第4話「天に叫ぶ」
ラスティアを背負い、レリウスに先導されながら深い森の中を歩いていくと、やがて古い
近づくにつれ、シンが今まで嗅いだことのない、腐臭じみた匂いが漂ってくる。
そこには、目を疑うような光景が広がっていた。
うつ伏せのまま倒れ込んでいる者、虚ろな視線で空を見上げる者、膝をつき、剣を突き刺されたまま動かなくなっている者。
折り重なるように倒れている人、人、人……その全員が、絶命していた。それも直視できないほど、むごい姿で。
シンの喉元に胃液がこみ上げてくる。ラスティアを背負っていなければいとも簡単に吐き出してしまっていたかもしれない。こらえきれたのが不思議なくらいだった。
(こんな、こんなことって……)
人間どころか馬と思わしき動物まで何頭も倒れていた。激しい戦闘――命の奪い合いがあったことはシンでさえ容易に想像できた。
前を行くレリウスの背中は、何も語ろうとはしなかった。そのことが余計シンの心中を波立たせた。とめどなく沸き起こってくる得体の知れない恐怖を感じ、まるで地に足がつかなかった。だがそれと同じくらい、後ろに背負う少女のことが気になって仕方がなかった。
「……ここで、降ろしてもらえますか」
ラスティアがささやくように言った。シンは慌てて腰をかがめた。
立ち際ラスティアの身体が一瞬よろめいたが、シンが
「すみません」
ラスティアは蒼白な顔でシンに頭を下げると、レリウスに続いてよろよろと歩き出した。道に倒れている一人ひとりに顔を向けながら、一歩、また一歩と先へと進んでいく。
「あなたまでが、どうして……」
背中には深々と矢のようなものが突き刺さっている。ラスティアは少女のかたわらに膝をつくと、両腕に抱きかかえるようにしてその身を起した。
口元から一筋の血をこぼし、うつろな視線で空を見上げる少女の瞳には何も映し出されてはいなかった。うしろから眺めているだけのシンにさえ、それがわかった。
シンはふと、母親が死んだときのことを思い出した。この少女のように、半分開きかけの目で、閉じきれないその瞳で、あきらめきれない何かを求めるように虚空を見つめていた母親の姿を。
(いったい、ここはなんだ……何が起きてる)
「ラスティア様」
気遣うようなレリウスの声で、シンは我に返った。
「
ラスティアの声はか細く、そして震えていた
「それは違います」
レリウスが大きく首を横に振る。
「違う……? いいえ、違わないわ。ベイルと呼ばれていたあの男は、間違いなく私を狙っていた――」
「例えそうであったとしてもです!」レリウスが叫ぶ。「あなたが皆を殺したわけではない!」
当然シンには、ふたりのやりとりが、その激情の意味がまったく理解できない。それでも、自分のあずかり知らぬところで、何か、恐ろしい出来事が――自分が今まで見たことも聞いたこともないような何かが起きているということだけはわかった。
ラスティアはレリウスから目を背け、少女の瞳を優しくなぞるようにして閉じると、ゆっくり前方を見上げた。
その視線の先には、少女の姿を
大勢の人の死に気を取られまるで気づかなかったが、シンたちのいる道はそこだけ円形状に広がっており、中央の少女像を取り囲むような造りになっていた。
道中に設けられた祈りの場のような場所なのかもしれない。ラスティアの腕に抱かれている少女も、今思うとこの像に手を伸ばすかのように倒れていた。
「………エルダよ、私の声が聞こえますか」
震えるラスティアの声が、シンの耳に届いた。
「この光景が、あなたの目に届いていますか。あなたはなぜ、罪もない人々を――なぜ私に、このような試練ばかりお与えになるのですか」
血にまみれるのも構わず、ラスティアは少女の体を今まで以上にきつく抱きしめた。
「私には、父や姉のような力はない……偉大なる従士たちの血を引いていながら、『器』さえ授からなかった……なぜ私にだけ、人々を守る力を与えてくれなかったのですか! どうして……!」
「ラスティア様、どうか……」
レリウスはそれ以上の言葉をもたないようだった。見ているシンが胸を締め付けられそうになるほど悲痛な表情を浮かべ、押し黙る。
「――ないのに……用もないのになぜ創った……なぜ私をこの世に送り出した!」
翡翠の瞳に大粒の涙をにじませながら、ラスティアは叫んだ。
「応えろエルダ!」
エルダと呼ばれた像は相変わらず憂いを帯びた表情のまま、ただただ少女を見下ろすばかりだった。
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