第6話 転校の理由

 山の夜は早い。

 急に薄暗くなってきたと思ったら気づけば真っ暗である。

 

 からかい上手の芦塚さんに恥ずかしい事を言わされた後は何事もなく時間が流れた。

 何か話したいことがあれば話し、会話が途切れたらお互いにスマホをいじったり、なんの気無しに火に薪を入れて眺めたり、フェザースティックを作ってみたりと気ままに過ごした。

 そんな時間の使い方をしているといつの間にか暗くなってきたので火を片付け施設内の建物へと集合となった。


 夕食を終えていよいよ入浴の時間となる。

 食べ終えた後も一人座っていると、クラスの男子達がチラチラとこちらを見ている気がする。

 僕がこの後どう動くのかが気になるらしい。


 ……そんなに僕の裸が見たいのか?

 いくらかわいいといっても男なのに。

 そんなことを考えていると、一人の男子生徒がこちらに近づいてくるではないか。

 顔は見たことあるんだけど名前が思い出せない……。

 席もあの辺ってことは分かるんだけどどうしても名前が出てこない。

 近藤君だっけ……?

 癖になってないんだ、人の顔と名前を覚えるの。

 苦手なんです許して下さい。


「西河って風呂はどうするの? 皆と一緒に入るの?」


 近藤君(仮)は平静を装っているが、明らかに緊張しているのが伝わってくる。

 僕に風呂の事を聞くのってそんなにダメなことなの?


「ううん、僕はスタッフの人が使うシャワーを借りることになってるんだ。僕が一緒に入ると気を使わせちゃうだろうし」

「い、いや! 気にしなくていいんじゃないか? 男同士なんだから、誰もそんなに見ないって!」


 こいつ、そんなに僕と一緒に入りたいのか。

 何、僕こと好きなの? 

 それとも単純な興味なのか、はたまた性欲に忠実なのか。

 どれだとしても嬉しくはないので切り札を使わせてもらおう。


「誘ってもらえるのは嬉しいんたけど、高御堂君が僕のこと女の子だって勘違いしてるし。一緒の時間に入るのはマズイんだよね」

「……あいつ、まだそう思ってるの?」

「うん……。何回も違うって言ってるんだけどね……。今日だけじゃなくてこれまでも」

 

 微妙な沈黙が流れる。


「西河も大変だな……。変な事言って悪かった。じゃあ俺は風呂行くから! またな!」

「うん。ありがとねー」


 去っていく近藤君に手を振って見送る。

 さて、僕もシャワーに行きますか。

 しかし一人だけ特別扱いしてもらって申し訳ないな……。



 入浴を済ませたら点呼を取るため一度集められ、その後は各々のテントで就寝となる。

 外灯はあるものの、山の中だけあってかなり暗い。

 冗談で暗闇から急に驚かされたら、そいつとは縁を切るレベルだ。


 高御堂君と二人でテントに入り、各々寝袋に入る。

 ランタンも消したので本当に真っ暗だ。

 寝袋は初めて入ったけど不自由感がすごい……。


「朝の話だが、俺の転校してきた理由を聞いてもらえないか?」


 寝袋内でモゾモゾと楽な体勢を探していると、彼は静かな声で語りかけてきた。

 正直気にはなっていた話題なので高御堂君から切り出してくれたのは正直助かる。

 暗い内容かもしれないと思うとこちらから尋ねるのは憚られる。


「うん。聞きたいな」


 僕の返事から少し間が空き、彼は話し始める。


「さっきも言ったが俺の家は比較的裕福でな。子どもの頃から『おぼっちゃん』って周りにからかわれていたんだ。でも実際にそうだから強く反抗もできず、相手にも悪気がないのも分かっていたからそこまで嫌ではなかったがな」

「お金持ちの子どもだからと言って、子どもはただの子どもだもんね」

「そういうことだ。だが俺が大人しい性格だったのもあって、クラスの声の大きい連中にはよく、ぼっちゃんぼっちゃん言われたものだ」

「……誰が大人しい性格だって?」

「俺がだな」

「そうだったんだ……」


 なるほど、小さい頃は大人しかったのね。

 確かに小学生が今みたいな話し方してたら怖いもんね……。


「子どもの頃にそんなこともあったから、中学からは生意気な嫌な奴だと思われないよう態度や言葉遣いにはかなり気をつかったものだ。その甲斐あってか、おぼっちゃんと言われることは無くなった」

