第42話第三回【洗礼】始まるよ! その五

「は、初めまして! 転校生の桜浜桃華です! しゅ、趣味はVtuberのカイリ君のドSボイスを聞きながら亀甲縛りをして――」

「ストップ。アウトだ。その先はアウトだ。なに転校初日で華の学園生活を終わらせに行ってんだよ」

「今度カイリが縛って生ドSボイス聞かせてくれるらしいよ」

「やった! 捗る!」

「捗る! じゃねえ。やらねえ。お前は本性を表しすぎだ。エロ漫画でも中々ないぞ。そんなシチュ」

「カイリが持ってないだけであるよ。凌辱ものだけど」


 苦手なジャンルだ。

 女の子が可哀想な目に遭うのが苦手なのだ。いや。桃華の場合喜ぶだろうが。


「ちなみに好きな大人向け漫画はポンコツメイドに主人がえっちなお仕置するやつです。激しめの」

「中々見ないな。転校初日の挨拶で大人向け漫画の好きなジャンルを言うやつ。いや居てたまるか。というか高校生だぞ俺ら」


 普通に法り……いや。細かく考えるのはやめよう。


「Vtopは法令に違反する行為を推奨しておりません!」

「みんなは18歳になってからね! 彼らは特殊な訓練を受けてるので!」


 なんだよ。特殊な訓練って。

 ……と、言いたいが。これは二人がめちゃくちゃフォローしてくれたのだ。本来は炎上しかねない案件でもある。


「ふっ。年齢など些細なもの。この世界に比べれば14も18も変わらぬ」

「変わるわ。その歳の四歳差はでけえよ。色々」

「私が急成長した時期でもあるもんね」

「やかましい」


 あの時の事は思い出したくない。成長期の女子は怖いのだ。ほんと。


「という事だからよろしくね、カイリ君ご主人様

「早い。本性を現すのが」

「こ、これ。渡しとくね」


 そう言って桃華は何か渡してきた。……これって。


「大人のアレじゃねえか。スイッチ押したら震えるやつ」

「す、好きにスイッチ入れていいからね! 私が当てられた時とか!」

「なんで常備してんだよ。俺は怖ぇよお前が。せめて健康器具にしろよ」


『転校初日に渡してくるの草』

『ほんとに怖いやつやん』

『今来たけどなんなんだこれは……どんな状況なんだ……?』

『ホムちゃんに黒歴史を刺激されながらもカイリきゅんがぶーちゃんを捕まえて、今はカイリきゅんの学校に桃華ちゃんが転校してきたとこやぞ。ちなみにカキちゃんは桃華ちゃんのお姉ちゃんだった』

