第19話 カイリ 復活

「誹謗中傷、なぁ。まあ入ってきたばっかの新人には辛いよなぁ」

「私達の事務所でも。それが辛くて辞めたって人はいっぱい居ますからね。痛いほど気持ちは分かります」


 あまり人が居ない所……先に配信環境が整えられた、専用のスタジオに入り。俺達は相談していた。


 ちなみに、天井蜜と芦澤カナタ。この二人は年齢を明かしてくれなかったのだが。タメ口の呼び捨てで良いと強く……強く言われたので、その通りにしている。


「というか瑠花ちゃんも凄いよね。初配信から結構経ってるけど。気づかせないなんて普通出来ないって」

「……カイリを悲しませるのは絶対に嫌だったから」


 天井蜜の言葉に瑠花がそう返し。そして、二人はその言葉に微笑んだ。


「凄いね。これだけ愛されてるって分かるの」

「そやなぁ。みっちゃんの初恋は『し、しゅきでしゅ』でゲラゲラ笑われて終わったもんなぁ」

「殴っていい?」

「お? やるかぁ?」

「カナちゃんがやり返すと私が死んじゃうから。一方的に殴られてよ」

「理不尽すぎんか?」


 配信のようなやり取りが目の前で行われ。思わず少し感動してしまった。


 そんな俺達を見て、天井は咳払いをした。


「こ、こほん。話を戻しましょう。誹謗中傷とかの対策とか、心の持ちようとか。その辺ですよね」

「うん、主にその二つ。……Vtuberの中でもトップを走る二人なら分かるかと思って」


 瑠花の言葉に……二人は腕を組んで難しい顔をした。


「誹謗中傷、か……うーん。私は昔から周りの事なんか気にしてなかったからね。自分が楽しければ良いし。一緒に楽しんでくれる人が居るならいっかって感じだったし」

「私に至っては元ヤンだからなぁ。誹謗中傷というか罵詈雑言を発して発されてみたいな?」


 そんな二人の言葉に。俺だけでなく瑠花の頬までひくついた。


「カナタちゃんの元ヤン伝説って本当だったんだ」

「ん? そうだよ。懐かしいなぁ。あの頃の舎弟も今じゃ視聴者だし」

「す、凄い……」


 見習いたいな。その周りを巻き込む感じは。


 そして、そんな俺達を……二人はじっと見てきた。


「瑠花ちゃんはさ。誹謗中傷は大丈夫なんだよね」

「うん、私は大丈夫。……カイリ以外からの悪い反応は気にしない」

「んー。やっぱ性格なんじゃないかなあ。……ねえ、カイリ君」








 天井は俺を見て――






「君、Vtuber向いてないんじゃないかな」




 そう、言った。




「ち、ちょいちょいみっちゃん。それは言い過ぎだって」

「……私も。今の発言は見過ごせないけど」


 瑠花が俺の手を握り。一歩前に出た。


「……待て、瑠花。天井の言っている事は事実だ。俺も、薄々感じていたから」


 メンタルが弱いのなら。Vtuberになるべきではない。……ネットの海に飛び出す必要はない。




 目を瞑り。そう考えるも……



「まあ待って待って。まだ話は終わりじゃないから」


 しかし、天井はそんな俺に近づいてきた。


「カイリ君はVtuberに向いていない。それは事実。だけどね」


 そして、俺の顔を覗き込んできた。


「私は君にVtuberを続けて欲しい。そう願ってる」

「……え?」


