第9話「脅威の影」

 リヒタールが身を乗り出す。「どういうことだ」


「私もレリウスと同意見だ。ローグ以外のパレスガード三人というところに何らかの事情があるのではないかと。なんとなくではあるが、そう考えていた」ルノが言う。


「ふん、考えが至らなかったのは俺だけか」


「ラスティア様とローグとの過去については以前話したとおりだが……今回のことはそれとはまた別の話だろうな」


「初めて聞いたときはさすがに耳を疑ったぞ。まさか我が国の第一王女とパレスガードがそんな悪だくみというか、わけのわからない事件に首を突っ込んでいるとはな」

「だから、そのようなことを軽々に口にするなというのに」

 ルノが悪友をいさめる。


「おや、貴君は主君と定めた方のお言葉を疑うのか?」

「おい、この期に及んでふざけるな――もちろんラスティア様が嘘を言っているなどとは全く思っていない。だが、あまりにもその……事件性がだな」


「ルノが言い淀んでしまう気持ちもわかる」

 レリウスは重々しくうなずいた。

「ラスティア様の身に危険が迫り、シンが光柱を発現させた日。お二人から助けを求められたときはあまりの事体に卒倒しそうになったほどだ。ラスティア様の過去についてはもちろんだが、そのような危険な相手を、私はおろか護衛一人つけず呼び出すなどと……テラがシンを誘いだしてくれていなかったらと思うと今でも寒気が止まらん。ラスティア様は私に叱られてしまうとずいぶん小さくおなりになっていたが、よくぞご無事でと足元にひざまずいてしまいそうになったよ――表向きは王女としての振る舞いや心構えについて懇々とお伝えさせていただいたが――同時にローグとリザ王女にはずいぶん複雑な感情を抱いくはめになってしまった」


「我が主君をとんでもない目に遭わせやがって此畜生こんちくしょうと思う反面、ラスティア様御おん自ら水晶の玉座への道を歩む礎となってくれて感謝の至り、みたいな感情がごちゃまぜになってしまったわけだろう? わかるぞレリウス、俺もまったく一緒だからな」

 リヒタールが腕を組みながら大きく頷いた。


 レリウスとルノは顔を見合わせ、声を上げて笑った。


「確かにおまえの言う通りだよ、リヒター」

 思わずレリウスは友として呼ぶときの愛称を口にした。

「『闘技大会の場で広くパレスガードを募り、私たちと志を共にするものがいれば例え何人であろうと仲間として迎えいれたい』、そうラスティア様に言われたときは仰天してしまったものだが……ローグの姿を見かけたときから決意を固めておられたのだろうな」


「私も正直、なんということを言い出すのだと空いた口が塞がらなかったよ」ルノが思い出したように笑う。


「だが我らがレリウス殿は何食わぬ顔で火急的速やかにそのような触れを出してしまったわけだ。周りに止める間も与えないほどにな。おまえのことだ、民衆にラスティア様の存在を今まで以上に知らしめる絶好の機会とでも思ったのだろう」


「確かにそれもあるが、ラスティア様の申し出がパレスガードの選定条件になんら引っかかっていないということに気づいてな。これまでのしきたりが当たり前になりすぎていた……いや、ラスティア様もよく調べてのことだったのだが、これは一本とられた、みたいになってしまったのだ。それはともかく、ラスティア様とローグとの過去……因縁、ともいえるかもしれんが、おかげでラスティア様は水晶の玉座を目指す、とまではまだ言えぬものの、相手の出方次第ではその可能性も大いにありえることになった」


「むしろディファト王子がこのまま悪政を敷き続けているようであればラスティア様が決意を固める日もそう遠くはないかもしれん」


 ルノが深刻な表情で首を振る。

「私としても、ラスティア様がご自身の意志で王となる道を選ばれるには、我が国が大いに乱れ、かくなるうえは自ら立つしかないという状況にまで追いやられる他ないと思っていた。身近に接すれば接するほど、あの方が権力を欲っしたり、己の目的のために他の王子王女たちと争う姿というのはまったく想像できなかったからね……正直私は、以前レリウスが言っていた『ただ、待てばいい』という意見には反対だったんだよ。それではまるでラスティア様を王とするため、あえて何もせずにいるように思えたからね」


