第34話【Vtop】新人加入【洗礼】一日目! その5

「うーっわ、やーっば。これまじ? こういうのって近くで見たらそんはに〜ってパターンじゃないの?」

「失礼の極みがすぎる」

「あはは、ごめんごめん」


 目の前で顔を覗き込んで来たのは向こうのリーダー的存在である黒飛だ。


 そんな彼女に瑠花がふふんと自慢げにする。


「カイリは私が育てたからね」

「そっか……ママだもんね」

「なんで納得すんの? 確かに瑠花が色々やってくれたんだが」


 風呂上がりには化粧水を塗られ。元々シャンプーしか使って来なかったのに気がつけばリンスやコンディショナーが増え。その他etcも増え。


 男子高校生とは思えないくらい肌もぷるっぷるで髪もサラッサラなのである。いや、最近の高校生は美容にも気を使うらしいのだが。というか俺が言う事でもないのだが。


 そんな事を考えていると、あらあらうふふ系天然お嬢様である篠崎が頬に手を置いた。


「うふふ……本当にほっぺた柔らかい。食べちゃいたいくらい」

「助けて瑠花さん! なんかすっごい嫌な予感する!」


『麻子ちゃんはガチだからなぁ……』

『俺もカイリチャソのほっぺたぷにぷにしたい』

『百合の間に挟まる男絶対ぶち殺した後に細切れのミキサーにして地獄のコンクリに混ぜる警察だ! 出頭しろ!』


 随分殺意の高い警察が居るんだな。つか百合でもねえだろ。


 瑠花が俺を見て何やら考え込んでいるようだった。


「カイリって一人で五人分くらいお得だよね。色んなプレイ出来そう」

「分かる……女子高に女装して忍び込んだけど同じ寮の部屋の女の子にバレて脅されるタイプの同人誌みたいな感じね。縛り付けられるタイプのは好きよ、私」

「具体的すぎるし聞いてないけど」

「……えっと、カイリ君? ちゃんって言った方が良いかな? ちょっと頭混乱してるんだけど」


 今度話しかけてきたのは浅黒い肌が健康的な嵐山である。


 ちなみに、というかかなり今更なんだが。コラボをするにあたって、お互い話しやすい形でということになっている。タメ口OKで普段の話し方でと言われたのだ。天井あまい達の時にもそうだったが、これが【Vtop】流らしい。


「えー。声戻した方が良い?」

「いや、それはちょっと……もっと混乱しそう」

「ならどうしろって……いや、気持ちは分かるんだけどね」


 想像してみて欲しい。新しく出来た後輩がいきなり女の子になってたら。いや、男なんだが。


 かと言って、見た目は美少女で男の声というのも混乱しかしない。なんなら新しい扉を開かせかねない、とは瑠花の考えらしい。この声……少しハスキーがかった、俺らしさの残る声。しかし男性のものではない声にしたのもなるべく違和感を残さないようにするためだ。


「まあ、慣れて欲しいな。悪いけどね」

「わ、分かってるけど。……そういえばなんでそんな流暢に口調変えられるの?」

「ん? だって元の口調だと可愛くないでしょ」


 どうせ可愛くなれるのだからとびっきり可愛い女の子を演じたい。それが男の性である。……ほんとか?


 いや、きっとそう。みんな美少女に生まれ変わったらスマホの写真フォルダは自撮りで埋まってるはずだ。


 ……俺がそう言えるくらい、まじで可愛いのだ。瑠花のメイク力とんでもない。


「ちなみに私が教え込んだから。高校生、中学生、小学生メスガキ。お嬢様にヤンキーに新妻に人妻に美魔女に「ちょっと多いよ!?」とかいけるよ」

 おお、珍しい。桃華のツッコミである。


「もう、私はツッコむよりツッコませる側なんだから」

「女の子なんだからド下ネタ言わないで」


 一人でボケとツッコミをしないで欲しい。ピン芸人じゃないんだから。


 一応ソロで活動してるんだし、実質ピン芸人みたいなもんなのか?