『???』

『意味分からんくて草。意味が分からない事を楽しむんや』


 ……まあ。視聴者も楽しんでそうだし良いか。良いのか? 良いという事にしておこう。


「かくして。その日からカイリの受難は続くようになったのであった」

「不穏なナレーションやめろ。つか元から続いてるんだよ」


 そして。場面が切り替わる。……切り替わるのかよ。さっきそんなのなかっただろ。


 ええと? 数日後の学校にて? となると。


「どうだ? 桃華。慣れてきたか?」

「え!? ……う、うん。そうね。カイリ君の、最初は大変だったけど。少しは慣れてきたわよ」

「奴隷活動に慣れたか聞いてんじゃねえよ。学校活動だよ」


『草』

『でも今のはカイリきゅんの聞き方が悪い』


「そうだよ。今のはカイリの聞き方がえっちだった」

「俺が悪いの?」


 うんうんと頷く瑠花。そして、ふとその瞳が桃華を捉えた。


「そういえば桃華ちゃんの得意な教科ってなんなの?」

「保健かな。よく自習じしゅってるよ」

「自習を動詞にするんじゃねえ。珍しく……本当に、数年に一度あるかないかの瑠花の正常な質問の回答だぞ。それで良いのか」


 俺でもちょっとびっくりしたぞ。

 瑠花、普通に質問出来たのかよ。初めて見たぞ。十五年強生きてきて初めてってなんだよ。


 そして、自然な流れでホムちゃんが口を開いた。


「ふむ? では得意な呪文はなんだ?」

「緊縛呪文かな」

「脊髄にまでドM精神が刻まれてるのか」


 元々用意していたのかと言いたくなるレベルである。


 しかしまあ、良い機会だ。色々聞いてみよう。


「あー。休日って何してるんだ?」

「あ、新しい羞恥プレイ!?」

「何してんだよほんとに」

「……カイリ君の鼓膜破壊耐久をずっと聞いてるわね」

「何してんの!? つかそんなのあるの!?」

「あるよ。ほら」


 瑠花がスマホを見せてきた。その画面には【音量注意! カイリきゅん鼓膜破壊耐久:二時間Ver】と書かれている。


「なんなんだこれは……」

「これでね。ギリギリを攻めるとすっごく気持ち良くなれるんだ」

「怪しい薬みたいな紹介。やめろ、本当に耳悪くするから」


 ちょっとシャレにならないやつである。この歳で耳を悪くするのは本当に良くない。いや、どの歳でも良くはないんだが。


「……休日連れ出すか」

「え、え!? デート!?」

「私も居るから三人デートだね」

「デートという概念を覆すな」


 配信でコラボとかしても良い。桃華の鼓膜が守れるなら。


 そうして話していると。視界の端でずっと何かを書いている姿が見えた。何をしているのだろう。いや、聞きたくないな。


「お、気になるか? 現在新しい魔法陣を描いていてな!」

「う、あ……ぐぁ……」

「今回は星座をモチーフとしてみたのだ!どうだ?」

「ぉ……」

「懐かしいね。昔カイリも星座をモチーフにした武器描いてたよね」

「ぅ、ぁ……」


『カイリきゅん援護射撃(誤爆)多くね?』

『瑠花チャソのは狙ってやってる定期』


 心が。心が疼いてしまう。あと右腕も疼きそうになる。

 やめろ……!


「くふふ。やはり古傷が疼くのだろう? 素直になるのだ……!」

「うが……いぎ……」

「なんかえっちだね」

「私もお腹の中が疼いてきちゃった」


 場が混沌と化してきた。助けて誰か。


「カーット! 次!」


 良かった。あきふゆコンビが止めてくれた。


「お次はお次は〜?」

「レッツ! 取り合い!」

「修羅場必須!」

「桃華ちゃんとカイリ君のデート現場に瑠花ちゃんが現れたああああああああ!」


 え? なにその地獄。え?


「デートなら仕方ないわよね」

「ちょ、桃華? ……桃華さん?」


 いきなり腕を組んできた。やめて。当たる。色々。


「それともこっちの方が良いかしら」

「当然のようにポケットから首輪出すのやめて。鎖付きの」


 どっから持ってきたんだよそれ。いや本当に。ポケットの中に入らないだろ。


「なら我も我も!」

「ホムちゃんさん???」


 続いてもう片方の手が繋がれた。なんなんだこの子。庇護欲を刺激してくるな。


『ホムちゃんさん???』

『何してくれてんの???』


 あ、やばい。これ炎上するやつ。ダメだ。この二人がおかしいだけで普通こういうのはダメなやつなのだ。


『俺もカイリきゅんと色々したいが?』

『何してるのかわからんが代われホムちゃん』


「そっちかよ」


 なんでそっちに火が移ってんだよ。俺を燃やせよ。


「ほら、ホムちゃん。チョコあげるから大人しくしてて」

「わーい」


『お菓子に釣られるホムちゃんかわよい』

『俺もカイリきゅんからチョコ貰いたい』


 こいつらは無視しよう。一旦。


 それより瑠花だ。

 本音を言うと、少しだけ気になったりはする。

 基本俺は瑠花と離れる事がなかったから。……離れる必要がなかったとも言える。


 そして、瑠花は――


「ん。いいよ。それがカイリが選んだ事なら」


 寂しそうに微笑みながら。そう言った。


 ……おい。なんだ、その笑顔。


「あ、待って。泣く。やめてその笑顔。あ、むり。泣く」

「カイリ君!?」


 なんだ。この込み上げてくるものは。まずい。鼻の奥がつんとしてきた。

 心がぎゅっと。締め付けられたように痛くなる。


「……カイリ?」


「悪い、これあかんやつだ」


 視界が滲み始めてきた頃。ふわりと、体が抱きしめられた。


「ごめんね。ちょっと意地悪しちゃった。私がそんな事言うわけないでしょ?」

「……寿命が五年は縮んだ」

「ん。じゃあ私も五年縮んだね」

「サラッと一緒に死のうとするな」


 しかし……こうして抱きしめられていると。

 自然とおかしくなっていた動悸が落ち着いてき始める。


「なんか俺。本格的に瑠花なしで生きられなくなってる気がする」

「そうなるように育てたからね」

「お前に育てられた覚えはない」


 やっと調子を取り戻してきた。


「実際、私ならそんな簡単に諦めたりしないけどね。友達の知り合いから縛り方も教えてもらったし」

「当然のように人を縛る術を身につけるんじゃないよ」

「そこからの快楽漬けで堕とせるよ。堕とせなかったら監禁するけど」

「天国と地獄を彷徨わせようとするな」


 一度、大きく息を吐いて。瑠花から離れ――。


 離れ――。


「瑠花?」

「合法的にカイリに抱きつけるのって今しかないかなと思って」

「人とハグする事が違法な世界から来たのか?」


 服に付けてるマイクなんかが大変な事になってしまいかねない。

 どうにか説得し、離れてもらう。


「ごめんね。カイリ君。瑠花ちゃん」

「……? ペットは別に良いんだけど?」

「んっっ」

「ブレねえなお前ら」


 正気に戻りかけた桃華が一瞬で狂気に呼び戻された。

 ……上手く行けば矯正出来たのではないだろうか。あれ? もしかして一世紀に一度あるかないかのチャンスを逃したか?


