第13話 歩道橋のキリスト

ベロニカの運転するアイアンはヨジャを乗せてウェストウェイに入った。街灯に照らされた煤けている茶色の建物が流れていく。ロンドンの街と比べると田舎町ではあるのだがこの周辺は荒れた都会から逃げてきたホームレスが多いので前方に注意を向け続けないと轢き殺してしまう可能性がある。


霧がもたらす水滴で少し道路の空気は冷えている。ベロニカはすぐ先にあるハンガーレーンを右に入ってハローズ制圧地域西入り口を目指す予定だ。


エンジン音が響くウェストウェイの歩道にはフラフラと歩く人影があちらこちらに蠢いている。遠くに見えるロンドンを囲む壁の一部は霧モヤの中に灯台の光がチカチカと点灯している。


前方にウエスタンアベニューの歩道橋が見えてきた。その時ベロニカはバイクのスピードを大幅に下げた。後部座席のヨジャが遠くを見てベロニカの腰を掴んだ。


前方の歩道に設置された二本の街灯に照らされている歩道橋の上に何かがいる。


その人間の姿はフェンスを超える六フィート(2メートル)ほどある。筋肉質で細身の体に下半身はボロきれをまとっているだけでウェーブのかかった長髪姿はまるでキリストのようだ。大柄な聖人の風貌にも関わらずフェンスに腕をかけて顎を乗せて野球観戦をするアメリカの子供のようにこちらをじっと見ている。


今走らせているバイクの元の持ち主であるカイルの持っていたメモにあった怪人種ブラウン生命力(バイタリティー)のイメージがベロニカの頭によぎった。ヨジャは怯えた声でベロニカの耳元で囁いた


「スピードを上げて通り過ぎた方がいいような気がする!止まらないでベロニカ」


ベロニカは黙ってスピードを上げたが歩道橋の前でまたスピードを下げてスピンをかけてバイクを急停止させた


バイクのアイドリングが周囲を震わせているなか。ベロニカとヨジャが見上げる先の歩道橋の上にいる男は髭を曲げニッコリと笑って橋を対向車線側向かって右方向に大股で優雅に歩いていく。


「なんで止まったの?ベロニカ!」


ベロニカは冷静にヨジャを諭した


「歩道橋の下を見てヨジャ」


前方の道路には血溜まりや死骸は見当たらないがアスファルトが大きく割れて砕けている。ヨジャはバイクを早く出せと言わんばかりに叫んだ


「歩道橋の下を通り過ぎたあたりで飛び掛かってくるとでもいうの?そんなことできる人間はいないわ」


ベロニカとヨジャは男の行方を追って歩道橋の先を見た


大男は突き当たりの立体的なスロープ階段を使わずに大きく跳躍して右の対向車線側にある家屋の屋根に着地したようだ。ヨジャが黙り込む。五秒ほどしてからベロニカはため息をついた


「どのみち割れた道路に引っ掛かっていたら転倒していたわ。化け物に見逃してもらって良かったじゃない」




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