよう……。
そうなったらメイクのやり方を教えてもらって、これからはそれで学校に来ちゃおうかな。
そうしたら僕が男だと高御堂君にも伝わるだろう。
もしこれが上手くいったとしたら今回の文化祭は悪いものではないかもしれない。
そんなことを考えていると芦塚さんの手が離れ、髪を纏めてカツラを着けてくれている。
ついに僕のメイクが終わったようだ。
「できたわよ。ほら、見てみなさい」
手鏡を芦塚さんから受け取る。
『これが……僕?』と言う準備はできている。
さぁ、イケメンとのご対面だ!
「おぉ……おぅ?」
「ごめんなさい。色々と試してみたのだけれど、これが精一杯だったわ」
「い、いや、こちらこそ何かごめんね?」
鏡に映っているのはどう見ても女だった。
カツラのおかげで髪型こそ男っぽくなっているが、どう見ても男装した女の顔がそこにはある。
辛い現実を突きつけられ、縋るように芦塚さんの顔を見つめるが、彼女は目を伏せて首を振ってしまった。
「あなたの顔のパーツは何をやっても女の子っぽいのよ。男らしくしようとすればする程、元の女の子らしさが出てきてしまうと言えばいいのかしら……。とにかく、どうしても女が男っぽくしている感じは消せなかったわ」
確かに、無理やり男装をしている女にしか見えない。
V系バンドの女ヴォーカルぽいっていうかコスプレっぽいっていうか宝塚っぽいっていうか。
カッコイイ系のメイクをした女性にしか見えないと誰もが口を揃えるだろう。
とにかく頑張ってやりました、という雰囲気は拭えない。
どうして男の顔に女のパーツが付いてるんだよ、教えはどうなってんだよ教えは。
まさか化粧でも隠せない程に女顔だったとは……。
「もういっそ、カツラも外してポニーテールにしましょうか。そうした方がまだ違和感が無くなると思うの」
「やってみましょうか……」
落ち込んでばかりもいられないので改善案があるならば試していこう。
芦塚さんによりカツラが外され、髪を梳かされ1つに纏められる。
人に髪を触られるのは初めてですが、悪くないですねこれは……。
そうして出来上がった姿を手鏡で再び確認する。
「……こっちの方がいいかもね」
「そうね、私もそう思うわ」
「じゃあこれで完成ということで」
カツラを外して地毛にした所、髪が長いおかげかボーイッシュな女の子と言い張れる程度には見える。
いや女の子じゃないんだけど……。
何にせよ、こちらの方がまだ見れる姿ではあるのは間違いない。
ショックなのは事実だが、自分の女装がいかにクオリティが高いかを再確認できたと前向きに捉えよう。
高御堂君と佐藤君のメイクアップも終わり、いざお披露目会。
結論から言うと、高御堂君はとても綺麗だった。
素材の味を活かしきった美女がそこに居た。
しかし佐藤君はどう見ても男のままである。
まぁ普通はこうなるよね、という女装した男のであった。
「西河女のままじゃんウケる! 俺は男のままだけどさ!」
「お前は本当に……いや、何でもない」
「僕にはこれが限界みたいだよ……。高御堂君はすごい綺麗だね。本当に女の子みたいだよ」
「あ、ああ。ありがとう?」
男性陣からの評価は概ね予想通りであったが、高御堂君は何を言いたかったのだろうか。
もうツッコむ元気もないので放置しよう。
女性陣の男装は僕と同じ様に女らしさを消しきれていないというのが正直な感想である。
だが、これくらいが学生の出し物としては普通だと言えるだろう。
高御堂君の女装レベルが高すぎるだけだ。
今期のヒロインは高御堂君に決定した。
雪が綺麗と笑うのも、でも寒いねって嬉しそうなのも、ありがとうって楽しそうなのも、全部彼がいい。
「せっかくだし皆で写真を撮ろうよ! どこかで使うかもしれないしさ」
「じゃあ私が撮影するわ。皆、そっちに並んでもらえるかしら」
丸山さんの提案で撮影会が行われることとなった。
ポスターや集客の際に使われるのだろうか。
「3…2…1……はい、いいわよ」
各々がポーズを決めた写真が出来上がった。
写真に写る自分を見ても、僕の姿はとても男には見えない。
写真って残酷よね……真実を切り取ってしまうのだから……。
「芦塚さんありがとう! じゃあ本番も頑張ろう!」
「「おおー!!」」
ノリノリな男装集団が盛り上がっている中、僕としては不安しかない。
もういっそ、女装のままやらせて貰えないですかね?
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