第7話 山よりも家が好き

 テントから透けてくる朝日が眩しくて目が覚めた。


 寝袋でちゃんと眠れるのかと不安だった通り、案の定眠れなかった。

 足が熱いのに逃げ場がないのが本当にキツかった。

 スマホを開くと時間はまだ5時半、普段はまだ寝ている時間である。

 起きたばかりだが、帰ったら寝ようと思う朝であった。



 顔を洗ったり身だしなみを整えりしたらやることもないので、集合時間になるまでテントの外でぼんやりすることに。

 鳥の声が結構うるさいな、等と考えつつぼーっと木を眺めているうちに、高御堂君も起きてテントから出てきた。


「おはよう西河。早いんだな」

「おはよー。寝袋は慣れてないからあんまり眠れなくて」

「そうか。外で眠るのに慣れていないとそうなってしまうだろう。帰ったらゆっくり休め」


 高御堂君はしっかり眠れたようで元気そうだ。

 一瞬だけ羨ましいと思ったけれど、キャンプに来ることはもう二度とないだろうから、どちらでもいいか。

 他のテントでは朝食を作る為に火を起こしている所もあるが、そんな面倒なことはしたくないので我々は朝食抜きである。

 


 二人で撤収作業後、集合場所へと移動する。

 ちなみにテントの片付けは全て高御堂君がやってくれた。

 僕には寝袋を畳むことすら難しかったので、テントは彼が綺麗に畳んでくれて本当に助かった。

 設営の時もそうだったが、こういった作業を文句も言わずにこなせる所は素直に尊敬してしまう。

 彼に告白したあの人は、こういった割と面倒見がいい所も好きだったのかもしれない。


「片付けも全部やってもらってごめんね?」

「構わないさ。俺は慣れているから一人でやった方が早いだろう」

「ありがとう。でもテントを綺麗に畳めてすごいよね。僕は寝袋でも苦戦したのに」

「こういうのは慣れだな。しかし、お前は片付けが苦手なのか?」

「そうだね。料理も作ることより後片付けが大変そうだなって思うと、やりたくなくなっちゃうかな」

「なるほど。お前にも男っぽい所があるんだな」

「そりゃあるよ……」


 だって男の子だもん……。



 今日はもう帰るだけなので、集合したらそのままバスへ直行。

 バスは行きと同じで芦塚さんの隣だ。

 朝から美しい……。


「芦塚さんおはよう。夜はちゃんと眠れた?」

「あまりちゃんとは眠れなかったわね、夜中に何度も目覚めたりして。もしまたキャンプに来たとしても日帰りか、寝る場所は屋内がいいわ」

「僕もそう思ったなあ。でも、キャンプ自体もう行かないだろうけど」

「そうね。私も遠慮したいわ」


 帰り道を進むバスの中、ふと、芦塚さんが僕の顔をまじまじと見つめている事に気づいた。


「な、何? 何かおかしいかな?」

「いえ、何もおかしくはないけれど。ただ、あなた、こんな時でもお化粧するんだなって」

「すっぴんを見られるのは恥ずかしいからね。元々そんなに濃い訳じゃないけど、してないと落ち着かなくて」


 芦塚さんにすっぴんを見せるのはかなり抵抗がある。

 『あぁ、こいつも化粧を取ったら結構男っぽい部分もあるな』と思われたら生きていけない。

 自分で顔を見ても男っぽい部分は見つからないが、他人から見たらどうなのかは分からないのが恐ろしい。

 自意識過剰かもしれないが、何事も中途半端はダメなのだ。

 女の格好をするならば常に女らしくあるべきであるというのが持論なので、男っぽいのに化粧で頑張っていると思われるのは恥ずかしい。


「あなた、男なのにそんなこと考えているのね。私より女の子しているじゃないの」

「え、芦塚さんお化粧してないの?」

「してないわ。今日は帰るだけだから、面倒くさくて」


 嘘でしょう?

 ノーメイクでこれとは……。

 美しすぎるカードゲームに参戦できそう。

 これが本物……か……。

 本物の美しさを知ったことが、今回のキャンプ一番の収穫かもしれない。



 自然の美しさよりも芦塚さんの美しさを知った僕達は、ついに学校へと戻ってきた。

 帰りのバスで芦塚さんが眠ってしまい、僕の肩に頭が乗って動けないよぅ……!なんてことも無く、普通に二人とも起きていた。

 バスイベントはまだお預けのようである。

 次回に期待したい。


 今日は土曜日なのでそのまま帰宅し、月曜日からはまた日常が始まる。

 ともあれ今日は帰ろう。

 僕は家が大好きだと今回のキャンプで分かった。

 普段はシャワーだけだけど、今日は湯船にお湯も貼ろうじゃないか。

 一人暮らしだと勿体なくて中々使わなくなるよね。

 そしてお風呂から出たらそのまま寝てしまおう。

 ベッドで眠ることがこんなに楽しみだと感じるのは生まれて初めてかもしれない。


 かくして人生初のキャンプが終わった。

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