第41話 第三回【洗礼】始まるよ! その四

「ちゅちゅんちゅんちゅん」

「な、なに!?『我を捕えるなどとは愚か者が。消し炭にしてくれるわ!』だと!?」

「ちゅちゅちゅんちゅんちゅんちゅん!」

「な、なに!? 詠唱を始めた! いかん! 逃げろ!」

「あ、カイリさん。お茶どうですか?」

「ああ。美味しい」


 モエからお茶を貰って啜る。さすがメイドである。美味しい。

 それにしても、厨二病患者を見ながら飲むお茶は美味しいな。お茶菓子とかないかな。


「……カイリ君、豪胆ねぇ。桃華が惚れた理由が分かる気がするわ」

「え? 分かるの?」

「あの子、昔っから周りの子にドン引かれてたからねぇ。中学に上がってからは隠すようになったけど」

「心臓脱毛してこようかな」


 でもそうすると瑠花との攻防に耐えきれない気がする。……どうするかなあ。

 お茶美味しい。


『くつろいでて草』

『はよふーちゃん捕まえろ』


「……急にそのお茶ぶっかけたくなってきたわねぇ」

「なにゆえ!?」

「え? 時々ならないかしらぁ? お菓子食べて喜んでる女の子にビンタしたくなったり」

「SNSでバズったイラストのリプ欄で見た事あるやつ。女の子が可哀想な目に遭うのはNGです」

「ふふ。カイリ君なら良いのかしら?」

「痛いのは嫌いだから嫌です」


 こちとらデコピンで泣く人間だぞ。五歳の頃の話だが。ちなみにデコピンしてきた男の子は瑠花が倒してた。見事な一本背負いだったな。


「カイリ君、ミルクはどうかな〜?」

「なんで懐から哺乳瓶が出てくるんだよ。そんでなんで中身が入ってるんだよ」

「ふふ。人肌で温めておいたら赤ちゃんも飲みやすくなるのよ?」

「……ちなみにミカさんって子供が居たりは」

「え? 処女よ?」

「想像の斜め上の答えが返ってきた」


 なんで哺乳瓶持ち歩いてるんだよ本当に。いや、今の俺の質問もセンシティブだったな。Vtuberにするべき質問じゃないだろ。反省しなければ。


「み、みんな! 早く、この子、捕まえないと!」


 そして向こうでは微笑ましいやり取りがされている。リオちゃん先生が虫取り網を振り回し、スズメを捕まえようとしているのだ。鳥と戯れてる子供にしか見えない。


 しかし、本当はこんな事をしている場合ではない。リオちゃん先生に怒られてしまう。ガチ説教はくらいたくない。既に学校で怒られてるのだから。主に瑠花のせいで……時々は俺のせいで。


「さあ、そろそろ捕まえましょうかねぇ……」

「き、傷つけちゃいそうで不安です……」

「ふふん。ふーちゃ……野生の鳥を舐めない事ね! モエなんかには捕まらないに決まってるだろう!」

「野生の鳥は舐めない癖にモエの事は舐めてるんだな」


 捕まえるのは難しいだろう。素手でキャッチは力加減を間違えると傷つけかねないし。……虫取り網もそうなんだが。


 すると、ホムちゃんが近づいてきて耳打ちした、


「あれは【不死鳥】を捕まえ、封印する為の呪具。【神域オリンポス】だ」

「虫取り網に着せるには重くねえか? その名前。……翻訳頼む」

「いつもふーちゃんはあの虫取り網で捕まえてるから問題ないって事ね」

「大丈夫? 愛護団体に怒られない?」


 というか普通に炎上しそうである。


「訓練しておるから大丈夫だ。ほら、映像板テレビでもよくあるだろう? 特殊な訓練を受けてるから大丈夫だとな」

「やばい。この子と話してると古傷が疼く」

「なぬっ!? いつのものだ!? 神々の祭典ラグナロク のものか!?」

「うぐあっ……」


『なんかカイリきゅんダメージ受けてて草』

『うぐおっ……』

『リスナーもダメージ受けてて草』

『お兄ちゃんが倒れた』

『でたな厨二病の妹ネキ』


 なんか定期的に現れるな。この厨二病の妹。まあそんな事はどうでもいい。


「みな、さん……はぁ、はや、く……つか、ま」

「やべえリオちゃん先生が瀕死だ」


 ちょっと遊びすぎた。

 見れば、あきふゆコンビもちょっとこめかみがひくひくしてる。


「お、お姉ちゃん達にカイリ君が寝盗られる……興奮してきた」

「私、寝盗られより寝取り返しの方が好きなんだよね、カイリ」


 怖い。帰ってからが怖い。あと寝盗られてないから。ちょっとおしゃべりしてただけだから。


「ふ。我に貸してみよ。リオちゃん先生」

「はぁ、はぁ……はい」


 ホムちゃんがリオちゃん先生から【神域】を受け取り。居合のように構えた。


 実に様になっていて……妙な圧がある。

 場に静寂が訪れた。



「死なぬなら 捕らえてみせよ フェニックス」



 ひゅん、と風を切る音がして――


 机の上からスズメが消えた。なんだかんだ言って捕まえるのは慣れてるだろう。居合(っぽいの)に関しては多分練習してたのだろう。俺もよくやってぐはっ……


 と、そうしてダメージを負っていると。


「ちゅんちゅん」


【神域】虫取り網の上にスズメは居た。


「めちゃくちゃ空振ってんじゃねえか」

「ぐっ……やはり【魔眼】の制御は難しいな」

「ちゅちゅんちゅちゅんちゅんちゅちゅんちゅちゅちゅんちゅん! ちゅちゅんちゅちゅちゅちゅちゅん!」

「スズメが長文を話すな」


 そのままぴょんと飼いホムちゃんの頭に飛び乗った。ほんとに飼い主なのかこいつは。


 こっそり後ろから近づいて捕まえようとしたものの、また上手いことぴょんとかわされた。


「うふふ。スズメちゃん、おいで」

「ちゅん!」

「あら。反抗期かしら」


 ミカさんのママ力でも無理らしい。ママ力ってなんだよ。


「え、えーい!」


 すると、いきなり投網が投げられた。


「投網!?」


 なんで投網!?

 人生で初めて投網投げられたぞ!?


「ちゅん!」


 案の定スズメは逃げ、投網が俺ごとホムちゃんを捕まえた。


「あ、あわわ。ごめんなさい〜!」

「これが囚われた魚の気持ちか」

「うむ。被捕食者の視点に立つと視野は広がるな」


 後から聞いた話だが、モエは父親が漁師らしい。職を継がされそうになったが、嫌で逃げ出してきてVtuberになったらしい。凄いな。漁師からドMメイド系Vtuberって。


「い、今取りますから」


 モエに取って貰ってる間、スズメは机の上で反復横跳びをしていた。もうちょいスズメらしくあれよ。


「どうしたものか」

「仕方ない。……カイリよ。あれやるぞ。合体魔法」

「今日が初対面だろうが。やるやらない以前に出来ねえよ」

「出来る! 我と【神穿剣レーヴァテイン】が組めば!【天穿神鳴之滅殺剣グングニル】になれば!」

「グングニルは剣じゃなくて槍だろうが」

「その認識も誤差よ誤差」

「神話好きのリスナーにブチギレられるぞ」


『やはりこの二人相性良いのでは?』

『黒歴史ノート音読ボイスはよ』


 ぜってえやんねえからな。


「と油断させておら!」

「ちゅ!?」


 コメントを見ているフリをしてスズメを捕まえようとしたが、またホムちゃんの頭に逃げた。


 しかし!


