第10話 瑠乃流ナンパ師撃退方法

「いくら私の海流が可愛いからって手を出そうとしないで!」

「いや違うよね? なんでそうなった?」


 なんで? ここは俺の見せ場じゃないの?


「海流は黙ってて! 私、海流がたくましい男の人に寝盗られるのは…………あれ、ちょっと興奮するかも」

「しないでくれる!?」

「海流が涙目で懇願してるのはちょっと見たいかも」

「ないからね? そんな事しないからね? ちょっと、そっちも引かないで。この子の頭がおかしいだけで俺はまともだから」


 引き攣った顔で後ずさりをする男達へそう返すも。更に後ずさりをしている。


「わ、分かりました……それじゃあ海流には優しくしてあげてください。初めてなので」

「何売り渡そうとしてんの? 甘いイチゴを獲りに来たら腐ったキュウリを押し付けられるナンパ師の気持ちになって?」

「む……海流のは腐ったキュウリじゃないもん!」

「そんなど下ネタを言ったつもりはねえよ……あ」


 ナンパ師が逃げていった。結局一言の半分ぐらいしか喋れてなかったな。


「よし、撃退完了だね」

「過去最悪の撃退方法だったが?」


 瑠乃は見た目はとんでもないくらい美少女である。つまり、ナンパをされた事は一度や二度じゃないわけで。


 恐らく一人でも撃退出来るくらいにはなっているはずだ。……一応、やれる限りは俺がやっているが。


「今回のは酷すぎたぞ」

「ごめんごめん。後で漫画にして上げとくから許して」

「なんで謝罪と共にナイフを突き出してきた?」



 ……まあ、追い払えたから問題ないか。本当に問題ないか?


「なんか俺、瑠乃に甘い気がする」

「もっと甘くても良いんだよ?」

「これ以上甘やかしたら取り返しのつかない事になるからダメです」

「あ、甘い海流……ごくり」

「おい。何を想像してやがる」

「け、ケーキ化した海流?」

「想像しうる中で最悪な選択肢来ちゃったよ」

「ま、まあさすがに冗談だけどね」

「良かったよ。心の底からほっとしたよ」


 と、そうして話しながら食べていると、すぐにクレープは食べ終わった。

 すると、瑠乃があっと何かを思い出したように声を上げた。


「あ! 海流にあーんして貰うの忘れてた!」

「……そんなに食べたかったのか?」

「うん、海流のバナナ咥えたかった」

「語弊のある言い方をやめろ」


 と、会話をしていると。嫌な予感がし始めた。




 この会話。もし視聴者がこの辺に居たら身バレするのではないかと。


「……とりあえず。それ食べたら行くぞ」

「おっけ」


 瑠乃が食べるのを見守って。俺達はその場を離れたのだった。


 ◆◆◆


「案の定すぎる」


 俺はスマホを見ながらため息を吐いた。


『多分最近話題のVtuberがナンパされてた。女の子の方が男の子の方を守って撃退してるし頭おかしい会話してるしで吹き出したんだけど』


 誰の事なのかも分からない。そんな呟きがバズっている。


「凄いね。バズり方」

「いや。お前が拡散したからだろうが」


 理由として。瑠乃が拡散したからである。何があったのかの四コマ漫画付きで。


「結構手抜いたつもりだけど。いつものイラスト並みに伸びちゃったね」

「お前に危機感はないの?」

「大丈夫。写真撮ってる人は居なかったから」

「治安良すぎるな」


 このご時世、トラブルが起きれば動画を撮られると言っても過言では無い。


 しかし、瑠乃の言う通り。エゴサをしてみたものの、俺達の顔を撮ってる人は居なかった。



『今話題のVtuber&イラストレーターの中の人まとめ! 顔バレ、身バレなど大公開!? 高校生ではなく大学生だった!?』

 とかいうサイトも、『〜〜でしたので、もしかしたら大学生かもしれませんね』みたいな曖昧な事しか書いてなかったし。間違ってるし。


 それと……こんなのもあったな。


『FF外から失礼します。二人の素顔ってどんな感じでした?』

『すっごい可愛かったですよ! いやもう、びっくりしました。カイリ君、ほんとに雰囲気もそっくりで可愛かったですよ! 瑠花ちゃんもとんでもない美人さんでした!』


 ……という感じに。バズった人がフォローをしてくれたのだ。


「はぁ……これ。迂闊に外で会話出来なくなるぞ」

「それなら普通のデートするしかないわね! あ、あんな所に休憩出来そうなホテルが「行かねえから」」


 瑠乃が指さした所を無視しつつ。またため息を吐く。


「まあ、今更瑠乃と普通の会話なんてできるはずないしな」

「わ、私なしじゃ生きられないってこと……ぷ、プロポーズ!?」

「曲解しすぎだ。マスコミかよ」


 そんな会話をしながらも。デートは続いたのだった。


 ◆◆◆


「なんかもう……意味が分からない事になってる」

 その後、瑠乃が好きなイラストレーターの画集が出たとかで本屋に寄ったり、公園のベンチで瑠乃がイラストを描くのを見ていたりして。家へと帰ってきていた。



 ……いやこれまずいな。普通に家に帰ってきたと言ったものの、瑠乃の家である。


「俺の日常が瑠乃に染められていく……」

「子供に常識を教える親ってこんな感覚なんだね」

「お前は本当にママになるんじゃないよ」


 そう言いながらも。俺はスマホの画面をスクロールする。


「それにしても。かなり今日だけで投稿したな」

「海流関係はすっごい筆が進むんだよね。私も驚いたもん。さすがにちょっとクオリティ落ちちゃったけど」

「……クオリティが落ちる、な。俺には神絵にしか見えんが」



 二人で撮った写真と見比べる。……本当に凄いな。細かいところまで書き込まれている。


「ふふ。海流が私のファン一号だもんね」

「……そうだな」


 瑠乃の言葉に微笑みながら。更新する度に増えていくフォロワーを見る。


「でも一つ不満なんだ」

「ん?」

「私のフォロワーが五十万突破したんだよね」


 その言葉に俺は驚きながらも。瑠花のアカウントを見る。


 本当に五十万を突破していて。『五十万人ありがとうございます。良ければカイリのアカウントと私達のチャンネルも登録してください』と呟かれていた。


「凄いじゃないか」

「むぅ……嬉しいんだけどね。私の予定だともうカイリのフォロワーが私と並んでるはずだったのに」


 瑠乃はベッドに座り。頬を膨らませながらクッションをぎゅっと抱きしめている。


 それを見ていると。ちょいちょいと手招きをされた。どうしたのだろうと近づき……隣に座る。


 すると、クッションを渡された。瑠乃の温もりが残っている。


 それを膝の上に置くと……後ろに瑠乃が回り込んで。


「……ぎゅー」


 抱きついてきた。後ろから。


「お、お前な」

「『イライラしたら俺に当たって良い』って言ったのは海流だよ?」

「そ、そういえばそんな事を昔言ったような気がしなくもないが」


 なんだったか。何かで瑠乃が怒っていた時に言っていたような気がする。


 確か、あの時もこんな風にされたんだったな。


「ぎゅー……」

 そのまま俺は瑠乃に抱きしめられる。俺も昔言った手前、断る事も出来ない。


「ねえ、海流」

「なんだ?」

「ついでにムラムラもぶつけて良い?」

「良くないが?」

「なんでさー!」

「なんでもかんでもない」


 瑠乃が不満そうに俺を揺らしてくる。俺も抵抗する事無く……


 ぽすりと。ベッドに倒された。そのまま瑠乃は俺を揺さぶるために持ち上げようとして……しかし、ぽすりと落とされる。


「むぅ。五年前は出来たのに」

「五年前って小学生だろ」

「今も出来るし!」


 瑠乃はそう言ってまた俺を上に抱えようとして……耐えきれず、大の字になった。俺が思い切り体重をかける形だ。


「無理だー」

「だから言ったんだが」

「む。じゃあ海流がやってみて」

「……俺がか?」

「うん。それとも女の子一人持ち上げられないくらい非力なの?」


 どこか挑発的に笑う瑠乃に。俺の中の何かが鎌首を持ち上げた。


「良いだろう」

 俺は瑠乃の横へ倒れ込み。瑠乃の脇腹に手を入れる。


「ほ……らっと」

「きゃー」


 驚くほど軽い。そのまま俺が右へ左へと抱きしめながら動かすと。嬉しそうな悲鳴を上げた。





 待て。



「なんかすっごい恋人みたいなことやってないか?」

「あれ? 今更?」

「……くそ、策略にハマってしまった」

「海流って素直だよね。こっそり結婚指輪渡したら躊躇いなく付けてくれそう」

「俺をなんだと思ってるんだ?」


 そうして、瑠乃は俺の上へともたれかかってきた。


「……離れろ」

「やーだよ」

 俺の言葉に首を振りながら。瑠乃は笑う。


 俺の微かな抵抗も虚しく……瑠乃は強く抱きついてきた。

 こうなってきたらもう仕方ない。俺も抵抗をやめると。瑠乃は嬉しそうに笑った。


「ね、海流」


 そのまま瑠乃はもちもちとした頬を俺の胸へと擦り付け。


「我慢、出来なくなったら言うんだよ?」


 また、挑発的な視線を向けてきた。俺はため息を吐く。


「その手にはもう乗らんぞ。早く寝ろ」

「えー。やだ」

「ほら、頭撫でてやるから」

「わーい」

「自分で言っておいてなんだが。手のひら返しが凄いな」


 瑠乃が早くしろと顔を埋めてきた。その頭を。俺は手のひらで撫でる。



 すると、すぐに寝息が聞こえ始めた。瑠乃は昔から、こうするとすぐ眠るのだ。


「……おやすみ、瑠乃」


 俺は小さくそう呟く。


 いつか、この関係も変わるのかなと。心の底で思いながら。

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