「そうなんだ」


 それがどうしてこうなった。


「高校に上がってからも割と上手くやれていたと思う。大人しいグループに居たが、ちゃんと友達もできた。だが今年の2月頃に、仲の良かった女友達に『高御堂君ってお金持ちっぽくないよね』と言われたんだ」


 『よかったじゃん』と言おうとしたが、彼の言葉が続いた。


「それで俺は転校しようと決意した」


 ……どういうこと?


「情けないことに、俺はそれを聞いてすぐに逃げ出してしまった。あの時のことは今でも鮮明に覚えている。すごく恥ずかしい事を相手に教えるかのようにこっちを見ず、目を逸らしながら勇気を振り絞る様に言ったんだ。それも少し笑いながらだぞ? 今に思えば俺は大層滑稽だったと思う。周りが求めていたのは、漫画のキャラのような人柄だったのだと、この時俺は悟ったのだ」

「……それでそんな話し方になったの?」

「そうだ。その時から、どんなキャラが周囲に求められていたのかを考え、恥をかかないよう研究した。こちらに来た初日でそれが上手くいった時は安心したぞ。女子からの反応も良かったし、誰も俺をバカにしている様子はない」


 彼なりに考えた結果がこれなのか。

 確かにお金持ちっぽい漫画みたいなキャラになっているし、似合っているとも思うけど。


「その友達って、本当に高御堂君のことをバカにしていたのかな?」

「間違いない。でなければ、わざわざ二人で居る時に言わないだろう。昔ズボンのチャックが開いていたのを指摘された時も、同じように恥ずかしそうな顔で言われたしな」

「……その時のことをもう少し教えてもらってもいい?」

「あの日はそいつに誘われて二人で遊びに行ったんだ。見たい映画があるとかでな。帰り道に公園で少し話そうと言われて寄った時に、そう言われた」


 なるほど。

 デートに誘って帰り道で告白しようとしたら、彼が勘違いして逃げ出したという話か。

 『お金持ちっぽくないよね。そんな所も素敵だと思います』みたいな事を言おうとしていた、という所だろう。

 なんてこったい……。

 高御堂君は思い込みが激しいという特徴がある。

 僕の事を今でも女だと思っていたり、違うと言っても話が通じなくなったりと結構な重症だ。

 それを見抜けなかったというミスが致命的となったのだろう。

 ……その人かわいそうだな。

 

「僕は、その人がそんなつもりじゃなかったとは思いたいけどなあ」

「お前は優しいな。そうだったらよかったんだが、あれは間違いない」


 あなたの感想ですよね?

 しかし彼の中でそうなら、きっとそうなのだろう。

 世界とは一人一人にあるものだからね。

 僕はそうは思わないが、告白しようと思っていたら突然逃げられた可哀想な女の子なんていない。

 これで世界の平和は守られるのだ。


「お前は男なのにちゃんと女の様に振る舞っているが、抵抗はないのか?」


 キャラづくりの話の延長だろうか。

 ちゃんと女の様にという言葉から、彼が僕の事を女だと思っていることが伺える。

 そういう所だぞホントに。


「僕は女の子っぽくしていないと、男なのに女みたいって言われてきたから、逆に女の子っぽくしようって思ってるけど抵抗はないかなあ。慣れちゃったというか」

「そうか、それなら良かった」

「高御堂君は今の話し方とかに抵抗あるの?」

「俺もないぞ。初日こそ心配だったが、これでいいんだと分かってからは楽しくなってきたくらいだな」

「楽しいんだ……」


 誰かに迷惑をかけている訳でもないし本人が楽しんでいるなら問題ない。

 女子生徒からの反応も良いようだし、告白できなかった可哀想な女の子もいない。

 なので彼の転校も何も問題はなかった、そう言い聞かせながら今日は眠ろう。

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