第5話 好きっていうか愛してる

 苦しい……。

 名医西河の診断により、これは食べ過ぎであることが分かった。

 元々食べる量が少ない僕には、正直あの量はキャパオーバーであった。

 しかし、せっかく作ってくれた料理を残すの方が心苦しい。

 作った本人の前で残す程礼儀知らずでもないし、そんなメンタルも持ち合わせていない。



 昼食が終わり今は自由時間。

 高御堂君は釣りがしたいと言って消えていった。

 あの男であれば魚よりも女子の方が沢山釣れそうなものである。

 ちゃんと魚釣りが楽しめるといいのだが。

 芦塚さんはふらりと何処かへ行ってしまい、斎藤さんは『折角なので山頂アタックをしてきます……!』と言って山へと向かった。

 山頂アタックとは一体……。


 そんな中で僕はというとテントで一人横になっている。

 遠くから聞こえてくる楽しそうな声が僕のテンションを下げてくる。

 ……もう帰ってもいいかな?

 女子二人の手作りカレーも食べたし、もうメインイベントは終わったと言っても過言ではないだろう。

 先生方はご存知ないかもしれないが、わざわざここで寝なくても家にはちゃんとしたベッドがあるんです。

 こんなマットではなく普通にベッドで寝たい。

 帰らないと家のベッドが勿体ないでしょ!

 あー……何にもしたくない。

 

 一度始まったネガティブな思考を止めることなく走らせていると、テントの外から足音が近づいてきた。

 やだ……暴漢に襲われちゃうの……? 

 もう好きにして……と一瞬思ったが、やっぱり嫌である。

 とりあえず体を起こすと、外には何やら道具を持った芦塚さんがいた。


「やっぱりテントにいたのね。コーヒーを淹れようと思うのだけど、一緒にどうかしら?」

 

 暴漢ではなく美少女の訪れにホッとしつつ、外に出てご一緒させて頂くことにした。


 テントの前にあるU字溝にライターで火を起こしている間に、彼女はコーヒーミルで豆をゴリゴリと挽いていた。

 結構本格的にやるのね……。

 お湯を沸かしてインスタントコーヒーを飲むものだと思っておりました。

 火が着いたのでブロックの上に網を乗せてお湯を沸かす。

 火力が過剰な気がするがこの際気にせずいこう。

 でぇじょうぶ、ドラゴンボールで何とかなる。

 

「食べさせすぎちゃったかしら? ごめんなさいね。大丈夫?」

「全然大丈夫だよ! ちょっと食べすぎちゃったのはそうなんだけど、美味しかったから全部食べれたよ」

 

