第12話「沈黙の晩餐」
「実は、私に少々考えがあるのだが……」
「考え?」
しかしレリウスはそう言ったきり黙ってしまった。
「レリウス?」
シンとラスティアが首をかしげると、レリウスは自身の沈黙を打ち消すかのように笑い出した。
「いや、これはまだ時期尚早というものだろう。お互いにとって、な」
意味がわからず、シンとラスティアは顔を見合わせた。
「取り急ぎオルタナには伝令を走らせました。遅くとも三日のうちにはラウル王のもとに事情が伝わるでしょう。ザナトスで兵の調達が難しいとなれば、オルタナからの迎えの兵が来るまでここに滞在することになります。王をお持たせするのは心苦しいですが、今はラスティア様の身を第一に考えたいと思います」
「では、しばらくはここに滞在するということね。シンもそれでいいかしら?」
シンはすぐにうなずいた。異存なんてあるわけがなかった。
「明日以降はゆっくり街を見物してくるといい。いろいろと目にしたいものがありそうだったからな」
そう言われ、シンは困った表情を浮かべた。
「あの、ラスティアはどうするの」
レリウスの言う通り、できればこの街を――エルダストリーの世界をじっくり見物してみたかった。だが、この世界に来て初めての街をいきなり一人で散策するというのはあまりにも心細かった。
「私は……祈りを、と」
「祈り?」
「あの場で死していった者たちへの、ですか」
レリウスが問うと、ラスティアは小さくうなずいた。
「今の私にその資格があるのかは疑問ですが」
「もう十分でしょう」
そうレリウスに言われ、ラスティアが驚いたように顔を上げる。
「ここへ来るまでの間中、眠っているとき以外ずっとそうしてきたはず。失礼ながら、微かに動く口の動きでそれとわかりました」
ラスティアが何かを唱えていた素振りなど、シンはまったく気づいていなかった。
いくら無関係な人たちとはいえ、あのような凄惨な現場を見ておきながら深く感じ入ることができない自分は、どこか欠落しているのかもしれない。
何もかもが非現実的すぎるせいだという言い訳じみた思いが、余計シンを複雑な気分にさせた。
「もう十分、彼らのエーテルはエルダの元へ還っております。体の復調を確認する意味でも、明日はシンとともに街へ行ってみては? ここはベルガーナ騎士団の管轄でもありますし」
「でも……」
「さすがに護衛をつけないわけには――と、言いたいところですが、街中であれば問題ないかと」
当然のように「護衛」や「騎士団」という言葉がやりとりされるため、いちいち聞くこともためらってしまう。
「そのベルガーナ騎士団っていうのは?」
やはり聞かずにはいられなかった。
「北方の国境線を守るアインズ王直属の騎士たちだ」レリウスが誇らしげに答えた。「ここからちょうど馬で半日足らずの距離にセイグリッドと呼ばれる砦を構え、北のレイブン、それに北東のバルデスに睨みをきかせている。この街にも常時二千ほどが駐屯していてな、ザナトスの警護兵と協働して街を守っているのさ」
「北のベルガーナ、西のロックバレル、南のイレース、この三つの騎士団がアインズの国境線を守る要とされているわ」ラスティアが補足するように言った。「数としてはそれぞれの騎士団につき三万程といわれているけれど、その強さやアインズ王に対する忠誠の高さは西方諸国に住まう者なら誰もが知るところよ」
「本来ならザナトスに駐屯しているベルガーナ騎士団に命じてすぐにでもオルタナへ向かいたいところですが、いくら事情が事情とはいえ王の許しもなく騎士団は動かせません。とまあ、ザナトスでは駐屯兵に加えベルガーナの騎士たちが常に巡回していますし、街中を出歩くくらいならまず問題はないでしょう。ラスティア様とシンが一緒なら、むしろ余計な人員は足手まといやも」
そう言って笑うレリウスに対し、シンはなんとも言えず、あいまいにうなずくことしかできなかった。
襲撃者たちを退けた〈力〉のことについては、ほとんどなにも話していなかった。
テラという得体の知れない鳥からいろいろ聞かされてはいたが、結局いまだ自分に何ができるかもわからなかったからだ。
『何事も理解するには、それにふさわしい時と状況というものがある』。そんなこと言い残して以来一度も姿を見せない鳥に、だんだんと腹が立ち始めていた。
ラスティアとレリウスから何度礼を言われても、自分が何をしたのか、どうやってあの襲撃者たちを退けのか、いまだによくわかっていない。もし再び襲われたとして、同じようなことができる保証などどこにもなかった。
「ラスティア様。オルタナに着いた後のことを考えれば、今が自由にできる最後の機会となるやもしれませんぞ」
シンがどう説明しようか考えあぐねているうちに、レリウスがぽつりと言った。
シンにはその言葉の意味が理解できなかったが、ラスティアには伝わったようだった。
「ありがとう」
一言そう言って頭を下げた。
「いえ。ですが今は、そんなことよりも――」
腕を組み直すようにしたレリウスが、一段と険しい表情を浮かべてみせた。
「食事はまだか! もう簡素なものでも構わんぞ!」
レリウスの呼びかけにより慌てた侍従が部屋に飛び込んできて、さらに大急ぎで準備が整えられたようだった。
そのすぐあと、シンたち三人は今までいた部屋よりさらに食堂の間へと案内された。
わざわざ給仕が引いてくれたその椅子に、シンはおっかなびっくり座った。
エルダストリーの物語に非常に良く似た世界であれば、〈辺境〉と呼ばれる地域でもなければ、ゲテモノ料理が出て来るようなことはないだろうとは思ってはいた。
実際シンがこれまでの道中食べていた保存食のようなものは、しっかり塩の効いた食べ応えのある干し肉や、少し硬くはあったが微かに小麦の香りのするパンだった。
むしろ、そうした食事の方が、シンにはありがたかったかもしれない。一人ひとりに給仕が付き、一皿ずつ料理が運ばれてくるという形式の晩餐に初めて参加したうえ、恐ろしく手が込んでいると思わしき料理に違う意味で手が出ない。
「口に合わないか?」というレリウスの気遣いに全力で首を振りながら、心配そうにこちらを眺めている二人の「美しいテーブルマナー」のお手本のような所作を真似して、スープをそっと口へと運ぶ。
その一口が落ち着きと空腹を思い出させてくれた。それはレリウスもラスティアも一緒だったようで、食器の触れ合う心地よい音が響く中、しばらく三人は黙々と食べ続けた。
(……いったい何を考えて、どういう気持ちでいるんだろう)
食事に集中するような素振りのまま、思わずにはいられなかった。
レリウスもラスティアも、襲撃者たちに対しときおり感情的な言動を垣間見せることはあっても、それも一瞬のことでしかなく、普段は何事もなかったかように自分と接してくれていた。
むしろシンには、こうして無言でいる二人の方が極めて自然に見えたのだった。
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