第10話「ギルドの少女」

「シン! もう大丈夫なの?」

 ラスティアが不安げな表情を浮かべながら真っすぐシンへと駆け寄って来る。


「心配かけてごめん。おれ、なんの役にも立てないどころか騒ぎを大きくしたみたいで」

 そう言って、シンは深々と頭を下げた。


 テラの忠告に従い大急ぎで用意された食事を平らげ、一目散にラスティアのもとへ駆けつけてきたシンだったが、実際彼女のいる部屋に足を踏み入れたときはあまりの申し訳なさにまともに顔を見るができなかった。


 ラスティアが激しく首を振りながら小声で言う。「あなたが責を負うようなことなんて何もないわ」


「けど、おれが余計なことをしたせいでラスティアの立場が」

「そんなこと――体の方はもう大丈夫なの」


「あ、もう大丈夫だよ、全然」

 シンの頬に触れようかという勢いで迫ってくるラスティアに若干身をのけ反らせる。


「食事は? ちゃんと食べた?」

「うん。さっきテラから言われて」


「あー……よろしいでしょうか」

 突然割り込んできた声にぎょっとして半歩ほど飛びのく。


 ラスティアととんでもなく近い距離で接していたことに気づいたのだ。そして、自分たち以外にも複数の人間がいたことにも。


 いや、まったく意識できていなかったわけではなかった。その証拠にシンもラスティアも大きな声で話したりバンサーたちの名前を口にするようなことはしていない。ただ、何とも気恥ずかしい姿を見られてしまったという。


「何か事情がおありなら私どもは一時退室いたしますが」

 上品な髭を蓄えた柔和な顔つきの男が言う。


「失礼、その必要はありません。私のパレスガードが少々体調を崩していたもので」

「では、やはりこの方が

 言いながら、目を細めるようにしてシンを見つめる。


 これまでに出会ってきた人たちとはまた違う反応をする人だと思った。


「シン、あちらはアインズ・ギルドの長、ホーク・スタンリー氏よ」

「あの、お話中に割り込んでしまってすみません。シンと言います」

 

 ホークはシンが頭を下げるよりも早く立ち上がり、優雅な仕草で一礼した。


「それに隣におられるのが」

「私の紹介は不要ですよ、ラスティア王女」

 ホークの隣に座っていた女、イーリス・ステイルが以前会ったときと変わらず妖艶な笑みを浮かべる。

「久しぶりだね、シン。次会うときはどんな態度で接すればいいかなんて考えてたんだが、あいにく人に合わせられるような性分じゃなくてね。無作法を許しておくれよ」


「そんな。おれの方こそいろいろお話を聞かせてもらったのに何の返事もしないままで……すみません」


 ラスティアに会うためリヴァラ水上宮に侵入したのは、まさにこの階下にあるギルドのロビーでイーリスやレイ、ニコラスといったパーティー・マスターたちの熱烈な勧誘を受けた日の夜のことだった。

 本当なら、どのパーティに所属するかしないかといった返事を後日ギルドに伝えにいくはずだったが、ラスティアのパレスガードになると決めたときから挨拶ひとつできないまま今に至ってしまった。


「パレスガードになる栄誉を断る人間なんざオルタナここにはいないさ。それがラスティア王女となればなおさらね。とはいえその話さえなければシンは私のパーティに入っていたと確信しているけど」


 シンの口が思わずほころんだ。まったくその通りだったからだ。

 先日ギルドに集まったマスターたちの中で、最も頼りになる、というより、自然と頼りにしてしまっていたイーリスのもとでお世話になろう。そう決めていた。


「もう少し言葉を慎めイーリス、王女との前だぞ」

 ホークが鋭い視線をイーリスへ向けるが、イーリスは軽く肩をすくめるのみだった。


「先日シン殿がここを訪ねていらしたときの話は何度もお聞きました。とんでもない器をもつ少年が現れたと。しかし次にその名を耳にしたのは伝説上の――失礼、このことに関しては口にしないお約束でしたな」

「お気遣い感謝します」

 ホークのいわくありげな笑みにラスティアも同様の表情で返す。


 シンがストレイであることは公言しないようにしているはずだが、三人の間では何らかの取り決めがなされたようだった。

 

「話を中断してしまいましたが、此度こたびの闘技大会の責任者をギルド長へ一任します。ぜひ、今の不況や人々の鬱屈した感情を取り払えるような大会にしてほしいと思います」

