第14話「怪物へと至る」

「先日、私どもが半ば強引にシン殿の力を確かめた理由……それは、リザ王女らの背後にいる者に対する恐怖によるものです」


 相変わらず年齢の読めないリーンの声が、さほど広くはない室内へ溶け込んでいった。

 どこかうすら寒いものを感じ、シンは無意識のうちに腕をさすった。


「……背後にいる者に対する恐怖」ラスティアがぽつりと口にする。「あなた方の口からそのような言葉を聞かされるとは正直思ってもいませんでした」


「詳しく聞かせていただこう」

 レリウスが身を乗り出すようにして先を促す。


 ベレッティが固くうなずいた。

「事の始まりは、あなた方がバルデス軍を退けたという到底信じがたい一報でした。最初もたらされた報告により、ザナトスを落とされるのは時間の問題と考えられていたからです。今後一気に南下してくるであろうバルデス軍を食い止めるべく軍の編成を急いでいた王宮は上から下への大騒ぎでした。なにより、まずは正確な情報を集める必要があり、周知のとおり一枚岩ではない我々は、それぞれ独自の経路から真偽の程を確かめるべく動き出しました……ローグが不審な動きを見せたのは、そんなときです」


「不審な動き?」

 レリウスがいぶかしげに問う。


「お恥ずかしい話ではありますが、ラウル王が病床に倒られたのち、我々パレスガードは互いの動向を探り合うようなことをしておりました。ラウル王が次期国王をお決めにならなかったという今の状況と、我々パレスガードたる使命を思えばそれも致し方ないこととご理解いただきたのですが――その最中、ローグがリザ王女の御傍おそばを離れ、王宮を発ったのです」


「しかしそれは、ローグ自らザナトスの状況を探りに行ったからでは?」

 ラスティアが首をかしげる。

「情報の真偽をめぐり混乱していたとのことであれば、最も信頼できる者パレスガードにリザ王女が命じたということも十分考えられます」


「我々もそう考えておりました。実際私もアナリス王女の命を受け、ザナトスへ発つ寸前でしたから。他の誰よりも先に北へ向かい、情報を持ち帰ろうと意気込んでいたくらいです。しかし――ローグは東へ進路をとったのです」


 リーンがあとを引き継ぐ。

「すなわちバルデスとの国境へ向かう最短距離、ということですが。その動きに気づいたとき、我々は直観的に彼の後を追いました。グレン王子からは傍を離れないよう命じられておりましたが……どこか胸をざわつかせるというか、そうせずにはいられなかったのです。それはバンサーもまったく同じでした」


 先ほどから二人に場を譲っていたバンサーが深くうなずいてみせた。


「確かに今の情勢の中、ディファト王子とグレン王子が貴校らパレスガードをご自身の護衛から外すなどとは考えられん……その命に背くなどと、ずいぶん思いきった真似をしたものだ――話の核心に触れる前にいくつか疑問に思うことがある」

 レリウスが眉間にしわをよせながら言う。


「なんなりと」

「まず、なぜそこまでローグの動向をつかむことができたのか、ということだ。相手は一介のエーテライザーではない、貴校らと同等の実力をもつパレスガードだろう。そう易々と『感知』とやらの網にかかるとは思えんし、かかったとしても早々に気づかれるのではないか」


「仰るとおり、平時であればこのようなことは決して起こりえなかったかと。互いに監視し合っていることも当然把握しておりましたから。ですが――」


「相当気が急いていた、と?」

 ラスティアの言葉にリーンは一瞬目を大きくさせたが、すぐにもとの無表情へと戻り、うなずいた。


「その通りです、あのときのローグは相当動揺していたはずです。なぜならリザ王女とローグはバルデス軍の侵攻を事前に把握していたはずですから。アルゴード候から伝えられたバルデス軍撤退の報を受け、『そんなまさか』と思ったはずです。とはいえローグもまったく周囲の警戒を怠っていたというわけでもなく、こちらに気取られないよう十分警戒はしていました。その証拠に、リザ王女もご自身の居室から出て来るようなことはまったくしませんでしたし、そのパレスガードたるローグの姿が見えないことも、自然といえば自然でした」


「そのことが逆に、あなた方の注意を引くような結果になってしまったのですね」

「でしょうな」

 ラスティアとレリウスが互いに頷きあう。話の展開についていくのがやっとだったシンは、どういうことかと首を伸ばすように二人の顔をのぞき込んだ。


「いくら普段から表に出ることの少ない方とはいえ、情報が錯綜さくそうし、いつ大軍が押し寄せてくるのかもわからない状況のなか自室に閉じこもっているようなリザ王女ではない、ということだよ」

 いくぶん表情を緩めながら、レリウスがシンに説明した。


「我々がローグに注意を向け、その後をつけるに至った経緯については、ご理解いただけたでしょうか」


「ああ。しかしもうひとつの疑問は、単に東へ向かったというローグをそこまで怪しんだ理由、とでも言おうか……確かにザナトスに向かう方角ではないが、バルデスに入るには最短の道ではある。先に貴校が口にした『情報を得るための独自の経路』というものがリザ王女ならびにローグにはあったのではないか。リザ王女自身を隠れみのにしたのも、貴校らを含め他を出し抜くためのものと考えれば納得がいく」


「なればこそ、パルスガードとしての〈感〉としか言いようがない」

 バンサーが鬱蒼うっそうと口にした。

「普段から互いの存在を意識し合っている我々だからこそ、という」


「わかった」

 レリウスはそれ以上追求することなく、うなずいた。

「それで。東に向かったローグを尾行し、貴校らは何を見た?」


「怪物を」

 バンサーが言った。

「この世のものとは思えぬ、そこにおられる存在シンとはまた別の何かと、ローグは接触をはかったのです」


 そうしてバンサーは、己の見聞きした事実を話し始めた。

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