第3話 キャンプブームはいつ終わるのか

【速報】かわいすぎる男子生徒N氏、やはり女子だった。


 この誤報はまたたく間に流れ、僕が高御堂君に女子だと勘違いされたことも広まってしまった。

 また、一部の真実を見極めることのできない男子生徒は、本当に僕が女だと信じてしまったとかなんとか。

 ネット掲示板とかSNSとかは向いてなさそう。

 幸いクラス内にそれを信じた人はいないようで、高御堂君が気づくまではそっとしておこうという流れで落ち着いたようだ。


 いや、誰かちゃんと訂正しなさいよ。

 どうして放っておくの?

 絶対にロクなことにならないじゃん。

 僕自身も何度か訂正してみたものの、彼は僕と話す時には何故か話が通じなくなるので無理だと悟ったのである。

 今年度二人目の話を聞かない男との出会い。

 これだけよく見かけるということは男子の中で話を聞かないことが流行っているのかもしれない。

 僕も男子のはずだが、そんな話は聞いたことがない。

 もしかしてこれも流行に乗っていることになるのだろうか。


 あの後もう一人のメンバーとして、斎藤さんが選ばれた。

 無害そうな女子という理由で高御堂君の独断により決定。

 目が隠れる程前髪を伸ばしており、クラス内でも目立たず一人でいることが多い印象の子なので無害そうというのは間違いないだろう。

 少し言葉を交わしたが、大人しい子で好感が持てた。

 かくしてイケメン転校生、女装男子、世界一かわいい女の子、大人しい女の子という中々に異質なメンバーの集まるグループが完成。

 特に女装男子がひどい。

 ……行くのやめようかな。



 遠足のグループが決まり、高御堂君の人気もかなり落ち着いた。

 どうやら僕と芦塚さんを誘ったのを見て勝ち目が低いと悟ったようである。

 美しいって罪ね……。

 高御堂君には休み時間にたまに話しかけられ、彼との距離が多少縮まってしまったのを感じる。

 話してみると、彼は僕が女性であると信じ込んでいること以外は、案外普通であることが分かった。

 言葉遣いは相変わらず妙だが、話す内容や考え方はそこまでおかしいという訳ではない。

 気さくな一面も見せるようになり、彼の中で僕はもうお友達のカテゴリーに入っているのかもしれない。

 時折、わざと強気な口調で話しているのではないかと思ってしまうこともある。

 とはいえ僕のことを女だと思い込んでいる相手と話すのは多少気まずく、彼とこれ以上仲良くなることには抵抗がある。

 嘘をついているようで、話していても上の空な気分だ。


「実力テストの結果が出たが、お前はどうだった?」

「僕は3位だったよ。もしかして2位が高御堂君かな?」

「そうだが、どうして分かった?」

「去年まで僕が2位で芦塚さんが1位だったからそうかなって。高御堂君頭いいんだね」

「これくらい普通だ。お前こそ、俺と殆ど差がないではないか」

 

 結果の書かれた紙を見比べてみると、確かに点差はあまりない。

 

「こんな見た目だから勉強くらい頑張らないとね。女の子の格好をしてる男が成績も悪いとかっこ悪いでしょ?」

「なるほどな。気にしすぎだとは思うが成績は良いに越したことはない。どんな理由でも努力できるのは素晴らしいことだ」


 急に褒めるじゃんこの人。

 ていうか僕の周りは成績がいい人ばっかりだな。

 顔も負け成績でも負け。

 僕が勝てるのは女装が似合う選手権くらいだろう。

 いや、この男であればもしかすると、すごい美人になるのかもしれない。

 文化祭で女装喫茶とかをやったら彼がヒロインになるだろう。

 まぁ、そんな漫画みたいなイベントは起きないだろうけどね。




 そんな日々を過ごしていると、ついにキャンプの日がやってきてしまった。


 キャンプか……。

 好きな人には申し訳ないが、僕はキャンプへの魅力を全く感じていない。

 時間とお金をかけて苦労しに行くことの様に思えてならず、洗い物とか片付けが大変そうだなというのが正直な所だ。

 とは言え、人の趣味はそれぞれなのでキャンプ自体を否定するつもりはなく、現に楽しみにしている様子の生徒が多く見られる。

 僕のようなインドア派には厳しい戦いになりそうだ。


 キャンプ場へと向かうバスでは僕と芦塚さん、高御堂君と斎藤さんとが並んで座ることに。

 斎藤さんにも高御堂君と交流を深めておいて欲しい訳であって、僕が芦塚さんと隣同士がよかったということではない。

 これだけは信じてほしい。


「しかしキャンプね……憂鬱だわ。私は初めてだけれど、西河君はやったことがある?」

「僕もないよ。休みの日は、あんまり外に出ないから」

「昨日の夜に、本当に行くのかどうかを確認してきた時点でそうだと思ったけれど、やっぱり初めてよね。私も行くかどうか、結構真剣に悩んだもの」


 そう、僕は昨日芦塚さんに行くかどうかの確認をしていたのだ。

 彼女が行かないのであれば自分も行くのをやめようと思っていたが、斎藤さんに申し訳ないということで二人とも行くことに。

 