 ぽん、と。暖かい手が頭に乗せられた。


「カイリ君は……もちろん瑠花ちゃんもだけど、凄い。天性と言っていい程に、人を惹きつける才能を持っている」

「そんな事……「ないとは言わせないよ」」


 俺の言葉を遮り。続ける。


「数日で何十万人もの登録者を増やす。しかも個人で。これはとんでもない事なんだよ。私達の事務所ですら、それを成し得られるのは数える程しかいない」

「でも、ほとんどは瑠花のお陰で……」

「確かにそれはあるかもね」


 ふっ、と。俺達を睨んでいる瑠花へと天井は目を向けた。


「ああ、ごめんごめん。つい撫でやすい所に頭があったからさ」

「……別に。私はカイリのありとあらゆる所を撫でたので良いですけど」

「待って待って。俺知らないんだけど。全身撫でられてた事」

「それは一旦置いといて」

「後でちゃんと回収するからね?」


 話が進まないので一旦……本当に一旦置いて。


 改めて、天井は瑠花を見た。


「確かに瑠花ちゃんの影響は大きい。……元々フォロワー三十万でしょ? 話題作りとしては十分すぎる。でもね。この世界はそんなに甘くない」



 かつかつと音を響かせて。瑠花の所へ歩く天井。


 またぴたりと止まって。今度は瑠花の頭に手を置いた。


「だからこそ、瑠花ちゃんも凄い。自分の武器を存分に活かしてる。毎配信イラストを描くなんて……最初は耳を疑ったよ。もちろん話も上手いし、カイリ君とのやり取りは自然で。すんなり頭のおかしい内容が頭に入ってくる」

「頭のおかしい内容が頭に入るってSAN値削れそうな言い方だなぁ」

「ま、とにかく……おっと、ごめんごめん」


 瑠花が少し不満そうにしているのを見て。天井は瑠花の頭に置いていた手を降ろした。





「君達には才能がある。……この業界を揺るがしかねない程の才能が。私達ですら嫉妬するような、そんなものがあるんだよ」


 その表情は……とても嬉しそうに見えた。そのまま、また俺に近づいてきた。


「つまり、ね。私は君達に期待しているんだ。だから、頑張って欲しい。視聴者の為に。……そして、私の為に」


 その端正な顔が。俺を覗き込んできた。


「君程の才能があれば、一定数は必ず嫉妬するはず。だけど、忘れないで欲しい」


 そして……にこりと。その表情が柔らかく微笑んだ。


「君は、多くの人を楽しませている。誰かの生き甲斐になっているんだよ。君に悪い感情を向ける人の何倍も……何十倍もの人に求められている。これはとても素晴らしい、誇るべき事なんだ」


「……天井」


「だから、折れるな。敵は多い。でも、それ以上に味方が居るんだ。視聴者だけじゃない。瑠花ちゃんだって、桃華ちゃんだって……私だって、カナちゃんだって居る。愚痴があるなら聞くよ。悩みがあるなら相談に乗る。だから、負けるな」


 力強いその言葉は……ドクン、と脈を打った。


「どうして、そこまで」

「さっきも言ったけど。私は君に、君達に期待しているんだよ」


 じっと見てくる、その黒い瞳に。まるで吸い込まれたかのような錯覚を覚える。


「Vtuberは今や毎日何人も生まれ……何人も居なくなっている。固定ファンが付いた事務所や個人Vtuberが売れ続ける世界だ。しかし、変化の無い文化はいずれ衰退する。……そんな中、君達が現れた」


