第11話「強者の条件」

「それは、どういう意味かしら」

 すかさずラスティアが訊いた。特段変わった様子もなく、目元にはうっすらとした笑みさえ浮かんでいた。

 しかし、その小さくなめらかな額に静かなる血管が浮き出たように見えて、シンは二、三度目を瞬かせた。


 イーリスもホークも、ラスティアの言葉がどのような感情を含んでのものかを悟ったようだった。次の瞬間には見事なまでに自身の表情と気配を消し去っていた。


「言葉どおりの意味です、ラスティア王女」

 グレースはまったく物怖じする様子もなく続けた。

「パレスガードの最も重要な使命は主である王族の身を護ることでしょう。そのためには居合わせた者たちに良からぬ考えや感情を抱かせぬよう、いろんな意味で己の存在を周囲へ示す必要があると考えます。それが彼ときたら、遅れて駆けつけてきたうえに、その理由が体調を崩していたからだなんて。パレスガードとしての自覚に欠けると言わざるを得ません」


 あまりにもはっきりとした物言いと態度に、シンは身の縮む思いがした。実際、目に見えて肩をすぼめてしまっていた。自分のことでありながら反論一つできなかった。


「正直私には、目の前の彼がいまちまたで騒ぎ立てられているような存在であるとは到底思えませんね。そこにいる彼女の方がよほどパレスガードたる資格があるように見えますけど」

 グレースは部屋の片隅に立つシェリーを指差しながら目を細めてみせた。


 まるで気配を感じさせることなくラスティアの護衛という自身の任務を遂行していたシェリーは、突然話の矛先を向けられた今も微動だにしなかった。


 こうしてラスティアが王宮を出てオルタナの市街へ出てこられるのは、間違いなくシェリーの存在があるからだった。彼女ひとりがラスティアの傍についていれば、外に待機させている兵たちを同席させる必要もない。ごく限られた者たちのみで会談することができる。

 そしてそれは、本来であればシンの役目であるはずだった。その事実が余計、シンの身を小さくさせた。


「確かにシェリーは優れたエーテライザーであるとともに、長年フェルバルト家を護り続けてきたウィンザー家の人間でもあります。その能力を疑う余地はなく、私自身、最も信頼を寄せる者のひとりです。ただ、あなたの言う『パレスガードたる資格』についてはずいぶん議論の余地があるように思います」

 ラスティアはすらりと長い足を組み直し、グレースに向かって正面の椅子を勧めた。


 グレースは力強く頷くと、ラスティアの進められるままどすんといった様子で腰掛けた。

 隣でイーリスが「頭が痛い」とでも言うかのように額へと手をやる。ホークにいたっては唇の端が吊り上がりそうになるのを必死に抑えているように見えた。


「では、あなたが考えるその資格というものについて聞かせてもらえるかしら」

「一にも二にもエーテライザーとしての実力が伴っていること。私はそう考えています。先ほどの話の流れから、あくまで話として進めさせていただきますが、先日現れた光柱が彼の手によるものだったとしましょう。確かに根源エーテルの過多は、私たち器保持者エーテライザーが相手の実力を測るうえで重要な要素のひとつです。ですが真の強者、ここにいるイーリスやホークをはじめとする白金プラティウスの任務を任されるようなギルダーや他の王子王女たちのパレスガードの強さはエーテルの多い少ないだけでは決して測れるものではありません」

「なるほど。それで、あなたは彼らの強さが何によるものだと考えているのでしょう」

「それぞれがもつ、意志の強さです」


(ほう)

 いつもの声が頭に響く。


(俺が針のむしろになっているところを覗きにきたのか)

 いつものようにテラがしゃしゃり出てくる。突然であることが当然すぎて、シンはもう驚くこともなくなっていた。


「意志の強さこそが、真の強者を強者たらしめる。私はそう思いますね」


(若いくせに言うではないか。よく聞いておけシン、おまえにとって最も必要な言葉かもしれん)

 若干感心しているかのようなテラも珍しく、シンは言われるままグレースの言葉に耳を傾けた。


「実は私、アーゼムとしての素質を買われてアンブロへ行く話があったんです」

「なんですって?」

 ラスティアは思わずといった様子で訊き返した。


「もうずいぶん前の話ですけどね、アーゼムの導師ルクスから『お前にはその資格がある』って言われたんです。まあ断りましたけど」

「断った!?」

 これほど破顔したラスティアの顔を見るのは初めてのことだった。イーリスはとんでもなく酸っぱいものを食べた後のように目を瞬かせ、ホークは何がそれほど可笑しいのか、細かく肩を震わせていた。