「ちなみになんだが。我が本当に狙ってたらどうしてたのだ?」

「ふふ。別に良いけど」


 ホムちゃんの言葉に瑠花が笑う。その言葉が意外だったのか、ホムちゃんは目を見開いた。


「一途な子を仕留めるのは難しいけどね?」

「ふむ……確かに。浮気をするような人間にも見えぬしな」


 やめろ。今の思い出しちゃうから。

 割とガッツリ自分でも黒歴史入りしそうなんだよ。普通泣く場面じゃなかっただろ。


『カイ×瑠花てえてえ』

『珍しくちゃんとてえてえしてる』

『毎日てえてえしろ(過激派)』


 視聴者も楽しんでくれてるなら良いか。一歩間違えば炎上しかねなかったし。


 この辺をエンターテインメントにするのもVtuberの役目……なんだろうなぁ。


 まあ、この辺は後々考えよう。とか考えていると、あきふゆコンビがマイクを持った。


「さあさあ!」

「結果発表に行くよ! ちょっとトラブルがあったけど、後々どうにかします! ごめんね、カイリ君」

「ああ。いや、大丈夫だが」


 それと同時に。二人がとある紙を見せてきた。


『後で企画担当がカイリ君達にも謝罪するらしいから』

『本当にごめんね。嫌な思いさせて』


 ……凄いな。この辺。いや、別に気にしてはいないんだが。本当に。


 瑠花も見ていて、謝罪は要らないと言いたげに首を横に振っていた。


『私が悪いから』


 と、口パクで伝えてきていた。……いや。悪いのは俺なんだが。

 俺もどうなるのか気になってしまった。瑠花がどんな反応をするのか。


 とりあえず、この辺は配信が終わってからだな。


「その前にその前に!  かるーく評価基準と罰ゲームについて話しておくよー!」


 そういえば。向こうは評価基準とかふーちゃんを捕まえるとかあったが。


「……本当は最後に告白タイムを挟もうかとあったんですが、それはまあ置いといて!」

「その辺は追加点しておきます!」


 あー……なるほど。確かに。


「告白、か」

「実際はカイリが私を選んで桃華ちゃんをペットにして終わりなんだけどね」

「わ、私。犬小屋が欲しいな」

「俺をどんな鬼畜だと思ってんだよ」


 しかしまあ、実際どうなるのか。……聞く訳にもいかないな。


 うん。その時まで知らないようにしておこう。


「ちなみに罰ゲームは〜?」

「こちら!」


 画面が切り替わり。俺は絶望した。


【一週間厨二病配信(一人で良いよ)】


「狙い撃ちじゃねえか!?」

「カイリだね」

「そうね」


 いやまあ……二人が厨二病になる姿は想像がつかないが。


「というか先輩達に関してはダメージないな?」

「まあ……そうね」

「わ、私は、その。語彙力が低いので」

「うふふ。私はやっても良かったんですけどね」

「ホムちゃんがどうしてもって言うからぁ」


 ……確かに。あいつなら自分から進んでやりそうだが。


「厨二病という名の業。この惑星ほし住民たみにはまだ難しいだろう。この魔王われたる支配者に近づくのだからな!」

「まだ罰ゲームがお前だと決まった訳じゃないぞ」

「この我が厨二病を患えば……それ即ち!【死地ヴァルハラ支配者マスター:厨死病ベルゼブブ】へと昇格するのだ!」

「ダメだこの子。話通じない」

「ふっ……我が【厨死病】となるならお前は【病不知ブエル】だな」

「お医者様ああああああ。どこかにお医者様はいらっしゃいませんかああああああ」


 すっごいうずうずしちゃう。右腕が。


 しかし、あきふゆコンビは構わずに続けた。


「という事で結果発表いっくよー!」

「どぅるるんどぅるるんどぅるるんどぅるるん」

「ドラムロールが疲れたからってチェンソーの起動音みたいな音になってるぞ」


 どうしてSEを用意してないんだよ。……まあ良いか。


「結果は〜?」

「どぅるるるるん、どぅる、どぅるるるん」


 さっきの疲れ抜けてないじゃねえか。


 と、考えると同時に画面が移り変わり。点数が映し出された。




【5000087点】


「クイズ番組の最後の問題に回答できたチームみたいな点数の取り方」


 トラブルがあったものの。無事、第三回洗礼の前半戦が終わったのだった。

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