第8話 #今日のカイ瑠花

「さ、さすがに多いな」


 瑠乃……否。瑠花のアカウントの呟きに貼り付けられたリンクを見る。


「あ、気になったチャンネルだけで良いからね。私はもうある程度見て候補を出してるから。そうそう。今日はお母さん達も居ないし泊まっていって」

「サラッと今凄いことを言ったな」

「ふふ。今夜は寝かさないわよ?」

「おやすみなさい」

「……私。三大欲求の中で一番無防備なのって睡眠だと思ってるんだけど」

「あれ。おかしいな。眠気がなくなってかたかもしれないからベッドに優しく押し倒さないで!」


 とん、と俺は押されて柔らかいベッドに倒された。そして。上から瑠乃が倒れ込んでくる。


「……ふふ。ぎゅー」

「急に可愛くならないでくれませんか! あと、そ、その。当たってるから!」

「当ててるんだけど?」

「でしょうね! そう言うと思ってましたよ!」


 胸にふにふにと当たる感触が非常に悩ましい。瑠乃はかなり着痩せをするタイプなのだ。


 心頭滅却をしながら……改めて。瑠乃を見た。





 その、今にも吸い込まれそうな瞳に見つめられた。俺の思考を読んでか読まずか、じーっと。俺を見ている。


 やがて。その顔がゆっくりと降りて――


「……何をするつもりだ?」

「今の! キス待ち体勢だったでしょ!」


 その頬を手で掴んで止めると。ぐむーっと瑠乃は怒った素振りを見せた。


「はぁ。まあ、さすがに人の考えを読める訳ないか」

「分かるよ! 子供作りたいんだよね!」

「どこから溢れ出してるんだその自信は」

「あ、溢れ出すって……えっちだよ! もう!」

「えっちなのはお前だよ」

「ふぇ? そ、そんな……私がえっちなんて」

「訂正しよう。お前の脳みそと心がえっちなんだよ」


 しかし。このままだと非常に良くないので俺は瑠乃から離れ……


 離れ……


「なんで離してくれないの?」

「そこに海流が居るからでしょ」

「登山家か……。とにかく。離してくれ」

「……やだ」

「だから。いきなり可愛い事を言われるとドキってするからやめてくれ」

「もー、しょうがないわね。あ、じゃあさ。私のおすすめのコラボ相手の配信のアーカイブ。ちょっと見ない?」

「あ、それは少し気になるな」


 俺の言葉に瑠乃はやっと俺から離れた。その事にほっとしながらも。んだろうなと頭を抱えた。


 しかし、俺はすぐにその事を忘れ。瑠乃を見た。


「瑠乃が気になったVtuberか……想像がつかないな」

「そう? 海流が居なくてお絵描きしてる時は結構見てたんだよ?」

「そうだったのか」

「うん。いつかVtuberになると思ってたからね。海流が」

「俺がか……」


 どう足掻いても俺はVtuberになる運命だったのかとおののいていると。ふと、気になった事を思い出した。


「そういえば、機材やチャンネルの開設もやってくれたよな。……こうして考えると、瑠乃におんぶにだっこにされているな」

「元々私が提案した事だし、配信に詳しい先輩絵師も少なくなかったからね。案件とかでそれなりに稼いでるつもりだし。この調子だと元手もすぐ取り返せるはずだし……でも、気にしなくていいんだよ」


 瑠乃が俺を見て。ニコリと笑う。


「海流が楽しそうだから。それだけで私は満足なんだよ」


 その笑顔は……とても綺麗で。心臓がドクンと跳ねるのを感じた。



「瑠乃は。昔からそうだよな」

「うん、そうだよ。私は変わらない。……海流もそうだよ」

「……そうだといいな」

「そうだよ。ずっと見てたんだから。海流はずっと、変わらない。……そうそう。私が言ってたのはこの子ね」


 カタカタとノートPCに何かを打ち込んだ後。瑠乃はそれを見せてきた。



 そこの画面には、一人の少女が映っていた。


 ふわふわな桃色の髪をツインテールにした、可愛らしい制服をした女の子。


「一応、私達と同じ高校生Vtuberで、配信技術も私達と同じぐらい。声も可愛いロリボイスだし、何より……」


 瑠乃がコメントにあった、時間指定をクリックした。


『あと! 私のことを憐れまないでください! 確かにとんでもないVtuberとデビュー時期が被りましたけど、私。負ける気はありませんからね。一応。ファンではありますけど!』


「ここ。良いと思わない?」

「……悪くないな」


 俺も色々な人の配信を見てみたが。俺達に触れる配信者自体が少なかった。居たとしても、視聴者のコメントに空返事を返したり。取って付けたような賞賛を並べたりが多かったのだ。


「ちゃんとライバル視される、というのも悪くない」

「だよねだよね。それに……ううん。これは会ってからのお楽しみにしようかな。それまでは海流、この子の配信見るの禁止ね」

「待て待て。まだ決まった訳ではないだろ」


 まだ瑠乃……瑠花のアカウントに送られてくるリンクは数多くあるし。その全てを見れた訳でもない。


「んー……この人になりそうな気はするんだけどね」

「有力候補という事にしておこう。締切は今週いっぱいだったよな?」

「うん、そうだよ」

「分かった。……それなら、今ある分は消化しとくか?」


 俺がそう言うと。瑠乃はパッと顔を輝かせた。


「うん! 待っててね、今お菓子とジュース持ってくるから。二人でいっぱい見ようね!」


 そう言って。瑠乃は嬉しそうに部屋を飛び出していった。



 その姿は……昔と変わらない。思わず昔の事を思い出していると。自然と頬が緩んだのだった。


 ◆◆◆


「お前ら。なんで付き合ってないの?」


 学校で弁当を食べていると。ふと、俺の親友Aがそんな事を言ってきた。いや、親友Aと言ってもこいつしか親友……というか友人が居ないのだが。


「炎上したくないから」

「いやいやいやいや。炎上するならもうしてるだろ」

「やっぱそう思うよね? 私も言ってるんだけど全然折れてくれないんだ」

「……しかもお前の方から断ってんのかよ。頭おかしいな」

「ド直球にものを言ってくるなお前」


 まあ。こいつの言ってる事も分からなくはないのだが。俺も変に意固地になっていた事は認めよう。


「まあ、そう遠くないうちには……ね?」

「…………さあな。どうなる事やら」


 今のところ、SNSのフォロワーは順調……というか、鰻登りのペースで上がっている。先程見た時は十万人になっていた。増えすぎだろ。


 しかし、それは瑠乃も同じだ。今では四十万を突破し、五十万へ向かう途中である。珍しく瑠乃が渋い顔をしていたのが印象的だ。


「はあー。……でも、もう隠す気ないよな、お前ら」

「元々なかっただろ」

「いや。今ほど開けっぴろげでもなかったぞ。なんでお前ら同じ椅子に座ってんだよ」


 親友の言う通り。なぜか、俺と瑠乃は同じ椅子に座っている。


「いや本当になんで?」

「なんでお前は気づいてなかったの? 俺らがおかしいのかと思って思わず離れてたからね?」

「いや、いつも通り俺が嫌われてるのかと……」

「どこからその卑屈精神が溢れ出してるんだよ」


 つい出ちゃうのだ。男の子だし。


 とまあ、それは置いといて。


「瑠乃、離れてくれ。飯が食べられない」

「んー。しょーがないなー。あ、はい、お弁当」

「ああ、いつもありがとな」


 お昼はお弁当なのだが、いつも瑠乃が作ってきてくれている。栄養が満点で美味しい。


「夫婦やん……こいつら夫婦やん。……はぁ。#今日のカイ瑠花で呟いとこ」

「そんなタグ出来てたのか……」


 行儀が悪いのでお弁当を食べ終わったら調べてみよう。


「私が十年くらいかけて海流の距離感をバグらせたみたいな所はあるんだけどね。今じゃ何やっても五分はバレない自信があるし」

「サラッと俺も知らなかった事を言わないで」


 しかし、距離を取った所で本当に今更みたいな所はある。前なんて一緒に寝てた(健全)んだし


「というか。やっぱりお前にもバレてたんだな」

「ったり前よ。何年の付き合いだと思ってんだ」

「私の五分の一よね?」

「そりゃ幼馴染に比べたら勝て……ん? 五分の一? 俺がお前に会ったのが三年前だから……生まれた時から一緒に居るのか!?」

「あれ? 言ってなかったか? そもそも親が昔から仲良しだぞ」

 なんなら親同士が幼馴染と言っても良いレベルだ。


「ちっちゃい頃から遊んでたわよね」

「おい。どこを見ながら言っている。……まあ、物心つく前から一緒に居たという事は覚えているが」


 懐かしいな。小さい時の瑠乃は純粋無垢を体で表した感じで。


「それがいつからこうなったんだ」

「幼稚園に上がった時くらい?」

「うん、早すぎるけど合ってるからなんとも言えないな」


 昨夜話した腕で瑠乃が釣れた件なんかがそれぐらいだった気がする。


「さ、時間もなくなってきたし食べよっか。あ、あーんしてあげても良いけど?」

「良くないが? 周りに変に勘違いされるだろうが」

「本当に今更な事言ってんなこいつ……。はぁ。売店行ってこよ」


 あ、親友が逃げた。まだ紹介とか出来てないのに。


 ……まあ、次でいっか。


 そうして。高校では完全に身バレしたものの、特に問題なく日常を過ごしたのだった。

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