第12話 マーカスジョナサン調剤薬局

午後七時四十五分 マーカスジョナサン調剤薬局前駐車場


[Marcas Jonatan Drug Party!!]


このロクでもない謳い文句の店よりも看板の電飾が煌めきに照らされたベロニカは金の枚数を数えていた。 この辺りはすでに人通りも少なく住宅街が集まる田舎町だ。街路樹と人気ひとけのない地域特有の青臭い匂いが涼しい夜風に乗って流れていた。


店はガラス張りのブティックのような外観だが透けて見える店内は昔ながらの薬局といった感じで待合用の席とカウンターだけがある。店の中で太ったメガネの青のネルシャツを着た店主がレジの奥にソファーを置いてふんぞり帰っている。


薬の箱に大きな目と腕だけがついたカートゥン人形が店の天井でふわふわと浮いているのをヨジャは見て眉間に皺を寄せた。


ヨジャは退屈凌ぎに腰を曲げてこれから自分のものになるバイクを眺めることにした。ベロニカが金を数えながら話し始めた。


「セントラルタワーマンズからハローズに入るための通行証はない銃や武器の所持もオッケー。なのだけどね検問をしている警備員にクスリを渡す必要がある」


ヨジャは頷いて照明に照らされた水面のようなガソリンタンクを撫でた。


「最初に提示した報酬が二十万ドルだったから、クスリは3万ドルくらいするってこと?」


ベロニカは金を数え終わってポケットに入れた。


「いや、金を数えていたのはね。帰りはセントラルタワーマンズ「イエロー」の高級タクシー特急を呼んで帰ろうと思っているだけよ。大金が入ったから贅沢しようと思ってさ」


ヨジャはタクシーに特急とついている意味がわからなかったのだが。バイクにまたがりハンドルを握って試乗し始めた。ベロニカが話を続ける。


「閉鎖されたロンドンの薬はピンキリでね。この店の店主の一度殺しの依頼を受けて完了したのだけど代金をもらわなかったから割引なのよ 三人分を千ドルで買える」


ヨジャがバイクに鍵が刺さってないことを確認してハンドルを回した。


「それで?薬を渡せばすんなり入れるの?」


ベロニカはガラス張りの店内を見てニッコリと笑って子供のように手を振った。ソファーに座っていた太ったメガネの店主がメガネを直して店の外に出ようとカウンターの横を通ろうとし始めたが少し手間取っている。普段は裏口から出ているのだろうか。裏口のドアの広さ次第だが。


「薬を渡した後は、自由にどこに行っても良いのだけど問題がある。ハローズには自警団とは違う意味で警備をしている人たちがいるの。検問所前にだけね。ハローズ人員削減軍とかいう名前だったと思う。要するに第二の検問所があるの」


ヨジャはバイクから降りて薬局の中を見た。


「要するにその人たちと戦うの?いや流石に無理なんじゃ」


ベロニカは店の店主がカウンター越しから中の椅子に乗っている薬の袋を持ち上げたのを確認した。そしてポケットから4枚の紙幣を出してヒラヒラとまわした。


「この時間にハローズに入るガソリンを入れた車の荷台(給油用のポンプ操作台)にスペースがあるからそこに乗ったあなたが第二の検問を突破したら私の仕事は終わり。後は農場の人気がある場所で求人に応募してくれれば助かる。入れ食いで内定になる仕組みになっているから大丈夫よ」


ヨジャが夜空を見上げた。突然見知らぬ世界に迷い込んで農場勤務は誰だって嫌だと思うのが当然のことだ。だがハローズの農場は殺し合いやホームレスとの遭遇はないことから閉鎖されたロンドンでは最も安全な世界だといえる(逃げ出さなければ)


「本当に世界の情勢が変わったら。いつかこの街を出られるのかな」


ベロニカは自動ドアを通って出てきた店主に金を渡して袋を受け取った。店主にニッコリとした笑みを浮かべて言葉をかける。


「割引分の返済残高三十万ドル割って二十八万ドル。またよろしくね」


店主もニッコリと笑って店内に戻っていった。


「さあね。でも死んだら終わりだから、生き延びるに越したことはないわ。ハイこれが、ガソリン屋に渡す分のクスリよ青色の袋。後で渡すわ」


ヨジャはバイクのタンデム(後部座席)に座った)


ベロニカは軍用リュックに薬を詰めてバイクにまたがりエンジンをかけた。


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