第18話「アインズの権力者①」
「――アルゴード侯ほどの御方であれば、もしかすると勘づくやもしれませぬ」
椅子に腰かけた壮年の男が言った。
その背筋には微塵のゆるみもなく、両手は膝の上で丁寧に重ねられていた。形よく整えられた髭や白髪交じりの髪も綺麗に撫でつけられている。顔に深く刻まれた皺の一つひとつには、これまで歩んできた年月の険しさが見てとれるようだった。
アインズ国宰相、ルーゼン・リフィトミ。今やディファト王子に次ぐ権力者とまで噂されているが、どこかの師弟かのように腰掛けているその佇まいからは
「父の死をひた隠しにするなどと、最初宰相から聞いたときは正直気が触れたかと思ったが案外
窓の傍に立つ男、王宮の外へと目を向けていたアインズの第一王子ディファトは薄く笑った。
見事なまでに刈り
ディファトの言葉を受け、ルーゼンは視線のみで部屋の周囲を見渡した。
「この者たちがいる限り会話が漏れることはないかと思いますが……バンサー殿はいずこへいかれたのでしょう」
部屋の四隅にはそれぞれ赤い
いずれも王族付きの
「知らんな。昔から何を考えているかよくわからなんやつだ。最近はなにやら一人で動いているようだが……大方、俺のためになるようなことがあるのだろう。やつにそれ以外の目的などないからな——そんなことより父上の件は大丈夫なんだろうな」
「もとより面会も叶わぬほどの容体、その死を隠すのも宮廷医師団さえ抑えてしまえばそう難しいことではありませんでした。とはいえ彼らも
「やつらの家族を数人、
「たいした暇つぶしにもならなかったがな。いくらプトレマイオスを信奉していようと一度手を汚してしまえば引き下がることなどできんだろう――そんなことより、次はどう動く。レリウスたちがもし父の死に気づいたとしたら黙ってはいまい」
「知らぬ存じぬで押し通せばよいかと。王子の仰るとおり、医師団の連中も自分たちの首を絞めるようなことは決して漏らさないでしょう。いくら見え透いていようと関係者が何も口にせぬ以上、なんら証拠はございません。もちろん、今までどおり何も知られぬままでいることが一番よいのですが」
「やつらが力づくで父の寝所に押し入ってきたらどうする」
「不忠義者として捕らえてしまえばいいだけのことです。療養中の王を武力でもって
「さすがのレリウスも憤慨するであろうな。リヒタールあたりが鼻息荒くする顔も容易に想像できるぞ」
ディファトが鼻と口をゆがめるようにして笑う。
「やつら、これまで何度も父上の寝所へやってきていてたというからな。あの忠臣面には
「単に王を思っての行動というだけではありますまい。王が崩御されれば、もはや一刻の
「当然だ。俺は父上の残した偉大な功績に思いを馳せつつ、我が国の行く末を常に熟考しているのだからな」
ディファトが嘲笑を含んだ声で言う。
「次期国王が正式に決まるまでは長兄である俺と宰相が
「御意」
ルーゼンはそうとのみ発言し、目を伏せるようにして頭を下げた。
「王の座を狙う不届き者どもを遠ざけるためにも父には今しばらく生きたままでいてもらうとしよう――遺体の保存については問題ないのであろうな」
ルーゼンが即座にうなずく。
「必要な処置を施しております故、少なくともあとひと月は問題ないとのこと。とはいえ
「それはいつ頃になる。大方目ぼしい貴族どもや
ディファトは振り向きながら鋭い視線をルーゼンへと向ける。
「はい。ほとんどの者たちは税や取り締まりの権限を譲渡するとの言に相好を崩しディファト王子を支持すると宣言しております。残った者たちもギルドを国の管理下に置いたことで頷かずにはおられなかったようです」
「ふん。ずいぶん大きな顔をするようになったギルドの存在が、皮肉にも俺を助ける結果になったわけか」
「その戦力はもちろん、多くの民から支持を得て今や一国を相手に立ち回れるほどの一大勢力となっておりますから。それなりの権力を持つ者たちにとっては、こちらが予想していた以上の脅威となっていたようです。今回我が国は革新的ともいえる介入をギルドに対して行ったわけですが、このような動きは今後他国でも活発化していくはず。表立ってギルドからの反発がなかったのは、周辺諸国への影響を考慮したからに他なりません」
「アインズギルドほど巨大な組織が国と真っ向から対立すれば、西方諸国におけるすべてのギルドが対決姿勢を示す事態にまで発展しかねんからな」
「ギルド本部も我が国の誰が国王となるか読めない以上、無暗に逆らわず静観するのが妥当と判断したのでしょう。その動きについてはひとまずこちらの目論見通りではありましたが、今回の政策に対する民からの反発は相当のものがあります」
「何でもギルドに頼りきっていたつけが回ってきただけのことだ。しばらくは自分たちの力で何とかしてみるのもいいだろうよ」
ディファトはしかめっ面のまま鼻で笑った。
「街中の依頼についてはどうとでもせよと言えますが、人里離れた場所に住む者たちや行商を生業とする商会にとって変異種による襲撃は死活問題です。ギルドに制限をかけた以上、何らかの対応は必要かと。王子の今後のためにも民から要らぬ反感を買うのは得策ではありませぬ」
「ああ、その辺のことはまかせる」
ディファトは面倒事を引きはがすように片手を振った。
「結局、領侯会議を招集する時期はどうする」
「上手くいけば今の月中には招集できるやもしれません。これよりのちはディファト王子に味方する貴族や有力者たちの存在を大いにちらつかせながら必要な領侯たちを取り込んでいく予定です。ご存じのとおり現在ディファト王子を支持しているのはレスターム侯、ノルマン侯、リーデン侯、アルマーク侯、ブレスト侯の五名。この五名に加え、次期国王の芽がほとんどないアナリス王女派のバローア侯、グレン王子派のベイリーズ侯、あとはリザ王女派でありながら極めて中立に近い立場のブルーム侯、以上三名の支持を得られれば、いよいよディファト王子が水晶の玉座につく道が開けます。国王崩御の報は、その直前にでも」
「ブルームは必要なのか」
「念のため、といったところでしょうか。現在ディファト王子を支持しているように見えるブレスト侯ですが、そのお人柄や政治信条から考えるに現政権を安定させるためにこちら側についているといったところでしょう。アルゴード侯あたりが動けばラスティア王女派につくことも十分考えられます。ブレスト侯が離反したときのためにも、ブルーム候を懐柔しておくことは必要かと」
「くそ
「申し訳ありませぬ。まさか、ラウル王とアルゴード侯がこれほど強引かつどさくさ紛れの手で新王女を誕生させてしまうとまではさすがに読めませんでした。相手がロウェイン家の、それも
「
「逆に言えば、それだけ王子の集められている
「当然だ。イストラやディスタの繁栄を目のあたりにしておれば、権力者として手を出さぬは愚者のすることよ。いつまでもエルダの教えなどに縛られていては国家繁栄はおろか、自国防衛もままならん。そもそも今のアーゼムがいい例ではないか。東の蛮族どもを同時に相手しているとはいえ、イストラに手を焼いているのはメキナの存在があるからに他ならん。これからは間違いなくメキナ——核光学の時代がやってくるのだ!」
ディファトは声に力を込め、胸の前で強く片手を握りしめた。
「まあ、エルダを信仰してやまない頭の固い連中にはさっぱり理解できぬことだろうがな。父もレリウスたちも、まったく聞き耳をもたないどころか人を変人扱いしよって――」
「ましてやバルデスは我が国とは比較にならぬほど厳格なエルダ教国家です。独自の教えに従っているとはいえ、自然崇拝を
「だからこそ俺を断罪し、戦の大義名分とするとことであわよくば侵略してしまおうと考えたのだろうよ。どうせならラスティア一人くらい踏み潰してから帰ればいいものを……ストレイだかなんだか知らんが、雪が降ったの振らないのとわけのわからない理由で引き下がりよって――少々見てくれが変わっているだけのへんちくりんな子供ではないか。いったい皆いつの時代の話をしている。今や核光の時代が幕を開けようとしているというのに、馬鹿々しいにも程があるぞ。まあ、周りがかの者を伝説上の存在として勝手に
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