 気を使わせてしまったのか。

 こちらこそ貧弱な胃で申し訳ない。

 僕の返答に少し安心したようで、彼女の口から笑みがこぼれる。


「そう、ならよかったわ。でもあなたはもう少し食生活を気にした方がいいと思うの。ちなみに昨日は何を食べたのかしら?」

「昨日の夜はココイチに行ったよ」

「……どうして今日カレーを食べるのに、わざわざカレー屋に入ったのよ。忘れていたの?」

「いや、覚えてたよ。でもあれはココイチって食べ物であってカレーじゃないから」

「あなたって、たまに妙なこと言うわね。さっきのカロリーメイトを食べていれば大丈夫みたいな発言といい、ちょっとズレた所があるわよ」

「僕としてはそんなつもりはないんだけど、芦塚さんが言うならそうなのかもしれない……」


 でもやっぱりあれはカレーじゃないと思うの。

 具もないし、カレーっぽい何かであってカレーではないと信じている。


「他にも何かそういうことは無いかしら? あなたがズレているということを、もっと教えてあげるわ」

「そんなこと急に言われても……。あ、でもココイチに何日連続で通えるかは試したことがあるよ」

「十分すぎるくらい変な話じゃない。普通はやらないでしょう」

「で、でも世の中には何年も毎日ラーメン屋に通っている人が沢山いるし……」

「あれも普通じゃないのよ。それで、何日続けられたの?」

「9日目でもういいかなって思ってやめちゃった。区切りとなる一週間を越えてモチベーションが保てなかったのが敗因だったと思います」


 そろそろ体からカレーの匂いがしてきそうだなって怖くなったのも理由である。

 彼女は僕の話を聞いて、呆れたようにため息をついた。


「何と戦っていたのよ……。そういう所よ、本当に」

「なんかすみません……」

「でも、面白くて私は好きよ。カレー屋に通うのは程々にしときなさいね」


 イケメンだけでなく、美少女にまで面白いと言われてしまった。

 自分、また何かやっちゃいました? と思ったが、客観的に見ると大真面目に女装している時点で存在がもう面白いと気づく。

 芸人、目指しちゃいますか……。

 もしくは配信者でも可。


 下らない話をしているとお湯が湧き、芦塚さんがコーヒーを用意してくれた。

 慣れた手付きでペーパーフィルターにお湯を注ぎ、コーヒーの香りがこちらまで漂ってくる。

 

「はい、熱いから気をつけてね」

「ありがとー」


 芦塚さんは息を吹きかけ冷ましてコーヒーを啜りはじめる。

 ……女の子が熱い飲み物を冷ます仕草、好きかもしれないです。

 見つめ過ぎたのか、彼女がこちらの視線に気づいてしまったようだ。


「どうかしたの?」

「いやっ……僕は熱いのが苦手だから、すごいなーって思ってただけだよ。いや、本当に」

「あなたの性癖に口出しするつもりはないけれど、程々にしなさいね」

「……すみません」


 どういう性癖だと思われたのだろうか。

 誤魔化すようにコーヒーに口を付けるが熱すぎて飲めない。

 ふーふーと息で冷ますことで芦塚さんから顔を背けるので精一杯だ。


「それで? 西河君はどんな女の子が好きなの?」

「ふあっつ!!」


 突然の質問に、変な声を出しながら熱がる不審者が僕です。

 芦塚さんを見ると何が面白いのか、いつになく楽しそうな顔を見せてくれた。


「お昼の話の続きよ。どんな人がタイプなのか気になるって言ったじゃない」 

「ど、どんな人って言われても……僕、好きな人っていたことないし分かんないよ」

「そうなの? まあ、そういう私もそうなのだけれどね」


 会話終了。

 芦塚さんがそう言うと、二人とも言葉が続かなかった。

 恋愛にそこまで興味のない二人でこの話題は無理があったのだろう。

 さて、何か話題を考えましょうかね。

 何かないかと頭を捻らせていると、芦塚さんは何か思い付いたようで口を開いた。


「じゃあ、聞き方を変えましょう。髪は長い方が好き? それとも短い方が好きかしら?」


 この話を続けるのですね……。

 いいでしょう、お付き合いしましょう。


「長い方が好きかなあ。髪が綺麗だと、それだけで美人度が上がるよね」

「言いたい事は分かるけれど美人度って何よ。もっと言い方があるでしょうに。あなたが髪を伸ばしているのもそのせいなのかしらね」

「そうかもしれない。髪は長い方が女の子っぽいとは思ってるし」

「じゃあ胸は? やっぱり大きい方がいいのかしら?」


 ……これ答えてもセクハラにならない?

