第15話 爆速仲直り

『学校なう』


 そう呟くだけでバズる。なんでだ。なんの面白みもないだろう。


 そう思うかもしれない。しかし待って欲しい。火のないところに煙は立たない。なんにでも犯人はいるのだ。


「まあ犯人は瑠花だって分かってるんだが」

「な、なに? べ、別にカイリの学校露出イラストとか描いてないけど?」

「お前学校で何してんの?」


 俺が呟くと、かなりの確率でイラストを貼っつけられるのだ。今日の場合は俺がラノベを読んでいる所である。いつ描いてるんだよ。仕事が早すぎる。


「いやー、それにしてもカイリ・ホワイトって海流に似てるよな」

「どうした唯一無二の親友A。目でも腐ったか」

「一文で矛盾した上に口悪すぎ……あ、おくちわるわるだぞ?」

「殴っていい? グーで」

 拳を振りあげようとすると、親友Aは逃げた。くそ、逃げられた。



「はぁ。カイリが俺に似てるとか。さすがに失礼がすぎるだろ。なあ、る――」






 俺は。思考が止まった。真っ白に。それはもう、何も考えられなくなった。


 思考どころか、心臓すらも止まったかと思えるような時間。





 瑠乃が、泣いていたから。


「ど、どうした!?」


「……ご、ごめんね。海流。わ、私。もっと絵、上手くなるから」

「ま、待て待て。ちょっと待て。絵はもう上手いだろう」

「……だって、カイリ。似てないって」


 瑠乃は指で溢れ出してくる涙を何度も拭いながら。そう言った。


「おま、まさか……」


 俺はスマホから。カイリ・ホワイトのイラストを見つけ出し、よく見る。


「……本当に。俺をモデルにしたっていうのか?」


 白髪だ。雰囲気もかなりイケメンで、美形の青年である。



 しかし、よく見ると。本当によく見ると。どことなく、俺の面影が見えるような気がした。


「……ここ」

 瑠乃がそう言って指さしたのは目のすぐ下。そこには、泣きぼくろがある。



 ……俺にも、ある。


「それと、目の形。鼻、口の形とか。……頑張って、描いた」


 俺はカメラへ切り替え。自分の目をよく見る。……こんな機会、なかったが。見てみると。


「似てる」

「……ひぐっ。でも、海流は、分からなかった」

「す、すまない! だ、だが! あ、余りにも美形すぎないか!? このカイリは!」

「かっこいいもん!」


 瑠乃がずいと顔を突き出してきた。そのまま、涙に濡れた指で。俺の顔を触る。


「海流は、かっこいいもん」


 そして。その指の腹で俺の頬を撫でた。



「……す、すまない。その、俺は。あまり自分の顔を見てこなかったから。自信がなかったから、気づかなかった」

「……」

「許して欲しい、とは言わない」


 俺が『許して』と言えば、瑠乃は受け入れるだろう。


 しかし、それは良くない。俺がまた瑠乃に甘えている事になるから。


「どうしたら、瑠乃は喜んでくれる?」

「……ぎゅってして」


 言われた通り。俺は瑠乃を抱きしめた。


「これで良いか?」

「ん」


 静かに頷く瑠乃を。俺は抱きしめ続ける。周りの視線など気にせず。



 ……自己肯定感が余りにも低すぎたのかもしれない。少し、いや。かなり反省せねばならない。


 もう、瑠乃を。決して泣かせはしない。


 ◆◆◆


「それはそれとして一発殴らせろ。我が親友よ」

「なんで!?」

「これお前だろうが」


『学校で永遠にイチャイチャしあってる。なんでこの二人授業中なのにハグしてんの? #今日のカイ瑠花』


 めちゃくちゃにバズっている。いや、確かにそのつぶやき通りなのだが。ちなみにその後先生に怒られた。


 ついでに言っておくと、瑠乃はもうご機嫌である。今俺の膝の上でバームクーヘンをむしゃむしゃしている。


「な、なんの事だろうな?」

「俺はお前のアカウント特定済みなんだよ」

「こわっ! きもっ!」

「俺の初フォロワーの癖に何を言ってやがる」

「初じゃないもん! カイリの初めては私よ!」

「お前はまた別枠なんだが。……ああもう、お菓子のクズ付いてるぞ」


 瑠乃のほっぺたについていたバームクーヘンのクズを取り、食べる。


 そんな俺達を見ていた親友Aがため息を吐いた。


「新婚カップルかよ。お前ら本当に付き合ってないの?」

「付き合ってないが?」

「説得力が皆無なんだよ」


 俺達のどこをどう見たら付き合っていると言うんだ。瑠乃が俺の膝の上に座ってバームクーヘンを食べているだけだぞ。体勢を崩さないよう支えるために抱きしめているが。


「いやこれ言い逃れ出来ねえな」

「言質取ったからね」

「証拠不十分で不起訴だ」

「裁判官は私だもん」

「こんな裁判官は嫌だ:。せめてこいつにしろ」

「俺を胃痛ポジに持ってくるんじゃねえ」

 くそ! 逃げるな! 親友!


「チッ。逃げられたか。次こそ捕まえて吐かせてやる」

「か、海流……そんな趣味があったなんて。私ならいっぱい吐けるけど!」

「いやそういう意味じゃねえ。というか食べ終わったなら降りろ」


 食べ終わったのを見計らって手を離そうとすると。瑠乃にきゅっと掴まれた。


「やだ。帰るまでこのままがいい」

「五限目体育だわ。というか六限も移動教室なんだよ」

「大丈夫だよ! 海流ならきっと持てる!」

「先生に見られた瞬間生徒指導行きだよ。校内の風紀を掻き乱してるよ」


 絵面が少子化が進みすぎた時代の学校をモデルとしたエロ漫画みたいになるだろうが。


 すると、その事にやっと瑠乃が気づいたのか。頬を真っ赤にした。反省しろ。


「そ、そっか。どうせ怒られるならちゃんとやった方が良いよね」

「なにその痴漢冤罪くらったからとりあえず触れば冤罪じゃなくなるみたいな考え方。あと退学一直線になるから」


 結局。次の授業になるまで、俺は瑠乃を抱きしめていたのだった。


 ◆◆◆


「なんか炎上してるんだけど?」


 #今日のカイ瑠花を見てみたところ。炎上していた。


 俺ではなく、瑠花が。


「あ、気にしないでいいよ。そのうち出てくるって分かってたから」



 発端となったのは一つのツイート。俺と瑠花が先生にまた怒られているといったものだ。


 これは五限目の事だろう。体育の時間、瑠乃とじゃれていたら本気で怒られたのだ。うん、俺が悪いな。


 まあ、怒られたと言っても、先生にも謝ってちゃんと解決済である。


 しかし……


「一部が瑠花が悪いって決めつけてんな」


 本気で怒ってる人が居るのだ。将来に関わるとか。瑠花ともう関わるなとか言い出している。


「ガチ恋勢だね! モテモテだよ!」

「人生のモテ期一気に使ってそうだな」


 桃華からも『大丈夫? 何か私に出来ることとかある?』とか来ている。あの事に目を瞑ればいい子なんだよな。


「大丈夫だからね。あんまり気にしないで。私がこういうキャラなのもあるし」




 ……確かに。



 とか言うとでも思ったか。


「悪いのは全て俺だ。そして、これは俺のもう一つのわがままなんだが。俺は悪口とかそういうのが死ぬほど嫌いだ」


 自分が言われるのはもちろん……親しい人が言われるのも。俺は豆腐メンタルなんだぞ。


「という事で俺が説明する」


 俺はそのまま呟く。



『今日、俺と瑠花が叱られたという話が一部で話題になっていますが。悪いのは全て俺です』


 そうして、呟く。さすがに海流カイリに似てない事を言ってしまったから瑠乃を泣かせた、とは言えない。


『俺は今日、瑠花を泣かせました。今では仲直りをしていつも通りに戻っていますが、なるべく瑠花に喜んでもらえるように行動した結果、少しはっちゃけてしまいました。授業中にも関わらず、瑠花の所に行った俺が全面的に悪いです』


 正確には、瑠乃が体育の休憩中に水を飲んでいる時に話しかけにいったものだが。そこまで話さなくていい。


 そうして、呟いた。


「ま、これで大丈夫だろ。変な勘違いをするのは――」


 振り向いた瞬間。暖かいものに抱きしめられた。なんだ、と頭が理解した瞬間。体の力がふっと抜かれた。



「私、海流のこういう所が好きになったんだろうなぁ」

「……はいはい。お前は最近働きすぎだ。少し寝てろ」


 にへらと笑う瑠乃。気恥しく、その髪を梳くように、手を動かすと。すぐにとろんとした目になってきた。


 そのままベッドへ誘導し、寝かせて。そのひっこんでいるお腹をとんとんと優しく叩けば、すぐに寝息が聞こえ始めた。


「本当に。子供かと思えるほど簡単に寝るよな」


 最近は忙しかっただろうし。今日も疲れたのだろう。


「……しかし。こうしていると、悪戯心が湧き上がってくるな」


 それはそれとして。普段から割と好き放題されているのだ。


 俺はすやすやと眠っている瑠乃の姿を写真に一枚収めて。


『ちなみに瑠花は俺の隣で寝てるよ』


 と呟いてしまった。


 #仲直りックスがトレンド入りし、起きた瑠乃がトレンドに便乗してイラストを投稿し。TLが阿鼻叫喚の渦となるのだが、それはまた別のお話である。


 そして、数日後。二回目のコラボの日が近づいてきていた。

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