「いや、おまえの言うことは間違っていない」

 レリウスがすぐにうなずいた。

「実際私は、近いうちに我が国は大きな争いと激しい混乱の渦に放り込まれる運命にあると、そう思っている」


 レリウスの言葉にさほど驚く様子もなく、ルノは静かに目を伏せた。「やはり、そうなってしまうか」


「今の段階でそこまで話すのはどうかと思い、胸に留めていたがな」


「俺たちのような立場にありながらこれまでと同じ世が続くと思っているのはノルマン侯くらいのものだろうさ」

 リヒタールは鼻で笑った。

「現国王が崩御の時を迎えようとしているというのに正当な跡継ぎも決まっていない。水晶の玉座を狙うの王子王女たちの争いは激化の一途を辿るだろう。現在かりそめに国政を担っている宰相をはじめとするディファト派は、自分たちに組する者たちにとって都合の良い政事を敷き、王宮内外での影響力を強め続けている。泣きを見るのはもちろん我が国の民たちだ。際限なく上がり続ける税により生活は疲弊し、それと共に治安は乱れる。民にとって頼みの綱であるギルドもディファト派の手足とするべく取り込まれ、かつてのような活動はできなくなってしまっている。地方ほどこの影響は大きく、そう遠くないうちに王都オルタナも同じ道をたどることだろう。そして両隣の大国が、一枚岩ではないどころか内乱にまで発展しそうな我が国を虎視眈々と狙っている。とまあ、我が国が乱れる要因などいくらでもあげられるぞ」


「今の私たちではディファト派を止められないというのが何とも情けなく……悔しいところでもある。もし今ディケインやバルデスが攻めてきたとしても、この状況ではまともな指揮系統のもと出兵できるとは到底思えん。宰相らももちろん相応の備えはしているだろうが……今日にも侵攻の狼煙があがるのではないかと正直気が気ではない」

 言いながら、ルノは両膝の上で拳を握りしめた。


「議会制という、我が国の弱点が如実に出てしまっているからな。本来は国王の独裁により国が傾くのを止める役割を担うずが、国王に代わる第一王子と多数の領侯とが結託してしまった。数で負けている以上、何を議題として取り上げようとこちらの言い分など何一つ通らん。なんとも馬鹿らしい話だ」

 リヒタールが大きく両腕を上げてみせた。


「逆に言えば、数で逆転してしまえばいいだけの話だ。先ほどの続きだが、今回のことはその足掛かりになるかもしれん」

 レリウスが組んだ両手の上に顎を乗せ、鋭い視線を目の前の二人へと向ける。


「リザ王女とローグが、今回の件に関係しているといったな。詳しく話せ」

 リヒタールが促す。


「そう難しい話ではない。今回の件、シンが空腹で倒れさえしなければ、ローグ以外のパレスガードが一斉にシンのもとへ下った、とみることもできる。テラから聞いた話によると、バンサーたちはもとより危害を加えようとしていたわけではなく、シンの力を試そうとしていたという。それはすなわち、ストレイの力に頼らなければならないほどの事情が彼らにはあったということだ。そしてパレスガードとは、ひとえに主の目的のため、あるいは安全のために行動する。これが意味するところを考えたとき、ひとつの脅威が浮かび上がってこないか?」


「それがリザ王女ならびにローグというわけか」


「かといって、二人について今我々が掴んでる情報では、バンサーたち三人が今回のような事に及ぶほどの脅威になるとは考えられない。先ほど言ったように、現在我が国はディファト派によって牛耳られているといえるし、バンサーとベレッティ、リーンが共に行動しているということはすなわち、アナリス王女とグレン王子が表向きにはディファト王子派に与していることを示している。となれば、数で劣るリザ王女を気にする理由がない。民衆から絶大な支持を得てているラスティア様の方がよほど脅威だろう」


「確かにな」

「となると、どういうことになる」


「私が気になっているのは、ラスティア様とシンが話していた、ローグを操り、リザ王女さえも従わせていたという、ローグの背後にいた存在のことだ。これは、少々当たってほしくはない予測なのだが……」

 レリウスは、彼にしては珍しく言い淀んだ。


「レリウス?」


「リザ王女とローグには、我々の与り知らぬ強大な力が味方した、と。そういう可能性を考えている。何らかの情報をつかんだバンサーたちは、そのためにシンに接触を図ったのではないだろうか」

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