「アーゼムになる道を――数千人に一人といわれるアンブロ・エムリスへの入門を、断ったと?」

「だって、私ほどの才能をアーゼムとしての人生だけに捧げるなんてこの世界エルダストリーにとってとてつもない損失じゃないですか」


(私の勘違いだったかもしれん)

 間髪入れず飛んできたテラの言葉に吹き出しそうになる。


「そのとき私を見込んだルクスを含め、何人かのアーゼムに会ったことがあるんですけど……正直根が暗いというか、生真面目っていうか、人間としての面白みに欠けるんですよね、あの人たち。けど――その底知れなさというか、恐ろしさみたいなものは十分感じましたね。この人たちは、って。絶対、敵にしちゃいけない相手なんだって。アーゼムほどではないにしろ、それはここにいるイーリスやホークにも言えることで、おそらくパレスガードといった重責を担う人たちも同様でしょう。そして彼らと一介のエーテライザーたちを隔てるものこそが、『意志』です。エーテルの発現には器と想像力が求められることは広く知られているところですが、その強さを決定づけるのは『なんとしても実現させる』という、妄執や執念ともいえるほどの願望――」


(言うではないか)

(いやどっちだよ)

(シン、以前グルの枯渇がおまえ唯一の弱点だと言ったが、訂正しよう。昨日のパレスガードたちとの闘いで気づかなかったか?)

(何を)

(確かにおまえはやつらを退けたかもしれんが、その実、たいした傷も負わせてはいない。実際三人は何ら支障もなくラスティアたちとの面会に臨んでいたからな。そしてそれは相手にもいえることだ。つまりバンサーたちもおまえをどうこうしようとする意志がなかったがために、あのような決着に落ち着いたという、な)

(それは――)


「――まあ、ギルドの根源器フロッパーを破壊したり、光柱? なんてとんでもないものが現れて圧倒されちゃう気持ちもわかりますけどね。特にこの国アインズをはじめとするカイオスゆかりの国々で育った人たちにとってストレイの存在はエルダの教えと同じくらい深くその身に刻まれていることでしょうから。その点私は核光学の恩恵のもと育った生粋のディスタっ子ですからね、私の父みたいな頭の固い人たちはともかく、自分の目で確かめてもいないことを妄信するような真似はしませんよ。というわけで私に言わせれば、エーテルの多い少ないを理由に強いだ弱いだなんて言い合ってるうちはエーテライザーとしてはまだまだ駆け出しもいいとこですよ。そういう意味を含め、私は目の前の彼をラスティア王女のパレスガードとして相応しくないと言ったんです」


 グレースが話し終えると、なんとも言えない沈黙が場を支配した。

 その場にいる者たちは皆、それぞれが思い思いの反応を示していたはずが、気付けば真剣にグレースの言葉に耳を傾けていた。

 

「あなたがいま話されたことは、一考の価値があるかと」

 ラスティアが言った。

「それに、あなたという人間にもずいぶん興味が湧きました。これは皮肉でもなんでもなく、是非その実力を闘技大会の場で存分に披露してもらいたい。心からそう思いました」


「……私の言葉に理解を示されるとまでは予測していませんでした。てっきり逆上されるか罰せられるくらいに思ってましたから」

 グレースは今までの不敵な表情から一転、目を丸くするようにした。年相応の幼さと長く癖のある金髪とが相まって、ずいぶん愛くるしい顔を覗かせる結果となった。


「返答次第では相応の態度でもって応えようとも考えていたのですが、単に感情的になって出た言葉ではないということがわかりましたから。それに、シンの反応を見てもらえればわかるように、彼は己を恥じこそすれ安易に敵意を向けるような人間ではありません。ただし――」


 そこでラスティアは、薄い笑みとともに目を細め、誰もが魅入る翡翠の瞳でもってグレースを射抜いた。


「次に私のパレスガードを侮辱するような真似をしたら、お互いにとって望ましくない結末が待っているということだけは覚えておいてもらいましょう」

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