「お任せください。必ずやラスティア王女の期待に応える働きをしてみせます。ご自分のパレスガードを選ぶという目的のみならず、停滞しているオルタナの経済まで回してしまおうという王女の思慮には感嘆するばかりです」


「というより王女はご自分のためというより今のオルタナ、しいてはこの国の行く末思ってのことだったのではないですか」

 イーリスがにやりと笑う。

「これほど大規模な催しとなれば国庫から出される資金も莫大なものになりますし、アインズ全土はもちろん、近隣諸国からも大勢の人間が訪れる。切れ者として知られるアルゴード侯のことだ、すでに西方諸国の王侯貴族や有力者たちに招待状を送りつけるくらいのことはしているでしょう。我が国にもたらされる経済効果については言うに及ばずですが、なによりディケインやバルデスといった国々を牽制できることが大きい。先のザナトス侵攻のようなことがありますからね。少なくとも闘技大会が無事終わり、人々が自国へ引き上げるまではどの国も国境を超えて来るような真似はできません。このようなときに戦端を開こうものなら大義どころかその国の威信は地に落ちますからね」


 レリウスからも聞いていなかった話に驚き、シンは思わずラスティアを見た。

 しかしラスティアは肯定も否定もせず、柔和な笑みを浮かべるのみだった。

 

「なにより王女の傍らには名実ともにがいらっしゃる。わざわざ長年の慣例を破り、王宮内外の反感を買ってまで複数のパレスガード任命する理由が見当たりません」


「ちょっと、そんなこと言われたら困るんですけど!」

 突然飛び込んで来た声に、四人の視線が一斉にそちらへと向く。


 部屋の片隅で事の成り行きを見守るようにしていた少女が一人、両の拳を握りしめながら固まっていた。

「せっかく私の実力を知らしめるために来たのに、ただのお祭りで終わってしまっては困るのよ!」


「私の連れが失礼を」

 イーリスが珍しくかしこまった様子で頭を下げる。

「グレース……あんたの今日の役目は私の護衛だったと思うんだけどねえ」


 グレースと呼ばれた少女のことはシンも気付いてはいた。それに、ただならぬエーテルを秘めているということも。


 場所が場所でなければシンも相当警戒していたと思うが、ここはアインズ全土をまとめあげるオルタナ・ギルド、その長がいる応接室兼執務室のような部屋であり、同室しているのはラスティア王女ならびにギルドでも一、二を争うエーテライザーだ。そのような場所に護衛の一人や二人いないことの方が異常だった。

 実際、ラスティアのすぐうしろにはシェリーだって控えているのだ。グレースのことも、いくら見た目が若くとも優秀な人材が警護にあたっているのだろうとしか考えていなかった。


「イーリス、聞いていた話と違うじゃないの!」

 グレースはなおも興奮した様子で叫び、ラスティアを睨みつけるようにした。

「ラスティア王女、あなたは確かに『討議大会で優秀な結果を残した者』をパレスガードとして任命すると言いました。その言葉は嘘だったのですか!」


 さすがに表情を変えて立ち上がりかけたイーリスをラスティアが片手を挙げて制す。

「嘘ではありません。が、私はこうも伝えてあったはずです。『パレスガードたるに相応しい人格を持つ者、我が信念に応え得る者、なにより私自身が欲した者』、と。その資格があるのであれば、ここにいるシン同様、私はあなたをパレスガードとして迎えたいと思います」


 突然グレースのきつい視線がシンへと向けられ、ぎょっとする。


「彼の話は確かにいろいろと耳にしています。真偽のほどは定かではありませんが、他のエーテライザーと比べ明らかに異質な存在であることも――薄々とではありますが感じられます。ただ、闘技大会の場で選ぶと宣言しておきながら、それよりも前に彼を選ばれたことについてはいかがお考えでしょうか」


「私はその場で選ぶなどとは一言も言っていません。シンは私がアインズの王女となる前から何度も窮地を救ってくれた恩人であり、パレスガードとして迎え入れることに何ら支障はありませんでした。それに――私がシンを選んだつもりは全くありません。シンこそが、私を選んでくれたのだと、そう解釈しています」


「ですが失礼ながら、私には彼がラスティア王女に相応しいパレスガードなどとはまったく見えませんが!?」



 これが後世語り継がれる十二英雄が一人――「約束の子」ラスティアの終生の友にして守護者。そして、のちに起こるディスタ革命の寵児となる「太陽の娘」グレースとの出会いだった。

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