 待て。いつもの配信だと割と普通のVtuberじゃないか。読者の悩みとか聞くタイプの。比較的マトモな。


「ぬぐふふふ。可愛い、可愛いですぞ。拙者の薄い本が厚くなるでござるよ」


 そんな俺を見ながら残念美少女オタクこと内園がタブレットにペンで何やら描きこんでいた。


 うん。オタクである。紛うことなき。十年前の一部の人が考えるオタク像みたいな喋り方をしてる。かなり美少女なのに。


「あ、安心するでござるよ? 拙者、カイリきゅんから思い浮かぶのは擬似百合イチャラブか瑠花チャソに無理やりされるか桃華チャソとのソフトSMぐらいしかないですからな。汚いおっさんなどもっての……否。ありですな」

「やめて。公式がやると炎上しかねないから」

「ね、千紗ちゃん。良いこと思い浮かんだんだけど」


 気がつけば瑠花が内園の隣で神妙な面持ちをしていた。瑠花が良いことを以下略。


「カイリ×カイリとか……ありじゃない?」

「天才か!?」

「天災だよ。俺にとって」


 馬鹿げた事を言う二人を無視して最後の一人へ目を向ける。


 先程からじっと俺達を見ている清楚系魔法少女ヤンキーの愛ちゃんである。ちなみに白ニーソである。


「……なに」

「いや、親睦を深めないかと思ってるんだけどさ? 愛ちゃん」

「あ、愛ちゃん言うな!」


 おっと。思わず愛ちゃん呼びをしてしまった。周りに釣られて。


 でもなぁ……愛ちゃんなんだよなぁ。どっからどう見ても。もう愛ちゃんしかありえないんだよなぁ。呼び方。


「という事で愛ちゃん呼びでいくね」

「いくな! 呼ぶな!」

「うふふ。愛ちゃんってば照れ屋さんなんだから。愛ちゃんでもLoveちゃんでも好きに呼んでくださいね? カイリちゃん」

「分かった。愛ちゃん、よろしくね」

「愛ちゃん言うなぁ!」


 愛ちゃん可愛いよ愛ちゃん。……というか本当に変わり方凄いな。


 キッと睨んでいた瞳は柔らかくなっていて、お嬢様っぽい雰囲気がマシマシである。それと桃色のステッキもあるのでロリっぽさが増してる。凄い変化。



『カイ×愛てぇてぇ』

『ほんとにてぇてぇか?』

『てぇてぇよ。多分』


 うんうん。コメント欄も楽しそうである。あと瑠花さん。なんで手握ってるの?


