第13話「焦燥」

「先の一件、心よりお詫び申し上げる」

 シンの目の前でひざまずいたバンサー、ベレッティ、リーンの三人は、一斉に頭を下げた。

「なれどどうか、その処罰については今一度我らの言葉に耳を傾けてからにしていただきたい」


「――わかりました。あの出来事のあと続くはずだったお話を聞かせてください」

 シンは隣に座るラスティアとレリウスに目くばせしながら言った。まずはバンサーたちの出方をうかがおうと決めてあった。


 先日シンがラスティア、シェリーとともに王宮へと帰還してすぐ、レリウスはバンサー達との会談の場を改めて設けるべく動いた。

 といっても、ごく限られた者以外は誰にも気取られることのないよう、極秘のうちに進めなければならなかったため、今回の場に至るまでには三日の時を要した。

 本来であれば、当然バンサーたちこそがすべての段取りを整えるべき事案だが、レリウスからすれば自分で動いた方がはるかに手っ取り早く、情報が洩れてしまうのではないかといういらぬ心配や不安を抱く必要もなかった。


 レリウスは、シンが目覚めてすぐラスティアのもとへ飛んで行ってしまったことに苦笑しつつも、体調になんら異常がないことに安堵していた。「シンがいるこそ、他のパレスガードたちと臆することなく相対することができるのだ」。そうレリウスから言われ、一度失態をさらしてしまったシンにとっては余計緊張を強いられる場となった。


「まずは、座られよ」

 レリウスが声をかけると、三人は音もなく立ち上がり、再び一礼してそれぞれの席についた。


「では、以前あなた方が口にした『シンの力を確かめたかった』という、その理由について訊かせてもらいましょう」

 ラスティアが促すと、バンサーは深くうなずいたのち、口を開いた。


「では、単刀直入に言わせていただく――リザ王女ならびにそのパレスガードたるローグ・バンゲイルは、事もあろうかし、水晶の玉座につかんと画策している。我ら三人はその企みを阻止するべく、ラスティア王女のパレスガードたるシン殿に助力を得ようと今回のことに踏み切った次第」


 暖炉の火が弾ける音が、やけに大きく響いた。

 一瞬の間のあと、レリウスがラスティアとシンに軽くうなずいてみせた。二人とも同じ仕草で応える。


「……にわかには呑み込めず、また大いに確認が必要な進言といえる」

 レリウスが言葉を選ぶようにしながら口にした。


「むろん、そうであろうかと」

 バンサーは、さも当然と言わんばかりの態度で深くうなずいた。


 自分たちが極めて重大な、場が場なら不敬罪として即刻捕らえられてもおかしくないような発言をしたにも関わらず、パレスガードたちは誰一人として表情を変えなかった。


 シン達が想定内の驚きに留めることができたのは、事前にレリウスが推測していたからに他ならない。

「まずシンのことを聞く前に、リザ王女らがバルデスと繋がっているというのは、どのような証拠あってのことなのか」


「その前に、我が国とバルデスの置かれている状況についてご説明差し上げたい。あえて言葉を飾らず言わせていただくが、ラスティア王女の後ろ盾となっているアルゴード候は現在、外交を含め重要な国政から遠ざけられておられる。そのような認識でよろしいか」

「そのとおりだ。まあ、それも貴校の主と我が国の宰相によってもたらされている結果ではあるが」

 レリウスは淡々とした言葉のなかに確かな皮肉を潜ませた。


「現在我が国とバルデスとの関係は、膠着こうちゃく状態にあります」バンサーはまったく動じることなく続けた。「ザナトスにおけるバルデス軍との衝突については誰よりもご存じかと」


「もちろん」

「むろんだ」

 ラスティアとレリウスが言う。シンも反射的にうなずいた。


「アルゴード候からもたらされた報告を受け、王宮は早急に駐屯中のバルデス大使を呼び寄せ、此度こたびの侵攻についての説明を求めました。ですが大使にしても青天の霹靂へきれきといった様子であり、激しく混乱するばかりでらちが明きませんでした。バルデスは先手を打つどころかほとんど不意打ちのような形で一気に我が国をおとしいれようとしていたらしく、自国の大使にすら何も明かさぬまま事を進めていたとみえます。つまり大使すら捨て石にしたというわけです。その甲斐あってバルデス側が我が国への侵攻準備を整えているなどという情報は一切入ってきませんでした――偶然居合わせたシン殿の、その大いなるお力がなければ今頃バルデス軍はオルタナまで迫っていたやもしれません――もちろん我が国はバルデスの責を追求するため烈火のごとく使節団を送り込みました」


