- 秋 - 2学期 文化祭と体育祭
中だるみという言葉を教えるのは
元々締まってない生徒にとっては毒である。
誰だってたるんでしまいかねない季節なら
僕だってたるんでしまっても仕方ない。
そんな言い訳のレパートリーを授けられて
始まる2学期。
夏の続きのような日差しが注ぐ
放課後の校舎では連日
文化祭の準備が進められていた。
出店を出すのは3年生だけで
文化部を除いた1、2年生は
ただのお客さんでいられる文化祭。
夏休みが明けた3年生のクラスでは
もう半分以上の生徒は流石に受験モードで
授業中は勿論のこと休み時間でさえ
試合前のような緊張感が漂っていた。
そんな張り詰めた空気を打ち消す
唯一の憩いが
文化祭の準備を進める時間だった。
生徒数の多いこの学校の行事はどれも
その参加人数の規模に反して
なぜか盛り上がりが小さい。
そう感じるのは
中学の間感じていた強い強制力の反動と
人数が多いことで難易度が下がった
サボりやすさが原因かもしれない。
僕は行事の日はいつも
誰にも見つかることなく
旧校舎の一角で過ごしていた。
3回目の文化祭は
出店のテントが集まる中庭や
文化部の展示会場をふらふらと彷徨った。
浮かれている生徒達に溶け込むことができず
1人取り残された気分になる。
だからやっぱり行事は嫌いだと思った。
文化祭の終了間際
旧校舎の秘密の場所に向かった。
そこに行くのを最後まで避けた理由は
そこに彼女がいるのが分かったからだった。
旧校舎の入り口に差し掛かると
クラスTを着た姿の彼女が
ちょうど校舎から出てきた。
入れ違いのように喫煙室に向かう佐藤先生と
彼女がすれ違う。
彼女は先生に会釈をして
そのまま去っていった。
先生は少しぽつんっと立ち止まった後
すぐに旧校舎の中へと消えた。
1年生の文化祭当日の午後。
僕は旧校舎の屋上につながる階段の
最後の踊り場で
コンビニで買ったジュースやパンを
並べていた。
コンクリートの冷たさが快適な
少し埃っぽい秘密の空間で
スクールバッグを枕に
うたた寝していた。
外から聞こえる賑わいに
誰かが階段を登る足音が重なる。
学校指定内履きシューズの音から
先生ではないことに胸を撫で下ろす。
そして
全校生徒全員が同じ靴を履いていても
誰の足音かすぐに分かってしまうから
不思議だと思った。
上から2番目の踊り場に差し掛かった
彼女の背中に声を掛ける。
「ヒカリ」
びくっと驚いた後
「本当にいたんだ」と
なぜか少し引いた視線を向けてくる。
屋台で買ってきた焼きそばと
ベビーカステラをぶら下げた彼女が
僕のいる踊り場の1つ上の段に腰掛ける。
「球技大会の時はここにいたって
大谷くんに聞いた」
「だから会いにきた」までは言わない彼女。
僕も、来てくれて嬉しいとは伝えない。
僕らは毎日一緒にいた。
彼女が放課後の教室で
宿題と明日の予習を済ませる間
僕も宿題をするテイで自分の教室に残った。
( 実際はクラスメイトとふざけて過ごす
どうしようもない時間だったけど。 )
宿題に区切りを付けて
帰り支度を済ませた彼女が
僕のいる教室まで迎えに来る。
そして2人で歩いて帰る。
最寄駅までの20分じゃ段々物足りなくなり
いつしか最寄駅の1つ先の駅まで
遠回りをして帰るのが日課となった。
そして
それぞれ反対方向の電車で帰る僕たちは
なかなか電車に乗ることができず
人通りの少ない無人駅の待合室で
いつも遅くまで2人で過ごした。
1年生のこの頃はまだ付き合ったばかりで
好きなものや他の人には見せない素顔を
お互い交換し合うようにして過ごしていた。
踊り場でパンをかじる僕に
彼女はひと口だけ口にした
焼きそばを差し出す。
受け取った僕の両手が塞がった隙に
彼女は僕の紙パックのいちごオレを飲む。
いつもしっかりしている彼女が
飲み物を買い忘れた。
たったそれだけのことで
特別な一面を知れたようで嬉しくなる。
普段はクールな彼女が
意外とべたな恋愛作品が好きだと知った。
彼女に借りて初めて読んだ少女漫画は
好きな人の好きなものという
フィルターのせいか
僕ものめり込んでしまった。
僕が勧めた少しクセのある少年漫画や
学校では僕と大谷しか知らないバンドを
彼女も気にに入ってくれたのも
きっと同じような理由だと感じられた。
まるで2人だけでするババ抜きみたいだけど
あたりまえのように同じ気持ちが揃う毎日に
飽きることはなかった。
文化祭の終わりを告げるチャイムが鳴り
僕らも撤収する。
階段の1段先を降りていた僕は
食べ終わったゴミをまとめた袋を
彼女に持たせていることに気付き
手を差し伸べた。
彼女はゴミ袋の代わりに右手を差し出した。
別々の教室に戻る僕らは
旧校舎を出たところで手を離した。
「じゃ、またあとで」と
彼女は顔の近くで小さく手を振った。
僕は
ただそうしたかったからという理由だけで
彼女の手をもう一度ぎゅっと握った。
彼女の髪を赤く染めるオレンジの中
僕らの日々に新しい習慣が生まれた。
2年生の文化祭も僕らは2人で参加した。
その頃の僕たちは
いつもの駅の近くに公園を見つけて
駅の待合室よりもブランコで過ごすことが
増えていた。
学校が休みの日もカフェや映画に出掛けた。
この頃の僕たちは
トランプの手札が尽きた代わりに
2人で新しい景色を共にすることで
充実感を見出していた。
あまり人目に付きたくない僕たちは
彼女が行きたいと言った
演劇部の発表会で落ち合った。
暗い体育館の後ろの隅で
横に並んで観劇した。
その後は去年と同じ場所で
他愛もない話をした。
「大人になると大概、新しく恋をして
10代の時に好きだった人なんて忘れて
新しい人と結ばれる。
何かあった訳じゃないけど
最近、その目に見える統計がこわい。
私たちはだいじょうぶかなって。」
ずっと一緒にいられるということを
全く証明できない
無力さを突きつけられた僕は
ただ、おじけづくしかなかった。
「なんとかしてよ。」
と、彼女が意地悪に言う。
僕はふざけるアイディアしか浮かばず
「俺らは大丈夫。」と
少し真面目なトーンで振ってから
「名前が似てるから。」
と、わざとらしい笑顔を向けた。
呆れた様子の彼女に畳み掛ける。
「だから、たまには名前
呼んでほしいけどなー。」
付き合う前も付き合ってからも
彼女は僕の名前を
ほとんど呼んだことがない。
いつも気を引く時は「ねぇね」と呼ぶ。
それはそれで好きだったけれど
わざと名前を催促した時の
恥ずかしがる彼女も好きだった。
結局その時もはぐらかされたまま
終礼5分前の合図が鳴った。
手を引いて階段を下りながら
「ずっと一緒にいたいよ」って
伝えようと思ったら少し緊張した。
好きとか大事とかを
言葉で伝えない僕らには
似合わない気がした。
だけど
1番最初にその思いを示してくれた彼女に
いつかはお返しをしなきゃいけない。
と、いつも思っていた。
僕らの毎日を始めてくれた彼女に
感謝の気持ちと誠意を示そうと決心した。
階段を全部降りたところで
大きく息を吸った。
ちょうどその時
今は喫煙室になっている元理科室から
佐藤先生が出てきた。
「おう。不純異性行為か?」
タイミングを奪われたことも相まって
初めて嫌な担任だと思った。
彼女は咄嗟に
僕が持っていたゴミ袋を掲げて
「いえ、ボランティアです。」
と、おどけた。
「おう。ゴミ拾いか。」
彼女の上手な返しに
なぜかテンションが上がった様子の担任は
そのまま先に教室に戻った。
彼女は機転を効かせた自分自身が可笑しくて
笑っていた。
それだけでいいと思えた僕は
大人しく教室に戻ろうと歩き出す。
「ヒカル!またあとでね。」
勇気を振り絞りそびれた僕の代わりに
彼女は名前を呼んでくれた。
言わなくても伝わるからこそ
伝えなきゃいけないことがある。
伝えなくても全部分かってくれる彼女と
ずっと一緒にいたいって心の底から思った。
それでも僕は
今日も彼女の姿に見惚れるだけで
「じゃぁね」の形で固まった彼女の手を
ぎゅっと握りしめただけだった。
「100歳まで一緒にいよう」
そう伝える代わりに。
夏を取り戻したかのような暑さと
冬の冷たい風を繰り返す不安定な時期。
いつまでも横ばいな模試の成績に
不安を覚える人生最後の2学期。
集中しているというよりも
時間が足りないという焦燥感から
全員で大人しくそっと過ごす3年生の教室。
そんな生活の真ん中で体育祭が開かれた。
赤白のハチマキもないこの学校の運動会は
クラス対抗で行われる。
ルールはたったの2つで
1人最低1競技に
参加しなければならないこと。
それと、絶対に怪我しないこと。
カロリーの少ないこのイベントは
準備は特に必要なく、体育委員主導で
事前に誰がどの種目に出るかを決めるだけで
僕は毎年、玉入れにエントリーして
その日の午後には参加したことすら忘れて
旧校舎の例の涼しい場所で
ジャージのまま寛いだ。
達成感のない毎年恒例のイベントに
すっかり受験監獄の囚人となった3年N組は
最後の思い出を作ろうと
あえて積極的に参加して
思いきり羽目を外した。
運動部が少ないなりに
本気のメンバー選考で望んだ運動会は
男子100m選抜に臨んだ2人がワンツーで
ゴールテープを切ったのを皮切りに
全クラスで唯一優勝を目指して
盛り上がった。
面白選抜で臨んだムカデ競走も
まさかのぶっちぎりの1位で
速すぎるゴールに湧いてみんなで笑った。
最後の競技
全員参加の大玉転がしも
周りのクラスの進捗を見守る隙もないくらい
一生懸命に参加した。
終盤から点数が隠された得点ボードを
確認するまでもなくみんなで優勝に騒いだ。
閉会式で優勝チームが発表され
3年N組はどよめいた。
ずっと1位だったクラスは
最終的に逆転され2位という結果だった。
参加せずにグランドの日陰で見守っていた
僕は知っている。
3年N組の大玉は大盛り上がりで
元気の良さでは1位だったけれど
競技の成績はどう見ても最下位だった。
賞状授与のタイミングで
体育委員の代わりに前に出た
クラスイチのお調子者が全校の前で叫ぶ。
「受験本番は
1点差で泣かないようにしような!」
全校生徒の前で笑いを取った教え子を
遠くに眺めながら
同じく日陰に隠れていた担任も
頭に載せたタオルの隙間から笑顔を見せる。
2学期の途中から佐藤先生は
病欠や授業に現れないことが時々あった。
当事者全員にとって
いつもどこかが苦しいような季節。
受験生の葛藤も担任の憂鬱も
最後の体育祭のおかげで
少しだけ晴れた気がした。
高校生活最後の1年は
この体育祭を境にいよいよ終わりへと
向かっていくのが分かった。
残りは、ただ静かな冬が続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます