第14話 カイリ&瑠花の初コラボ配信! その二

「だから、お願いがあるんです! 私の鼓膜、もう一度破壊してください!」


 その言葉を理解しようとして。俺は思考を止めた。


 何を言ってるんだ?


 え? 何を言ってるんだ?



 よし。一度落ち着いて整理しよう。



 桃華が一目惚れをした。……まだ分かる。




 一目惚れの理由。鼓膜破壊。なんで?




 なんで? もうこの段階から意味わかんないじゃん。


 お願い。私の鼓膜を破壊して



 なんで?


 なんで?


 もう一回言うね。なんで?


「なんで? ……って三回言っちゃったよ」

「いい感じに頭バグってきたね」

「頭バグってきたにいい感じも悪い感じもあるか」


 デバッグ班はよ。どうにかしろ。


「わ、私の鼓膜。破壊してくれませんか?」

「パワーワードがすぎる。なんだよ、鼓膜を破壊してくれって」

「そりゃ言った通りでしょ」

「やべ、脳内のキャパがオーバーしてきた。助けて視聴者」


 ここでコメントを解禁するべきだ。そう思って見ると。


『草』

『初見さんに説明しておくと桃華ちゃんは重度の声フェチ&ドMです』


「その二つが両立する世界線なんてあったのかよ」


 なるほどな。声フェチでドMだから鼓膜破壊してくれなんて所業を「いや納得したくないが?」


「なんでだよ。なんでそこから鼓膜破壊してくれに繋がるんだよ」

「ね? 個性強い子でしょ?」

「びっくりしたよ。インパクトだけだとお前とタメ張れるよ。お前とタメ張れる奴なんてこの世に居ないと思ってたよ」


 俺の言葉に、瑠花はふっと笑う。


「私なんてまだまだだよ。性癖破壊ゲーム考案したあの子に比べたら」

「そういや居たな。なんでこんなのが世界に三人も居るんだよ」

「その子の友達含めたら四人以上は居るね」

「助けて視聴者」


 十何万もいる視聴者に助けを求めればどうにかなるだろう。そう思っていたのだが。


『カイリきゅんに手が負えないなら俺達で負える訳がないだろ! いい加減にしろ!』

『とりあえず鼓膜破壊してもろて……』

『とりあえずで鼓膜を破壊しようとすな』


 あ、ダメそう(絶望)


「そ、それで。どうかしら? 鼓膜破壊して欲しいのだけど」

「断るよ? 秒で断るよ? いきなり殴ってくださいって言われて殴れる奴なんて中々居ないからね?」

「う、うぅ……勇気出したのに」


『あーあ』

『カイリきゅん女の子泣かせるなんてさいてー』

『それでも男の子か! 女の子にするぞ!』


 コメントが大荒れである。もう視線で追うのも難しい。


「俺が悪いの? これ。俺が悪いの?」

 なんで鼓膜破壊を断ったら責められるんだよ。なんだよこの状況。


「……女の子。TSカイリ。描きたい」

「描かないで。あとどうにかしてくれ」

「もー、しょうがないなー」


 良かった。どうにか収集をつけてくれそうだ。


「じゃあ近いうちにカイリとホラゲーコラボで良いよね? あ、私も居るけど」

「うん!」「ダメだが?」


 こいつに任せた俺が間違いであった。即答で否定した俺に。瑠花がまあまあと手で宥める素振りを見せた。


「桃華ちゃんは鼓膜が破壊出来て嬉しいし。視聴者も嬉しいし。私も嬉しい。ウィンウィンだよ?」

「俺の一人負けだろうが。ウィンウィンウィンルーズだわ」



 俺の言葉に。瑠花はニヤリと笑い、自分の胸を持ち上げた。


「じゃあまた私のおっぱい揉ませてあげるから。これで皆得だね」

「………………ダメに決まってるだろうが!」


『揺れてて草』

『断れただけ偉い』


 別に揺れてないが? え? 揺れてないが? 胸は揺れてたが。


「じ、じゃあ私のまで……触っていいわよ?」

「桃華さん????」

「そ、その代わり痛いくらい強くしてよね!」

「そういやこの人ドMだった。え? てか本当にドMなの?」

「あ、愛用してるのは洗濯バサミだけど?」

「なんで言っちゃうのかなこの人。生々しいよ?」


 さっきまで割と普通の配信だっただろうが。なんでいきなりこんなカオス空間になってるんだよ。


「ちなみに常用してるのはカイリと私のホラゲー配信なんだよね」

「そ、そうだけど? あの脳を直接揺さぶられる感覚がクるのよね」

「気でも触れてるのか。いや触れてんな。本気で耳壊すぞ」

「大丈夫。自分でその塩梅は分かってるから」

「何も大丈夫じゃないよ? 視聴者助けてパート2」


『※桜浜桃華は特殊なじ……こほん。訓練を受けています。皆さんは決して真似しないように』

『真似しねえよ……』


 もうダメだ。これ。ぼくいえにかえる。


「なんでつかむの???」

「カイリが帰りそうな気配がして……」

「やだ! 帰る! 僕帰るもん!」


『カイリきゅん幼児化!?』

『ムズムズしてきたな……』


 瑠花を振り切ろうとするも。抱きつかれて動けない。


 そんな俺を、瑠花がじっと見てきた。


「ごくり……」

「やめて! 肉食獣の視線を向けないで!」

「ぬぎぬぎする? むきむきする?」

「やめて! 脱がさないで! 元に戻ったから!」


 ダメだ、正気に戻らないと狂気に飲まれてしまう。

 なんでだよ。なんで狂気に陥った俺よりも瑠花の方がやべえんだよ。


「食べられるのが嫌なら私を……」

「だから桃華さんキャラ変わってません!?」


『そりゃ推しを目の前にしたファンは性格変わるよ。今までよく猫かぶってたなって思ったもん』

『ホラゲーを目の前にしたカイリきゅんが性格変わるのと一緒一緒』


 そういうあれなのか……? いや納得していいのか?


 ……。うん。


「次の質問いこう」


『あ、逃げた』


 逃げてなんかない! 現実から目を逸らしただけだ!


 という事で、一度リセットするために次の質問へ――


『カイリ君は男の人の出す悲鳴だと野太い悲鳴と女の子みたいな悲鳴、どちらが好きですか?』


「うん、これ桃華が送ってきたやつだよね。絶対」

「正解。よくわかったね」

「わかるよ。これで分からなかったら鈍感難聴系ハーレム主人公だよ。というか、どっちの悲鳴が好き? って質問を生きてるうちにされるとは思わなかったよ」


 今日は初めてだらけである。


 一度落ち着こう。ため息だ。ため息は自律神経を整えるとかどこかで聞いたことがある。


「ふぅ……」

「か、カイリ!? ここでしたのはまずいよ!?」

「してねえよ!? 頼むから落ち着かせてくれない!?」

「す、するなら私を「何を言おうとしてるんですか桃華さん!?」」


 よーし。もう一度話を切り替えよう。


「次の質問!」


『今は何問目の質問でしょうか?』


「クイズ番組かよ! 次!」


『Vtuberをしていく上で辛かった事とかあります?』


「今の状況! 次!」

「ま、待って待って。今の比較的普通の質問だったと思うんだけど」

「そんなわけ……ってガチじゃねえか!? 誰だ! この質問者飛ばそうとしたやつ!」

「カイリだよ」


 ……すう。



「も゛う゛し゛わ゛け゛あ゛り゛ま゛せ゛ん゛て゛し゛た゛」

「んうっ……」

「桃華さん?」


 そうだった。この子鼓膜破壊されて喜ぶ子だった。なんで俺の謝罪で感じてんだよ。


「というかこれ。いつか消されるぞ」

「大丈夫。これで消されるならとっくに消されてるよ。鼓膜破壊コンテンツで」

「なんだよそのコンテンツ。というか俺、そんな大きな声……出してたわ」


 自分の切り抜き見たじゃねえか。あれで十分の一音量だぞ。そりゃ鼓膜壊れるわ。


「も、もう一回……カイリ君」

「やらねえよ? やる訳がねえよ? もう大声封印するよ?」


 俺がそう言うと。瑠花がとんとんと肩を叩いてき「う゛あ゛ああああああああああああああああ」


『鼓膜の予備多めに持って来といて良かった』

『イヤホン壊れて草』

『壊れてるのは耳やぞ』


 心臓がすっごいバクバクしてる。


「な、なんで? なんで今ホラーイラスト見せたの?」

「つい手癖で」

「おててわるわるすぎるよ???」


『おててわるわる助かる』

『桃華ちゃん息してる?』


 そういえば。なぜかミュートになっている。


 すっっっっっっごい嫌な予感がします。


「な、なあ? 桃華? 生きてるか?」

 俺がそう尋ねると。ミュートが外れ。


「い、今、イキ「アウトおおおおおおお!」」


 こちらから強制ミュートにした。



 ……。


「はい、という訳で。今日のコラボはこれくらいにしておきましょうか」

「えー!? まだまだ質問あるよ!」

「……ちなみにあと何個あるんだ?」

「えっと……多分あと九十個くらい。全部で百個選んだから」

「朝になるじゃねえか」


『#現実から目を背けるなカイリ・ホワイト』

『地獄みてえなタグが出来上がってて草』

『バーチャルの存在なのに現実から目を背けてて草』


 はぁ、とため息を吐く。


「ということで終わりまーす」


『コラボとは思えない元気のなさ』

『疲れきってて草』


 今までより配信時間は短かったはずなのに。疲労度は倍である。


「まあ、そうだね。これ以上やったら視聴者さんもとんでもないカロリーで倒れそうだし。桃華ちゃんも戻ってきて」

「……うん」



 お、やっと戻ってきた。やけに息が荒い気がするが。気のせいだ、うん。きっと。


『えっっっっ……?』

『度を越したMに困惑しとるやんけ』

『ハーレムじゃん。良かったね、カイリきゅん(震え声)』


 一度瑠花を見る。これでも配信者なのだ。ちゃんと許可は取らねば。


 こくりと頷いた瑠花を見て、俺も口を開く。


「よし、それじゃあ今日の配信はここまで。見てくれてありがとな」

「良かったらグッドボタンやチャンネル登録、SNSのフォローもよろしくね。桃華ちゃんのチャンネルとSNSもお願いします」

「き、今日はありがとうございました。すっごい楽しかったです」


 全員でそう言い、俺は一つ咳払いをして。


「それではみなさん、いい夜を。おつカイリ〜」

「おつ瑠花〜」

「おつもも〜」


『おつカイリ〜』

『おつ瑠花〜』

『おつもも!』


 配信を切った。念の為、配信画面をスマホで確認して。切れた事を確認して、俺はふうと息を吐く。


「……というか最後の方、同接二十万近かったな」

「日本一位だったらしいよ。世界だと五位」

「とんでもねえな。……チャンネル登録もかなり増えてるし。桃華のお陰だな。ありがとう」


 先程の事は一度全て飲み込んで、桃華へと告げる。


「う、ううん。私こそありがとう。一生の思い出オカズになったから」

「なんか恐ろしい事を言われた気がする。……というか。やはりキャラじゃなかったのか」


 一発逆転のためのキャラ付けであって欲しかった。


 ……いや、まあ。人の性癖にとやかく言うわけではないが。


「次はホラゲー配信だね」

「え、本気でやるの?」

「やった……!」


 瑠花の言葉に目を輝かせ。笑顔で体を揺らす桃華。これだけ見ると子供らしい。……これだけ見ると。


 しかし、その中身はドMである。重度の。しかも鼓膜破壊で喜ぶ。


「じゃあまた今度日程確認するね。SNSとかでも絡みに行くから」

「う、うん! 私からも、行くから!」

「……まあ。俺も気が向いたら行くぞ」

「収益化、解禁されたら全お小遣い投げに行くからね!」

「貢ぐな貢ぐな」


 しかし……とんでもないのに気に入られてしまった。


 これからも、騒がしくなるんだろうな。



 瑠花を一度見ると、ニコリと微笑まれたのだった。

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