「知ってた!」


 机の上に置かれてた虫取り網を取り、そのままホムちゃんごと捕まえる。


「おお。捕まった。本当に」

「我まで捕まったが?」

「【神域オリンポス】に閉じ込められたんだ。喜べ」

「……! それもそうだな!【神域】ならば悪くない!」

「この子将来雑に騙されて情報商材買わされそうで怖い」


『ホムちゃん! ゲットだぜ!』

『ふーちゃんよりかしこさ低そう』

『ホムちゃん縛りRTA、詠唱クソ長すぎてストレスやばそう』


 散々な言われようだな。あと色々ゲーム混ざってるぞ。


 とりあえず、もう逃がす訳にはいかないのでホムちゃんごと動かす。


 すると、桃華がへたれこんでいるのが見えた。


「どうしたんだ?」

「……カイリ君。さっきのもっかい言って。『おらァ! 孕め雌豚ァ!』ってやつ」

「おら! までしか言ってないが? 六割捏造だが?」

「ついでに腹パンしてくれると嬉しいわね。顔でも良いわよ」

「助けてお姉さん!」


 お宅の従姉妹さんが変態なんです。助けてやってください。


「ふふ。どうしたのかしらぁ? 蝋の海に溺れたくなっちゃったぁ?」

「閣下でもギリ言わんぞそんな事。それよりあの変態をどうにかしてくれ」

「例え天と地がひっくり返って、閻魔様が毎晩鞭打たれASMRを配信するVtuberになっても無理ね」

「全国の閻魔様に謝れ」


 それはそれとして絵面がまずい。見た目中学生女子(厨二病)を虫取り網で捕まえてるのだから。

 見ると、桃華はぺたりと座り込みながらはあはあしていた。


「私もカイリ君に首輪つけられて散歩されたい」

「分かります……」


 言葉にするな。あと同意するな。モエ。

 まあ、ふーちゃ……スズメももう暴れてないから大丈夫だと思うが。


「……このまま丸ごと鳥籠に入れようかな」

「ふっ。我をそう簡単に封印出来ると思うなよ」

「チョコあげるから入ってくれるか」

「わーい」


 ちょろすきるぞこの子。大丈夫か本当に。

 まあさすがに冗談である。冗談だからそんな目で見るなドMコンビ。


 ホムちゃんに協力して貰いながら、スズメことふーちゃんを鳥かごに入れた。


「入った……じゃない。逃がした?」

「おい司会」

「という事でええ! 入りましたああああああ! やっと! 一時間押しです! 一時間押し! 一時間押し!!!!!」


 やけに一時間押しを強調してくるふゆ。悪いのは俺じゃないぞ。ふーちゃんだぞ。


「ということで得点発表」

「いっくよー!」

「……はい?」


 いきなりの言葉に戸惑った。え? 得点発表?


「言うの忘れてたけど、今回は視聴者投票じゃなくて得点対決ね」

「100点満点で、ちゃんとシチュエーションボイス……もとい寸劇っぽかったかの採点を行います!」

「全部終わってから言うのか!?」

「んー」

「どっちかというと後輩達へのハンデみたいな?」


 ……あ、そういう事か。

 確かにボイスというか、こうした寸劇は先輩達の方が有利……有利か? まあ有利だろう。多分。


「まあ本当はふゆちゃんが言うの忘れてたんだけどね」

「てへっ」

「てへっじゃねえよ」


 結局あきふゆコンビが抜けてるだけだった。


「という事で早速点数発表行くよー!」

「どぅるるるるるるるるるるるる!」


 照明が暗くなり、シアターに映し出されたモニターに配信画面が映し出された。


『わくわく』

『マイナス何点かな』

『細かい採点基準知りたいな』


「細かいのは後でね! ……あ、大まかに伝えるのはおっけーみたい」

「どぅるるるるるるるるるるる」

「さっきのだと、スズメに扮したふーちゃんを鳥籠に入れるまでとか、あと妨害者をどれだけ無視できたかとかだね! ちなみに加点方式だよ!」

「どぅるるる、どぅる、どぅるるるるる」

「ドラムロール疲れてきてるからはやくしてあげて」


 ふゆが息継ぎし、改めてドラムロールを鳴らし――


「結果は〜?」

「どぅるる……でん!」



【78点】


「テストの平均点数90点台の奴が『今回まじで出来なかった』って言いながら取る微妙な点数来た!?」

「勉強出来る人からはまあ……ってなって勉強出来ない人がふざけんなって怒るやつだね。本人は落ち込むけど」


 気がつけば隣に瑠花が来ていた。なんなら手まで繋いでいる。足元には桃華が蹲って……なにしてるんだこいつは。

 桃華は可愛らしく小首を傾げ、俺を上目遣いで見てきた。


「日課の足舐めをしようと思って……」

「そんな日課はねえ」

「……桃華ちゃん、そのまま足蹴にしたら喜ぶと思うわよぉ?」

「やらないから。桃華も目を輝かせるな。うんうん頷くな」


 もうどうしようもないから無視しよう。


「……うちに一人欲しいわね。カイリ君」

「うふふ。リオちゃん、コラボの時はいつも大変そうだものね」

「うむ。一人欲しいな。雑談相手に良さそうだ!」

「痛さの加減や命令の加減も分かってそうですもんねぇ……桃華ちゃんも楽しそうですし」

「ASMRの練習相手になってくれないかしらぁ?」

「俺は分身出来んし断る」


 リオちゃん先生なら良いが。……いや。あの手のタイプはボケ役が居なかったらボケに回りそうな気もする。メスガキ煽りされそう(偏見)


「さあさあ雑談はそれくらいにして!」

「後半戦行こー!」


 あきふゆコンビの言葉と同時に、スタッフが白い箱を持ってきた。


「ということでどん!」

「尺ないからね! 結果は〜?」


 画面にでかでかと映し出されたのは。


【幼馴染とイチャイチャしてたらドM系ロリ美少女が転校してきてご主人様にされちゃいました】


「with厨二病!」

「妨害役はホムちゃんだよ!」

「なんでWeb小説の長文タイトルみたいなタイトルなんだよ。あともう役指定されてんじゃねえか」


『草』

『カイリきゅんの日常では?』

『日常の方がカオスなんだよなぁ』


 もうため息が出る。

 ……しかもホムちゃんと来たか。荒れる未来しか見えない。


 改めて。俺はため息を吐いたのだった。

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