 どこか興奮したようで。その顔が更に近づいてきた。


「やっと、だと私は思ったね。新しい時代の流れ。前例が少ない、個人Vtuberからの大バズ。しかもカップルチャンネルときた。驚きの連続だったよ」

「蜜ちゃん。近い」


 そこで瑠花が天井を引き剥がした。ああ、ごめんと天井は離れ……しかし。その顔は興奮冷めやらぬ、といった調子だった。


「私はVtuberが大好きなんだよ。誰かが明日、生きたいと思える理由になる。それはとても凄い事なんだ。だから、君にVtuberを辞めて欲しくない」


 その言葉がとても嬉しかった。……気がつけば、あの鬱屈とした気持ちが小さくなっていくぐらいに。


「あー、みっちゃん? ちょっと盛り上がりすぎてるとこ悪いんだけど。一ついい方法思いついたから言っていい?」

 そこで、芦澤が口を挟んだ。


「なに? カナちゃん」

「聞かせて。カナタちゃん」


 二人に言われ……俺が頷くと。芦澤が口を開く。



「二人……というか桃華ちゃん含めて三人さ。うちVtop入らない?」




「「「……へ?」」」



 俺も、瑠花も。そして、天井も間の抜けた声が漏れた。


 一番最初に意識を取り戻したのは、天井であった。


「ちょ、ちょっと待って。私の話聞いてた? カナちゃん。事務所入りしたら新しい流れが……」

「そんなんみっちゃんの勝手っしょ。つか重い。カイリ君もこいつの言葉はあんま受け止めすぎない方が良いって。気楽に行こう、気楽にな」


 そう言って、今度は芦澤が前に出てきた。


「私達の事務所に入れば色々なサポートが受けられる、というか楽になる。案件とかグッズ販売とか。まあ一旦それは置いといて。一番良いのが、二人が気にしてること」


 一度、その鋭い視線が柔らかくなり。俺と瑠花を見つめた。


「誹謗中傷とか名誉毀損とかに関する弁護士が付くって事。しかも、かなりの凄腕のね。弁護士が付くのと付かないのではびっくりするぐらい変わる。抑止力にもなるしなぁ。私達としても新しい仲間は大歓迎だし」

「……しかし。二人の所属してる事務所でそんな前例はなかったはずじゃ」

「前例がないなら作れば良い。私とみっちゃんで捩じ込むぐらいは出来るからな。何より……」



 ニヤリと。芦澤は笑った。


「こっちの社長は、Vtuberっていう存在が世に知られてすぐ企業に取り入れた人。前例がないくらいで渋るような人じゃない」


 思わず天井を見ると。難しい表情をしながらも頷いていた。


「まあ、確かにそうだけど……」

「デメリットが無いとは言わんけどな。後でその辺の規約まとめたのマネージャーに送らせるから考えといて。あ、桃華ちゃんにも話しといてなぁ」


 俺は思わず、瑠花を見た。瑠花は俺を見て……。深く頷いた。


 一度、考えてみるべきだろう。


 そうして、俺の相談は終わったのだった。



 ◆◆◆


「みつラジ! 今日は特別版をお送りするよ! 早速メンバーの紹介なんだけど」

「あいあーい。レギュラーと化した芦澤カナタだよ。もうみつカナラジ! で良いんじゃないかな」


『お、始まった』

『イラストめっちゃ見覚えある神絵なんだけど……まさかね』


 そんな二人の言葉と同時に、配信が始まった。


「ここで初見さんのためにみつラジ! の解説! カナちゃん!」

「えー、みつラジとは主に【Vtop】のメンバーと愉快に楽しく雑談を繰り広げるコーナーです。……が、本日は特別ゲストをお呼びしています。ちなみに毎回恒例でゲストにはタメ口で話してもらうスタンスなのでよろ」

『お……?』

『え、まじ? まじで来るの?』


 コメントが盛り上がりを見せ……そして。天井が備え付けられていたマイクを持って立ち上がる。


「さあ! 本日はお迎えするのはこの二人! vtuber界の麒麟児と問題児! カイリ・ホワイトと雨崎瑠花だああああああああああ!」


 一度、隣に座る瑠花と目を合わせ。口調を揃える。


「初めましての方は初めまして。俺の事を知っていただけている方はありがとうございます。カイリ・ホワイトです」

「イラストレーター兼vtuber兼カイリのママ兼カイリの幼馴染兼カイリの「長い。一言で」カイリのお嫁さんの瑠花・ホワイトだよ。息子と娘が産まれた時の名前募集中です」

「将来の展望を見据えるのと改名が早すぎる」


『うおおおおおおおおおおお!』

『カイリきゅんんんんんんん! 寂しかったよおおおおおおおおお!』

『四十連勤で自殺しようか考えてたけど生き甲斐を取り戻した』


 俺達が挨拶をすると、コメントが盛り上がった。『生き甲斐』という言葉に嬉しくなりながらも。その前の文のインパクトが強すぎた。


「四十連勤ニキは早く労基に駆け込んでね。いやまじで。あと転職して。それじゃあ早速質問コーナー……と行きたいんだけど。その前にカイリ君からお話があるみたいだから。お願いね」

「ああ、ありがとう」


 司会をしてくれる天井に振られ、俺は一度深呼吸をした。


「知らない方もたくさん居ると思うので、軽く説明を。俺は先週から体調を崩し、少しの間休みを貰っていた」


 少し緊張で汗ばんできた手を……瑠花が取った。


 そのままぎゅっと握られ、微笑まれる。


 ……大丈夫。



 そう、アイコンタクトで伝え。


「俺。カイリ・ホワイトは今日から復活します」


 そう言ったのだった。


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