「当然、バルデス側は非を認めるようなことはしなかっただろう」


「その通りです。国境を越えてきたのはディファト王子ひいてはアインズを牽制するためのいち軍事演習に過ぎず、ザナトス外周に対する侵攻は目に余る犯罪行為を一掃するためのいわば粛清しゅくせいであり、ラスティア王女に告げた文言もディファト王子の行き過ぎた行為――核光兵器メキナ開発を言いがかりとしたエルダに対する冒涜ぼうとく行為のことですが――それをおいさめするものであった、と」


「よくぞ抜け抜けと言えたものだ」

「……おれですら、言い訳にしか聞こえないよ」


 ふと、隣のラスティアへと目がいく。彼女の顔からは完全に表情というものが消え失せていた。一瞬びくりとしたシンだったが、ラスティアにしてみれば当然の感情だった。


 外周の人々をあまりにも無慈悲に踏み潰していった光景、そしてダフの姉であるリリが塔から消えていった姿は、シンですら今も目に焼き付いて離れない。それはラスティアもレリウスも同じであり、二人の冷淡な視線がすべて物語っていた。


「ですが、賠償ばいしょうを求める、あるいは報復行動に出るといったことにまでは至っておりません。理由はむろん、我が国の情勢が決して安定しているとはいえないからです」


「安定していないどころか内輪めの真っただ中であると、はっきりそう言われてはどうかな。まあ、今回のことも元は貴校の主――ディファト王子の行き過ぎたご趣味が招いた結果らしいが」


「まったくもってその通りであります」

 押し黙ってしまったバンサーに変わり、ベレッティが答える。バンサーには決して言えぬ台詞であるとともに、相手と言葉を誤れば大問題へと発展しかねない発言でもあった。


「ですが理由はどうあれ、いま我が国とバルデスの関係が膠着状態となってしまっているという事実は変えられません」


 鈴の鳴るようなリーンの声が後を引き継ぐ。

「バルデスが再び侵攻してきたくともすでにその真意は西方諸国全土に知れ渡ってしまっております。一気に我が国へ攻め上がるために用意した言いがかりに近い大義名分を再度掲げるような真似は、さすがにできないでしょう。それに、ラスティア王女の催した国事であられる闘技大会の開催についても広く周知され、今後は各国から多くの人が集まってくるはず……なによりシン殿が――万全を期して臨んだ五万もの黒騎士を撃退せしめる存在が――アインズにはいる。そのことがの国に二の足を踏ませているのです。バルデス以外の国々も、多くの外交官や密偵を放ち、事の真偽を確かめようとしてくるでしょう。以上のことを踏まえ現在の王宮は、このまま押し問答のような外交を続けながらでも、ひとまずは半年後の国王選定の儀ヴァーレイまで時を稼ごう、と。そのような方針でいるようです」


「次期国王を決定しないままヴァーレイを迎えてしまえば、ディファト王子が水晶の玉座に座ることになろうが……このことを二人はどのようにお考えなのかな」

 レリスウの興味深げな視線がベレッティ、リーンに向けられる。


「それは、どうしてなの?」

 二人が反応するよりも早く、思わず疑問が口をついて出てしまった。


「ヴァーレイが、すべての人々に対しアインズの次期国王を発表する場となるからよ」ラスティアがシンに言う。「国王が崩御ほうぎょされたときや国政を担えないと判断された場合は、一年以内に必ずそうしなければいけないと法で決められているの。後継者争いが長引くことで国が揺れることを防ぐための制度とされているけれど、今回の場合は……」


「いわば、時間切れを待つというわけですな」レリウスが後を引き継いだ。「本来であれば早急に領侯会議の場で決定されるべきことではありますが。により議会が招集されない以上、公の場において誰が誰を支持しているかすら明らかにすることができない。このような状況下では、現在最も支持を集めている者が選ばれる可能性が非常に高くなるでしょう」


「……何度も質問して悪いんだけど、どうしてそうなるの?」


「簡単に言うと、まかり間違って次期国王となる者以外を支持してしまった場合、失うものが多すぎるからだな」レリウスが言う。


「ですが今回の――リザ王女そしてローグの一件は、そのような次元の話ではない、ということです」

 リーンがつぶやくように言った。

「本来であれば敵対関係となるはずの私どもが主にさえ打ち明けることなく行動を共にしていることが何よりの証といえましょう」

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