「なんか過去一の強敵が現れてる気がした」

「なんで? どして?」

「カイリがちゃん呼びしてるの初めてだから」

「ただのノリなんだけど……あと私今この格好だし」


 心の中はアレだが、さすがに元の格好に戻れば愛ちゃん呼びはしない。……あれ。してたっけ。いや、してないはず。多分。


「むむぅ……」


 しかし瑠花は納得がいかないのか、手をニギニギとしてほっぺたにほっぺたを擦り付けてくる。ぷにぷにさらさらしていて気持ちいい。


「お、おぉ……百合。百合展開キマシタワー」


 百合ではない。断じて。でもいつもよりはっちゃけてしまってるのは自分で分かる。


「実は女の子になってるカイリは狙い時だったりします。いーい? 桃華ちゃん」

「はい!」

「やめて。蹴らないから。あと踏まないから私の脚に擦り寄らないで」

「ありがとうございますっっっっ!」


 ため息を吐く。どうしようもない事はわかってるのについ言ってしまうのだ。


「逆にすっごい甘やかしてみたら矯正出来たりしないかな」

「……なんかそれはそれでめんどくさい事になりそうだからこのままで良いかな」

「ありがとうございますっっっ!」

「どうしようこの子……愛ちゃん。殴ってみる?」

「頭おかしいんかアンタ」


 つい困惑のあまり頭のおかしい事を言ってしまった。


「わ、私だって……殴られるならカイリ君かカイリちゃんが良いわよ!」

「世界一嬉しくない独占欲」


 と、その時。


「さあさあ! 親睦もそこまで! 結果発表の時間だ!」

「勝者はどちらのグループか!」

「あ、復活してる」


 先程我を失っていた大空秋が復活していた。というかもう結果発表なのか。


「さあさあ両名こちらへ!」

「かもん!」


 あきふゆコンビに言われ、コメント欄が映し出されているモニターの前の椅子に座る。


『さすがにカイリチャソやろ』

『いやでも分からんぞ。愛ちゃんファンを舐めないで欲しい』

『そうだぞ! 愛ちゃんの部屋には魔法少女のフィギュアとかぬいぐるみもあるんだぞ! 可愛いだろ!』


 別に可愛さ勝負じゃないんだけどな。これ。


 愛ちゃんを見ると、ステッキでぺしぺしと肩を叩かれた。格闘系魔法少女である。


「なに。あったら悪いかよ」

「いや。私も昔見てたからね。瑠花と一緒に」


 人の趣味を面白がるほど落ちぶれてはいない。というか俺も見てたし。それにしても懐かしいな。


「……まじで言ってる?」

「うん。日曜の朝は瑠花が遊びに来てたからね」


 なんせ、朝から晩まで居たのだ。……というか寝起きから寝る直前。なんなら一緒に寝てたまである。当時の俺と瑠花は兄妹みたいな感じだったと思う。


「……ふーん」


 愛ちゃんはそれを聞いても興味無さそうにコメント欄を眺めるだけだった。


「うふふ。カイリちゃん。愛ちゃんってば恥ずかしがり屋だから分かりにくいですけど、喜んでるんですよ?」

「う、うっせえ! 別に喜んでねえし!」


『可愛いよ愛ちゃん』

『ツンデレ愛ちゃん助かる』

『やっぱ愛ちゃんなんだよなぁ』


 愛ちゃん人気もすごい。さすが愛ちゃん。


「「あ!」」


 いきなりあきふゆコンビが声を上げた。どうしたんだろうか。


 あきふゆコンビが台本っぽいものを捲ってスタッフさんに何やら確認を取っている。そして……


「ごめんなさい! 罰ゲームの内容について話すのを忘れてました!」

「ごめんなさい!」


 ……?


 ああ、そういえばこれ勝負だったな。洗礼で負けたら罰ゲームもあるかも? みたいな事言ってたし。


「……ちなみに罰ゲームって?」

「罰ゲームの〜」

「内容は〜?」


 モニターが切り替わり。でかでかと文字が表示された。


「「【一日変身生活!!!】」」


 ……なるほど?


「罰ゲームで負けたチームは一日、今の自分とは違う自分になって貰います!」

「愛ちゃんとカイリちゃんはその格好に似合う喋り方で! 他チームメンバーは今の自分と全く違うキャラを一日演じて貰います! あ、あと配信もして貰います!」


 なるほど。そういう事か。


 例えば瑠花なら……どうなるんだろうか。想像がつかない。桃華でいこう。


 桃華ならばドSになるという事だ。なにそれ絶対嫌なんですけど。


「はあ!?」

「あれ。愛ちゃん聞かされてなかったの?」

「言ってなかったからねー」

「不仲説出てきたか?」


 いや、単純にその方が面白そうとか考えてたんだろうが。


 対してこちらにもそんなにダメージは無い。いや、昨日の……というか今朝までの俺ならめちゃくちゃ拒んだだろうが。


 ……もうお披露目したからなぁ。一度この姿になったら別に羞恥心もなくなるし。


 いや、これってもしかしなくても瑠花の思い通りなのでは?

 瑠花、女装した俺と外に遊びに行きたいって言ってたし。


 振り返って瑠花を見る。ニコニコとした笑顔のまま手を振り返された。多分俺では無い他の男子ならそれだけで「アッスキッ」ってなってしまう可愛さである。


 ……まあ、良いか。


「それではそれではお待たせしました!」

「結果発表の時間だよおおお!」


 パッと照明が落ちる。いや、真っ暗になるとカメラが反応しないので豆球は点いてるのだが。


 でもそのお陰でモニターが見えやすくなった。今は配信画面が映っている。


 それがパッと切り替わり、俺と愛ちゃんが映った。


 ドラムロールが鳴り響く。


「この短時間でおよそ20万票もの数を頂きました! 本当にありがとうございます!」

「その上接戦となりました! なんと! 52%と48%で決着が着きました!」


 おお……かなり接戦だ。


「それでは勝者の発表とします」

「【洗礼:バトル編 メイクで変われ! ギャップ対決!】を制したのは〜?」



 ばん! と画面に数字が映し出された。


「カイリ・ホワイト! 52%! 月雪愛ちゃん! 48%!」

「よって! カイリちゃんの勝利だああああああ!」


『うおおおおおおおおおおお!』

『カイリちゃああああああああああん!』


 勝った。



 ……あれ? 思ってたよりなんかあれだな。うおおってならないというか。


 ああ、そうか。今回は主に瑠花が頑張ったからだな。俺はあれだ。トリマーの大会に参加した犬みたいな感じだ。


 その肝心の瑠花はと言うと、満足そうにうんうんと頷いていた。


 一応頑張ってくれたんだし、後でご褒美とか用意しないといけないな。常識の範囲内で。


「……次は、負けねえからな」


 隣で俺を睨みながらそう呟く清楚系魔法少女。


「良いよ。いつでも相手になる」


 思わず笑い、そう返したのだった。



 初めての【洗礼】及び先輩方とは……上手くやれそうだった。

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