 芦塚さんの胸はどちらかと言うと控えめだ。

 考えすぎかもしれないが、大きい方が好きと言えば角が立つし、小さい方が好きだと言うと気を使っているみたいだ。

 『私いくつに見える?』とこの質問を女性がするのは法律で禁止にすべきだと思います。

 仕方ない、ここは正直に答えよう。


「あんまり大きい人は苦手なんだよね。どっちかって言うとスラっとしてる人の方が好きかなあ」

「じゃあ背が高い人の方が好きなの?」

「背が高い女の人はかっこいいと思うよ。でも、僕より大きいと困っちゃうかも。僕も身長小さいし」

「なるほど。髪が長くて細くて、身長は自分より下の人がタイプなのね。……ロリコン?」

「違うよ!?」

「ふふっ、冗談よ」


 僕をからかって満足したのか、芦塚さんはカップに口を付けた。

 少し冷めてきたおかげで僕もようやくコーヒーにありつくことができる。

 コーヒーはそこまで好きではないが、芦塚さん用意してくれたからなのか外で飲むからなのか、悪くない味がした。

 風の音や遠くではしゃぐ生徒の声を聞きながら穏やかな時間が流れる。

 この時間を心地良いと感じるものの、これの為にまたキャンプに来ようとはやはり思わない。

 これが人生で最後のキャンプコーヒーか……。


「つまり、西河君は私みたいな子が好きってことね」


 風の音どころが時間すら止まったような気がした。

 なんなら心臓も止まったかもしれない。

 これは……何と答えればいいのだろうか。

 両手でカップを持ったまま固まっていると、芦塚さんは更なる追い打ちを仕掛けてきた。


「髪が長くて細くて身長はあなたと同じくらい。ねぇ、ピッタリだと思わない?」

「……そうですね。そう思います」

「それで? 私のこと好きなの?」


 彼女はからかうようにして僕の顔を覗き込む。


 芦塚さんの事は本当に綺麗だと思うし、好きだとも思う。

 でも、これはアイドルやアニメのキャラクターを好きと言っているのと同じではないかとも感じてしまう。

 恋心というよりも尊敬とか敬愛とか崇拝とか、そんな言葉の方がしっくりくる気がする。

 僕が彼女と付き合ってどうこう、というイメージが全くできない。

 こんな気持ちを言葉にしていいのだろうか。

 面と向かって好きと言うのは恥ずかしい。

 しかし、お付き合いしましょうと言う訳でもない。

 いや、できる事ならばしたいと思わなくもないが、どこか現実味がない。

 5000兆円欲しいと言葉にはするが、実際手に入るとは思っていないし、いざ5000兆円を目の前にしても、怖くて持って帰らないであろう感覚にも似ている。

 そもそも彼女がこんな気持ちを知ったら、僕から離れていってしまうかもしれないことが最も恐ろしい。

 僕が言葉を詰まらせていると、彼女は困ったように口を開く。


「ごめんなさいね。冗談が過ぎたようだわ。忘れてちょうだい」

「う、ううん。全然……こっちこそごめんね? 何だか上手く言えなくて」

「やっぱり慣れないことをするものではないようね。こんな話、初めてしたもの」


 少し照れたように笑う彼女はとても綺麗だった。

 彼女がこれだけ頑張ってくれたのだから、僕もせめて何か言うべきだろう。


「僕は芦塚さんの事、ちゃんと好きだよ。誰よりも綺麗だと思うし、僕に最初に話しかけてくれたのは本当に嬉しかった。話していると楽しくて、今もこうやって隣に居てくれて幸せだなって思うよ」


 何も考えずに芦塚さんへの想いを口にした結果、出てきた言葉はこんなものだった。

 ……もしかして今、恥ずかしいこと言った?

 やだ……こんなの推しメンについて語るオタクそのものじゃん……。

 芦塚さんは最初こそ驚いた様な顔をしていたが、次第に顔を伏せて笑い出してしまった。

 ひとしきり笑い終えたようで、はーっと息を吐いて顔を上げる。


「何それ告白? 普通に答えるよりもよっぽど恥ずかしいじゃない」

「そんなつもりじゃないんだけど、何か言わなきゃって思ったらつい……」

「大丈夫よ。分かってるから」


 恥ずかしい事を言ってしまったが本心なので仕方ない。

 彼女も真に受けてはいないのがせめてもの救いだろう。


「ありがとう西河君。私もあなたのこと、結構好きよ?」


 彼女のこれも、僕と同じで恋愛どうこうではないのだろう。

 ペットに好きと言うのと同じものかもしれない。

 しかし彼女に好きと言われるのは流石に心臓に悪い。

 軽率な発言は控えて頂きたいものだ。


「あとは……そうね。もし本当に告白する時は、もう少し分かりやすく言ってくれると嬉しいわ」

「ははは……考えておくね……」


 逃げるように視線を上に上げると、真昼の月がいつもより綺麗に見えた。

 今は彼女と過ごす時間が楽しい、それだけで十分だ。

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