前編.最期の始まりの話

「ねぇミヤ、例の呪いのあの道、通ってみようと思うんだけど」

ハナは無駄に威勢がいいところがある。帰り道、秋の紅葉が綺麗だというのにミヤはげんなりする。

「ハナ危ないコトするのやめなよ~……。」

「そうだよ、ハナ。」

気弱そうに言葉を返したのはナオだ。可哀想に怯えている。すぐに私もナオの言葉に同意した。

私は呪いなんて信じていないけど、でも不審者が出る道だったらどうするのって思う。

そうなったら終わりじゃん、何されるかわからない。

もし噂の元がそんな話だったら、ハナだって危ない。そういうことを真剣にハナに話した。

「ミヤ弱気すぎでしょ~!だからイジメられちゃうんだって!」

馬鹿にしたように笑うハナ。その言葉を聞いて私は酷く腹を立てた。余りにデリカシーがないと思った。

ナオも「ハナちゃん、言いすぎだよ……」と進言してるけどハナはどうやら聞く気がなくなったようだ。

いつもこうだと思った。

危ないコトやめなよって注意するのに、ハナは絶対に聞こうとしないし、危ないコトをしないでって言う自分たちがちゃんと不安がるかを試してトモダチ関係を作っている気がした。

目を引きたいカマッテちゃんってやつだ、と思ったら更に腹がたってきて私はびっくりするようなことを言ってしまった。

「そんなに言うなら呪いの道通ってきてよ。呪われたら友達やめるからね」

そう言って私はナオの手を取って反対の道に曲がってしまう、ハナを置いて。何かハナが大声で言い返してたけど、もう知らない。勝手にすればいいんだ。


──その数日後ハナが死んじゃったって先生から聞いた。

私とナオは怯えた。私たちが止めなかったからハナは死んじゃったんだって。

だから警察に行くことにした。





城嶋裕治朗は不可解な事件を任されてうんざりしていた。

──事件?事件と呼べるかこんなもの。

独り言ちる城嶋裕治朗は書類をぱさりと一旦机の上に放り投げた。警察に持ち込まれたのならそれを事件と呼ぶしかないというのはあるかもしれないが、事件性があるかという点には疑問を抱かざるを得ないものだった。

城嶋は”報告書”を見る。

「通ると呪われる道、……ねぇ……。」

そんなものがあるのかと城嶋は一寸鼻白んでしまう。

しかもそれを持ち込んだのが中学生の女子二人となると──城嶋は頭が痛い。


──呪われたからハナは死んだ。

──あの道を通ったから。


確かに、死人は出ている。女子中学生が一人、謎の死を遂げている。それは確かに遺憾な事だ。だが、とも思う。呪いとかまじない類のことは凡そ立証が出来ず、事件として扱えないことの方が多いだろう。

ただ持ち込んだ当人らが事件性があるとするなら警察は一応、取り合わないといけない。

そしてそういった”奇怪な事件”は、”自分のところに舞い込んでくる”のだ。

なんでこうなったかなと考えるのも遠い昔の話でぼんやりしかけた頭を己でぴしゃりと叩いて城嶋は気合を入れた。

城嶋はこういった事件を扱うのが初めてではなかったし、そういった奇怪なものは”何故かこの世に存在する”と知っていた。

そしてそういった事の記事をやたらと取り扱うルポライターもどきの八弦清人という人物を即座に思いつく。

情報屋と呼ぶととても嫌そうにされるが、そういった奇怪なものやことに何故か詳しいのでとても頼りにしていた。

思いつけばすぐさまにスマホを取り出し連絡を取る。最近滅法年のせいか目が悪くなり、老眼鏡をかけて相手の連絡先をタップした。

「はい」

数コールで気怠そうな、シャンとしない――でもどこか通る声をした男性が通話に出た。間違いなく八弦であろう。電話先の主は話を持ち掛けると、電話先だというのに声を聴いただけで解るぐらいには嫌そうにしたがそれでも諾として自分と会うことになった。


──今思えばそれが間違いの始まりであったと後から城嶋は呆気なく後悔することになる。





面倒臭さと不機嫌さここに極まれり、といった様子の友人を見て葉平は苦笑いをするしかない。本日自分達は本来なら飯を食いにいこうと言っていたのだ。葉平の奢りで、である。

「寿司……」と未だ今日食べるはずであった物を言葉にして珈琲を啜る清人は怠そうに細い指でスマホを操作し、電源をオフにしたようだった。葉平は不思議に思って清人に尋ねる。

「電話くるんちゃうの?」

「ここで落ち合う約束をしといて、恋人同士でもない相手と必要以上に連絡を取る必要性があると思うか?それに」

「それに?」

──どうせ厄介ごとだ、と言った清人は着物の袖の中に腕を入れて目を閉じてしまう。ああ、瞑想という名の居眠りに入ってしまった、と相手の目の前の席で葉平は嘆息する。

さて、城嶋という男はどんな人物だろう。年配とは聞いているが自分は初めて会うので少し緊張している。

喫茶店店内にはお洒落なジャズが静かに鳴り響いている。

周りを見回せば静かに読書をしている人がいたり、教科書を隅に置いてレポート用紙に何か書き込んで勉強しているであろう学生がいたり。

各々それぞれの時間を静かに過ごしていて、清人もそれに倣ったのだろう。

そんな思考に耽るのにもってこいの場所で、葉平は更に物思いに耽ってしまう。清人へと仕事の相談であるなら自分は場違いでしかないだろうし、邪魔でしかないだろうに居ていいものなのだろうか。

――と、そこまで葉平が思ったところでカランカランとドアベルが鳴るのが聞こえた。

す、と葉平の視線は自然とそちらに投げられる。50代程だろうか、スーツを着た男性がきょろきょろと視線を席のあちこちに投げながら寄ってきた店員にあれこれ手振りを加えて説明している。

「……あの人じゃないか、清人」

何となく声を掛けてみるも、清人は「ん、」と短く返事をしただけで目を閉じたまま動こうとしない。出迎えろよ、とツッコミ入れつつ所在なく身じろぎすると、矢張り男性は店員に案内されこちらに歩いてくる。

人の良さが表れている笑い皺を目元に携えた男性は、葉平を見て一瞬不思議そうにするも、清人をすぐに見つけて安心したように声をかけてきた。

「よう、八弦。……どうも?」

そういってぺこ、と軽く頭を下げられると何も言わない清人に完全に拗ねてるじゃんと思いつつも葉平は愛想よく頭をさげておくことにした。

「……すみません、八弦さんの連れです。ちょい居合わせちゃったもので……あれでしたら俺別の席いっとくので」

そこまで言ったところで清人が急に口を開いて「いや、ここにいて良い」ときっぱり言い切ってしまう。こいつ……と思いながらも「あー、じゃあ清人の横に移動しますんでここ座ってください」と言って立ち上がると城嶋が眉尻下げて「すまんね、なんか邪魔したみたいだ」と言って葉平が退いたそこにどっこいしょと声をかけて城嶋が座った。

「城嶋です、そちらは……」

「佐古葉平です」

「佐古さん、……」

何処か探るような視線を寄越されるので何とも居心地が悪く、葉平は仕方なく財布から名刺入れを取り出す。必要であれば受け取るだろうとその一枚を差し出した。

すると城嶋と名乗った男は名刺を受け取った後に、更に不思議そうにした。それはそうだろう、と葉平は思った。自分の肩書はしがない会社専属のイラストレーターだ。その後城嶋自身も名刺を取り出して差し出される。

そこには警察署の名前と所属部署が書いてあり、相手が警察であることが解った。

「どうぞ、……自分は警官でして。とはいっても隅っこも隅の部署で働いてるのであまり固くならんでいただきたいが」

なんとなくこの値踏みするような視線の正体が知れてははあと葉平は納得してしまう。それにしたって清人がそれを全部説明してくれればいいのにしてくれないから困ったものだと葉平は思った。

「俺は清人の友人です、ただの。ちょっと飯食いに行く約束してたら、その……居合わせることになっただけなので」

簡単に経緯を説明すれば納得してくれたようだが、あちらも呆れて清人を見ている。暗に、説明してくれればいいのにと言っているかのようだ。コホンと城嶋が場の空気を変える為か咳払いした。何となく葉平も居ずまいを正す。清人は胡乱な目を城嶋に向けただけで終わった。

「まぁ、いいでしょう。――八弦、話なんだが……」

「おう、道がどうとかでしたね」

「そう、その道を通ると、呪われて死ぬんだそうだ。……何か知ってるか?」

「道を通ると呪われるなんていう胡散臭い話ってのは何処にでも転がってる。もっと情報を寄越してください、出し渋らずに……」

つんけんしてるなぁ、と冷や冷やしながら葉平は横で聞いている。が、矢張りというか葉平の存在に対して情報を出すのを渋っているようで、ほら見たことかと清人に進言しようと葉平は口を開きかけた。

ところが清人が被せるように言う。

「この佐古葉平という男は所謂”視える人間”だ。だから心配しなくていい、その道のプロだ。」

「おぉい!なんちゅうこというねん!」

言うに事欠いてそんな当てずっぽうを言うのかと思わず驚いて葉平は声に出してしまった。

「視える?幽霊とか~……そういうものがか?」

城嶋も変に思ったらしい、清人に対して曖昧に質問している。やばいこれは引くに引けなくなったのでは、と清人を見るとどこ吹く風といった態の本人は何も嘘は言っていないと顔に書いてあるかのような表情をしていた。それに対して城嶋はこれ以上の意味のなさない押し問答をしても無駄だと悟ったのか話を始める前に小脇に抱えていた数枚のファイルをテーブルの上で開いた。

「……八馬口花という女の子が、不審死をしている。検死結果では――」

ぴらと清人が写真を捲っている。葉平もちら、と見たが女子中学生の死体な上に解剖してあるような写真に見えたので慌てて視線を逸らした。

「――内臓が干からびて……臓器不全で死んだのではないか、とのことだ。」

その言葉に葉平はぎょっとする。内臓が生きたまま干からびた、ということだろうか。そんな死因があるのか?そこまで考えて清人を見ると、清人が続けて言葉を紡いだ。さもなんでもないことのように。

「ではないか、ということは解らなかったんですね死因が。……ふむ」

「まあ、そうなる。そしてまぁ……通報があった、というかな……」

城嶋は酷く言い難そうに不精髭を擦って首を傾げたり後ろ頭をかいたりしている。清人が助け舟を出すかのように言葉を続けた。

「”呪いの道を通ったからハナは死んだ”――とでも?」

「ああ、うん、そう、その通り。……いやぁ、参った参った。今日日、呪いだとか聞くとは思わなくてな。昭和の時代にはそういうイカサマもありはしたんだが」

「ああ、長い昔話はいいです。で、その道については何処か聞き出せなかったんですね」

「まあそうなる……若いのが追い返してしまった、適当にあしらって……」

困っているのか城嶋は一しきり参った、と口にしている。

「そうですね……まあツテを頼ってはみますがあてにはせんでください。俺らも忙しいので」

寿司食うだけやろ、とツッコもうかと思ったがぐっと葉平は耐えた。ただまあその良く分からないが――呪いの道、などにも葉平は行きたくなくて何と言って断ろうかと色々考えを巡らせていた。

「この佐古くんがどうにかしますよ、きっとね」

清人はさらっと言ってのけた。葉平は即座に自分も面子入りしてしまったことを悟ってがっくり項垂れる。




***



「なんで俺やねん!清人やったら霊能者とかの知り合いぐらいおるやろ……!」

「そこにはこれから行く。その後お前には何か奢ってもらう」

「えええ、巻き込んでおいて俺に奢らすの、えええ……」

清人はつかつかと歩いて行ってしまう。向かう先が何処か解らないものの、知った道を歩いているのは解る。この先に行けば木田晃朗という男のいる美容院を通り過ぎるだろう。

そう思っていると案の定木田のいる美容院の前に来て葉平だけは通り過ぎようとしたが清人がからんとドアベルを鳴らして入って行ってしまうので「おおい!一言!」と言いながら慌てて戻って後を追って美容院の中に入る。

え、木田に用事?木田ほど心霊系とかけ離れたやついないけど、と葉平は思いつつも清人の後ろで待っていると木田が矢張り呼ばれて不思議そうに出てくる。木田は美容師をしていて、金髪の今どきの若い青年だ。葉平がよく木田に髪を切ってもらっている。彼の腕は確かでよくお世話になるが、こういったことで世話になるのは初めてだ。

「なんすか、どうしたんすか、またケンカすか?」

「なんでやねん、ちゃうわ」

「呪いの道について何か聞いてないか、木田君のところには若い女性が来るであろ?」

「あー……そういうね。」

髪を切りにきたわけでもない自分達の用を理解したらしい木田は、一旦片手をあげてスタッフルームに下がっていくと店長と何か話したのかすぐに戻って来て葉平の背中を押しはじめた。どんどん外へと押し出されようとするので何、なんやと言うと木田が怠そうに言う。

「ちょっと外出てもらっていいすか、ここじゃなんなので」

「それ言うなら中に案内せん?」

「むちゃくちゃ邪魔っす、うす」

そう言われるとぐうの音も出なくなった葉平はそのまま押しやられて外に出る。清人も静かにそれに倣った。

外に出ると気だるげに首の後ろをさすった木田ははあ、とため息を吐いた後、だらっと立って言う。どうにもこの青年はいつも怠そうなのだ。目元も眠たげで、良く言えばアンニュイには見える。

「結論から言うとあるにはありますね、そういう噂」

「どの辺で、どういった噂があるかね」

「あーほら、この先ずーっと行くと住宅街に入るじゃないすか。そこに人しか通れない歩道のみの道路があるらしくて。なんでも昼間でも暗くて女の子は一人ではあんまり通らないってゆー……んで、そこ通ると呪われるって噂があるらしいっす」

案外あっさり見つかったな、と思って清人を葉平は見た。清人は一層表情を無くして何か考えている。

「……也鳴のところに行く」

「なるって……神主っていうあの子?」

「お、ナルちゃんに会うんすか。よろしく言っといてくださいよ」

じゃあ、と言って木田と別れた。葉平は木田とこういう話をしたことが初めてだったが、どうやら様子を伺うに清人は良くこういう話を木田としているらしい。慣れた様子で木田はさっさと店内に戻っていったのを見た後、歩き出してタクシーを捕まえる為に車道を見遣る清人に「なんでなるくんに会うん?順番逆ちゃう?」と聞くと清人が「念押しだよ、噂のね」と言って黙ってしまう。程なくして向こう側から来た車両に片手を上げてタクシーを捕まえると二人で乗り込む。

葉平は身体が大きいのでこういう乗り物に乗るとぎゅうぎゅうになってしまう。タクシーの運転手のおじさんに「お兄さん、大丈夫?」と聞かれて「慣れてます」と返す。

車窓の外が割と建物が徐々に無くなり、静かだなと思っていると大きな白い鳥居が見えた。

ついた、と思ってお金を払いタクシーを降りる。この辺タクシー捕まえるの難儀そうやなと思った葉平は念のため「すぐ戻るんでここいてもらっていいです?」と運転手に聞くといいよ、と声がかかる。良かった、と思いつつ清人の方を見ると清人は先に歩き出してしまっていた。慌てて後をついていくと、境内への階段を上り、箒で砂利の上をはわいている青年を見つける。実は葉平は也鳴と会ったことがない。清人の知り合いとして話を聞いていただけである。

近づいてくる人影に気付いた神矢也鳴という青年がこちらを呆けたように見てくる。「こんにちは」と声を掛けつつ少し視線を落として見遣ると、彼はかなり背が小さいようでこちらを首が痛そうなぐらい見上げて綺麗な二重の瞼をこれでもかと押し上げて丸い眼をこちらに向けてくる。

――す、すごい綺麗な子だな。

驚くほど顔が整っている、そう思ったと同時ぐらいに「で……っか……なんだ清人。巨人飼ってんの自慢しにでもきたのか」と鈴が転がるかのような美声で軽口叩く様子を見て、なるほど清人の友達って感じ、めっちゃ変な子だと納得してしまう。

「木田の――そんな嫌な顔をするな。木田のところで聞いた噂なんだが、呪いの道について、行っても問題ないところだと思うか?」

木田、と聞いた瞬間也鳴の顔が酷く歪んだので木田のことが苦手なのだろう。その後に続いた言葉については少し首を傾げた後「……いや?」と言った後少し黙って葉平と清人を透かすように見つめた。妙に何だか自分の知れないところまで見透かされてるような視線に居心地が悪くなりそわそわしたところで也鳴が口を開く。

「問題ないと思う。道だろう?道に何か取り憑いてる話は聞いたことがない――ただそこのでかいの。」

「佐古葉平だよ、覚えてね。」

でかいの呼びはあんまりだ、と思って思わず自己紹介してしまった。

「佐古葉平、お前、……よくわからないが気をつけろ?」

酷く困惑したかのような顔で也鳴がこちらを凝視している。居たたまれなくなっていると清人が口を開く。

「葉平は連れていかないほうがいいか?」

「……いや、道だろ?それは問題ないわ。ただ何かこう、物に気をつけろ」

「……視えないのか?」

「視えん。よくわからん。まあ清人がいれば大丈夫じゃないか?」

ふむ、と言った後しばらく境内を清人がうろうろと行ったり来たりするのを葉平は見ていたがタクシーのことが気になり「清人、タクシー待たせてるから行こうや」と言うと清人が渋るようにした後、再度ぼんやり葉平を見ている也鳴に食い下がるように尋ねた。

「今日行くのが問題なのか?日を改めれば問題ないか?」

「日を改めようが関係ないな。いつ行こうがそうなる。行くなら清人がついていないと駄目だ。」

「行かなければどうなる?」

「解らんが、どちらにせよ”障る”だろうな」

そう也鳴が言うと清人がまた黙った。

そして小さく分かった、と清人は言うと「也鳴、また世話になるかもしれない」と告げて也鳴と呼ばれた青年はそれを聞きしっかりと頷いた。

葉平は訳がわからなかったが、良くないことが起こるのか?と若干不安に思い始めていた。



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