第21話特別なナニ―

「で、今頃のこのこ帰ってきたのか」


「そうだけど、あの時倒せなくって封印した厄介なメデューサを俺抜きでよく倒せたな」


「まあ、それはあれだ。子供たちと優秀なナニーの力のお陰だな」


「お前はなにしてたんだよ。アートンにどこぞの姫様助けに魔族を討伐しに行ったって聞いたぞ? 自分の子供を助けるのが先だろうが!」


「まあまあ、お前たちがいるから安心してたんだよ。確かに討伐に行って、助けたんだがな……。絶世の美女って聞いていたんだけど、なんか、違うって言うか。俺の好みじゃないっていうか?」


「ようするに、美女だとそそのかされて魔族討伐して助けたら、ロードの思ってたような女性じゃなかったと」


「まあ、そういうこと」


 私は黙ってロード様と二人の会話を聞いていた。うん。やっぱりサイテーだ。安定の最低である。ピンチの子供たちより顔も知らないお姫様を取るだなんて!


「で、俺、思ったんだよね。もうアクティブに運命の愛を探すのはやめようってね」


「う、うん?」


「わかったんだ。やっぱり一番いい女だったのはラナンだったって」


「え、お前、なに言って……」


 しかし戻ってきたのにはどうやらロード様になにかしら心境の変化があったらしい。『やっぱり一番』ってことは昔付き合っていた女性だろうか。隣で同じように聞いていたダンに小声で聞いてみた。


「ダン君……『ラナン』って誰か知ってる?」


「チコも知ってるでしょ? 聖女様だよ」


「ん?」


「上の兄の母親」


「まさか」


「親父の初めての奥さんだよ」


「離婚してるよね?」


「うん、そうだね」


「復縁……??」


「できるわけないじゃん。ムチャ言い出したなー、アイツ。アハハ」


「……」


 この場でロード様以外が氷点下な態度になったわけが分かった気がする。私だって、勇者と聖女の国を挙げての結婚にワクワクして、その後の離婚にショックを受けた一人である。もちろん原因はロード様の度重なる浮気に耐えられなくなった聖女様が三行半を突きつけたのだ。


 王女様のことは『聖女様』ってみんな呼ぶから名前を憶えてなかった……『ラナン』様だったのか……。


「ま、そういうことなんで、この屋敷に戻るわ。ええと……」


 どこでロード様が私に指をさした。


「チコです」


「そうだ、そうだ、そんな名前だった。お前を正式な我が家の専属ナニーとして契約し直したい」


「へっ?」


「この半年ほど、子供たちが機嫌よく過ごしていたのは知っている。よってナニーの契約を一年より延長したい」


「ま、待ってください。それは……」


 できないと言いたかったけれど、子供たちの視線にそれができなかった。後で二人で話してもらえないだろうか、とオロオロする。


「チコ、考えたんだが、いいんじゃないか?」


 そこで、アートン様が言った。私が工房に戻りたいことを知っているのにどういうことだろう。訝しげに見るとアートン様が続けた。


「ロードの子供たちにここまで対応できるナニーはチコだけだ。ふんぞり返って一年ごとに契約すればいいじゃないか。雇用形態も給与だって相談すればいい」


「一年契約?」


「一年でなくとも一定の期間で一旦話し合うことにすれば、仕事のやり方も変えれる。なにも雇われているからって、全ての条件を受け入れることはない」


「おお、ソレいいじゃないか。俺も思ってたんだよね、別に鍛冶仕事の修行をしながら子守もしちゃダメなのかって」


「でも、『二兎追うものは一兎をも得ず』と言いますし、そんな生半可な気持ちで大切な子供たちを預かるなんて」


「はは、俺たちなんて常に五、六兎追ってるぞ。比重の問題だよ。仕事に真摯に向き合うのは大切だけど、なにかを得るために全てを捨てないといけないってのはナンセンスだ。チコちゃんはタダのナニーじゃなくて、『勇者の子供の特別なナニー』なんだからさ」


 そこでずっと黙っていたダンが声をあげた。


「チコ、ナニーを辞める気だったの?」


 青い顔になったダンに慌てて弁解した。


「あの、元々私の父の骨折が治るまで外で働くつもりだったから」


 そこで、ルーフとマルタが私の服の裾を掴んでいることに気が付いた。


「やめないで、チコ」


「チコ……どっかいくの?」


 そ、そんな目で見られたら……。


「俺、もっと手伝うから」


 そんなことを言い出すダンの頭を撫でた。ずっと弟妹の世話ばかりで自分のことを犠牲にしてきたダン……。その姿がはかつての自分の姿と重なっていた。


 鍛冶仕事は逃げないし、父の工房だから融通が利くだろう。もともと火を使ってかねを叩くのはドライアドとして向いていないから、デザインから始めてもいいかもしれない。


 本当は父もその方がいいと思っていると知っていた。でも、ドアーフで生まれなかった劣等感があって、なにがなんでも同じように修業がしたかったのだ。意地を張りすぎていたのかもしれない。なにより先のことなんてわからないじゃないか。


「まだ契約も残ってるのに、心配し過ぎだよ。半年後にロード様にも父にも相談して決めるけど、ナニーの仕事を放りだしたりしないって誓う。ダン君もルーフもマルタもヒースも大好きなの。ずっと力になりたいと思ってるよ」


「チコ、どこにもいかない?」


「行くわけないじゃない」


 そう言うとマルタとルーフが抱き着いてきた。


「あうっ、チー、チコッ」


 その時、ベビーベッドにいたヒースが立ち上がり、私に手を広げた。


「ヒースがたった!」


「しかもしