第15話「ローグらの企み」

 バンサー、ベレッティ、リーンの三人は、ローグの発現しているエーテルを追い、アインズとバルデスの国境に跨るようにして広がるヌブローの森を駆けていた。


 前を行くローグに気づかれないよう、自身のエーテルを極力体内へ押し留めながらの追跡だった。

 とはいえローグはかなりの速度で移動しており、見失わないようついていくためには相応のエーテルを扱わなければならず、かといって発現させすぎるとローグに感知されてしまうため、相当神経を使いながらの行軍となっていた。


⦅いったいローグはどこへ向かっているんだ。皆目見当がつかん⦆

 ベレッティの共感念波パルスがバンサー、リーンへと飛ぶ。


⦅わからん。森へ入ってから随分経つが……もうすぐバルデスとの国境に出てしまうぞ⦆

 バンサーが同じくパルスで応える。


⦅……主に何の断りもなく国境を超えてしまうのはさすがにまずいですね⦆

 ためらいがちなリーンのパルスもやや遅れる形で届いた。


⦅すでに俺とリーンは『傍に控えていよ』という王子たちの命に背いて行動している。いずれにせよ処罰は免れん。が、いまはローグの行く先を突き止めるが先決だ。ひとり王宮を抜け出してこのような場所までやってくるとは……ただ事ではあるまい』


⦅うまく王宮の混乱に乗じたつもりだろうが、リザ王女とともに居室に引っ込んでいたことが裏目に出たな⦆

 鼻で笑うようなベレッティの声。


⦅しかし、普段の二人であれば到底考えられぬ浅はかさです⦆

 一方のリーンは慎重さを崩さない。


⦅……相当焦っていた、ということなのやもしれん。それがいかなる理由によるものかは、奴の行き先が教えてくれるはずだ⦆

⦅ええ。反射的に追ってきてしまいましたが、私たちの〈感〉は確かだったようです⦆


 それぞれ一定の距離を保ちながらローグのあとを追っていた三人は、ときおり状況を確認し合うなどして半ば協力する形をとっていた。

 もちろん、最初からそうだったわけではない。それぞれがローグの動きを不審に思い、各自の判断で追跡した結果だった。


 互いの存在に気づいたときはさすがに皆驚いたが、それぞれまったく同じ行動に踏み切ったということは、「やはり、ローグには何かある」という各自の考えを裏付けることにもなり、普段は敵対関係にあるといっても過言ではない三人もそれほど多くを語ることなく頷きあったのだった。


⦅これほどバルデスの国境に近づくとは。考えたくもない憶測がどうにも拭いきれな――⦆

 ベレッティが言いかけた、まさにそのとき。


 ローグがその動きを止め、追っていた三人もほぼ同時に足を止めた。


 バンサーたちはそれぞれ三方から追い込むようにローグを追っていた。そのため互いの姿を目に留められるような位置にはいなかったが、当然のようにエーテルを感知し合っていたことから各々の動きは手にとるようにわかっていた。


⦅ふん、やはり何者かと落ち合うつもりだったらしい⦆

 バンサーが前方に意識を集中させながら言う。

⦅ローグとは明らかに異なる生命ルナ・エーテルを複数感知できる⦆

 

⦅感じとれるのは二人、か……?⦆

⦅おそらく⦆


⦅二人とも、ここからはエーテルを発現させるな⦆バンサーの鋭い声が飛ぶ。⦅これ以上近づけばさすがに気づかれる⦆

⦅ええ⦆

⦅わかっている⦆


 バンサーを中心に、左方向からリーンが、右方向からベレッティが慎重に距離を詰めていく。

 鬱蒼うっそうと生い茂る草木を踏みしめる音が、やけに大きく響く。不吉な予感を掻き立てるように、複数の野鳥が木の枝から飛び去っていった。それでも、三人のうち誰ひとりとして臆するような表情や足運びをする者はおらず、一歩一歩確実に近づいていく。


 やがて木々の枝葉の隙間から崩れかけの小城のような建造物が見えてきた。


⦅あれは……?⦆とベレッティ。


⦅おそらく、砦跡かと⦆リーンが言う。⦅バルデスとの国交が正常化する前には、あのような砦がいくつも築かれていたそうです。私たちが生れるずっと前の話ですが⦆


⦅ここからはパルスも使うな。後はそれぞれの判断で行動するがいいだろう⦆

⦅わかった⦆

⦅お互い、今だけは何事もないことを祈ります⦆


 二人との交信を閉ざしたバンサーは、その巨体を豹のようにしなやかに動かし、ほとんど物音らしい物音も立てないまま砦の中へと入り込んだ。


 追跡されているとは思っていなかったのか、あるいはそのようなことに気を回す余裕もなかったか。ローグは自身のエーテルを内に隠そうともしていなかった。

 決して大きいとはいえない建造物ではあったが、目視だけで人ひとりを容易に探し出せるほど小さくもなかった。ローグのエーテルを追うことができなければ、それなりに時間がかかっただろう。


 やがてバンサーは、崩れかけの大広間のような場所でローグの姿をとらえた。


 アーチ状の柱に身を隠しながらそちらをのぞき込むと、ローグがもう一人別の人物と相対しているのが見えた。


 バンサーと同等か、あるいはそれ以上の体躯たいくをした男だった。こちらに顔を向けるような位置に立っているが、外套ローブを目深にかぶっているせいでその顔をうかがうことはできない。


(――ただ者ではない)

 パレスガードであるバンサーをして、そう判断せざるを得ないほどの立ち姿だった。

 何より驚くべきことは、この相手からは生命ルナ・エーテルが微塵も感じられないということだった。


 ローグを追う最中から今にいたるまで、バンサーはもちろん、ベレッティもリーンも相当に感知の網を張っていたはずだった。しかし、捉えられていたのはローグと、ここに近づいたときに感知できた常人と思わしき二人のルナ・エーテルのみだった。


⦅これほど見事に自身のエーテルを断てる者などアーゼム以外に考えられぬ……いったい、何者だ。それに、やつ以外にも二人、すぐそばに潜んでいるはず)


 バンサーの鼓動が一気に早まり、頭の中で「警戒せよ」との声が何度も反響する。気取られないよう、細心の注意を払いながら自身の感覚器へと意識エーテルを集中させていく。


「――はいったいどうなっているのですか!?」

 ローグの激しく取り乱したような声がはっきりとバンサーの耳へ届きはじめた。

「五万もの軍勢で強襲しておきながら撤退などと――」


「そう喚くな」

 声を荒げたわけではない。それはむしろ、幼い子供をあやすかのような言い方ですらあった。しかしローグの目の前に立つ男の、その一声のみでローグは目に見えて押し黙ってしまった。


「どうなっているかと問われたとて、当事者アルゴード侯からもたらされた報より早く俺が何事かを把握できるはずがなかろう」

「そんな、あなたなら何かご存じだと――そもそもこのような大それたことを仕出かせるのはあなた以外には考えられませんぞ、マールズ様!」


 マールズと呼ばれた男はくくくっと低い笑い声をあげた。あきらかにローグの反応を面白がっていた。

「確かにそうかもしれんが、俺がバルデス軍を撃退などしようはずもなし。ましてやザナトスに駐屯しているベルガーナ兵のみで撃退できるとも思えん。切れ者と知られるアルゴード侯が率いていたとしても、土台無理な話だったろう」


「まさか、今回もたらされた報はレリウスめの企てでは」

「大急ぎで駆けつけてもらってなんだが、今おまえたちに教えてやれるようなことはない」

「しかし真偽の程を確かめないことには――」

「残念だが、アルゴード候その人から『バルデス軍撤退』の報がもたらされたのだとすれば、十中八九間違いはないであろうよ」

「なぜそう言い切れるのですか!」

「バルデスの大軍が押し寄せようというときにそのような虚言ざれごとを知らせることに何の意味がある。これがバルデス軍からもたらされたものであればまだわからぬでもないが、アインズ側にとって何の益もないことだ」


「で、ではやはり……我々の計画は――」

 ローグが喘ぐように言う。


「残念だが御破算、といったところだろう」

 男は再び低い声で笑った。

「しかし、いくら尊師ファトムどもから与えられた企てとはいえ、ずいぶんと危うい――いや、つたない橋だったと思うがな」


「拙い?」

「リザ王女自ら侵攻してくるバルデス軍と正面から交渉し、互いにとって有利な条件で和平を結ぶ……それによって王宮内におけるリザ王女の権勢を強め、そのまま玉座に、という算段だったのだろう? おまえたちの尊師ファトム様がどの程度バルデス側に手を回していたかはわからぬが、俺がバルデスの将であれば相手方アインズと交渉の席など設けず一気に王宮まで攻め込んでしまうがな」


「馬鹿な、決してそのようなことは――ファトムは確かに『バルデス側とは話がついている』、と」

「いずれにせよ、バルデス軍の撤退によりおまえたちの出る幕はなくなり、俺の役目もこれで終わりというわけだ」

「そんな! まだファトムからはなんの連絡も――」

「バルデス軍の侵攻がなくなった以上、おまえたちへの橋渡しも事の成り行きを見届ける必要もなくなった。わざわざ知らせてもらって悪いが、俺は俺でやることができたのでな」


「お待ちくださいマールズ様!」

 その場にひざまずいたローグが、悲痛な声で叫ぶ。

「もしレリウスからもたらされた報が確かであり、このままロウェインの娘が王宮へやってくるようなことになればリザ王女が玉座につくことはますます困難となり、ファトムより与えられた使命を果たすこともまた恐ろしく困難なものとなってしまいます!」

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