「周りの皆は楽しそうだね。キャンプブームも長く続いているし、興味ある人が多いのかな」

「そうみたいね。キャンプブームなんてすぐに収まるかと思っていたけれど、長く続いているのよね。キャンプにネガティブな方が珍しいのかもしれないわ」

「僕はキャンプどころか旅行も行ったことがないかも。中学までは泊りがけの行事は全部休んだし、家族も旅行に行く程仲良くないから」

「私はそこまでではないけれど、家族の旅行は小学生の時までだったわ。それからは私以外の家族で行くようになったし、そこまで行かないのが普通なんじゃないかしら」

「そうなのかな。だからこそ、キャンプブームがここまで続いているのかもね」


 せっかくのキャンプにあまりネガティブにばかりなってもいられないので、僕達は動画サイトでキャンプ動画を漁ることにした。

 二人で同じイヤホンを使うなんて距離が近くてドキドキしちゃう……なんてことはなく、普通に無線のイヤホンが登場した。

 だが同じ画面を見るために、多少芦塚さんとの距離は近くなって緊張したのは間違いない。

 更には芦塚さんのイヤホンを使うということ自体に多少の申し訳なさと、妙な興奮を感じたことは認めましょう。

 

「……キャンプってこんなに過酷なのかしら。流石に学生を連れて行くのだから、今回のはもう少しまともだといいのだけれど……」

「この人がちょっと変なのかもね……」

 

 僕達が見たのは世界一身軽なソロキャンプをする男の動画だ。

 この人も言っているけれど、こんなのもう野宿じゃん……。

 ☆1レビューの商品ってやばいんだね……。

 でも、これよりマシなキャンプなら我慢できるかもしれない。


 僕達が二人でキャンプへの不安を募らせる中、通路を挟んだ反対側に座る斎藤さんと高御堂君は存外楽しそうにしていた。

 斎藤さんも心なしかテンションが高く、会話がはずんでいるようだ。

 そのままキャンプの用意も全部二人でやってくれないかな……。



 このままバスが目的地に着かなければいいのに。

 そんなささやかな願いは叶う訳もなく、キャンプ場に到着した。

 天候にも恵まれたおかげでキャンプ場の開放感は悪くないものであったが、雨が降れば中止になったのかなと考えてしまう自分もいる。

 『空気がおいしい!』という声もどこかから聞こえるが、残念ながら空気の美味しさは分からない。

 あの人は恐らく空気ソムリエの資格を持っているのだろう。


 今回のスケジュールはまずはテントの設営。

 その後はカレーを作り自由行動、夜ご飯はキャンプ場内の施設で済ませることとなっている。

 場内はボートに乗れる湖や釣り場、ハイキングコース等の設備があるので日中はそれらを行ってもよい。

 持ち込んだ食材を使って何か作ったり、コーヒーを淹れたりしてもよいと、かなり自由なスケジュールである。

 道具の貸し出しもあるので、やりたいことを見つけて自由に過ごせるようだ。

 施設があるなら全部施設内で済ませたい所だがそうはさせて貰えない。

 テントでちゃんと寝られるかな……。


 

 ここをキャンプ地とする!!

 一度言ってみたかった。


 各々が決められた場所に別れ、テントの設営に取り掛かる。

 僕の相方である高御堂君は率先して動き、重い荷物も全部持ってくれたおかげで大変助かる。

 女の子には荷物を持たせない、なんて紳士的だ……と思ったが自分は男であった。

 設営も殆ど彼一人で行われ、僕は風で捲れないように抑えたり支えたりする程度で済んでいる。

 

「高御堂君は手慣れてるね。キャンプやったことあるの?」

「結構あるな。親父が好きで結構連れていかれたんだ。普段は何も不便が無いから、自分で全部やるのが楽しいらしい。山を買ったと聞いた時は流石に驚いたが」

「……やっぱり高御堂君ってお金持ちなんだね」


 山を買ったとか普段は苦労しないから苦労したいとか、異世界の話についていけない。


「そういえば言ってなかったか。俺の親父は北海道に本社のある食品メーカーの社長だ。家が裕福なのは間違いない。急にこっちに転校したいと言ったら全部用意してくれたくらいだしな。感謝しているさ」

「家の事情とかだと思っていたけどちがうんだね。どうして北海道から引っ越してきたのかって、聞いてもいい?」


 高御堂君は手を止め空を見上げる。

 少し考えると、作業を再開しつつ口を開いた。


「まぁ、お前には話してもいいかもな。今夜テントの中ででも話すことにしよう」

 

 そう言うと彼はペグを取りに行くと言って、その場を離れてしまった。

 触れてはいけない事情に触れてしまったようでバツが悪いが、彼が僕にならと言ってくれた、その信頼に応えられるようにしたいと思う。

 今後は僕も、もう少し彼に心を開くべきなのかもしれない。


 どうしてそこまで信頼してくれるのに、男だって信じてくれないの……?

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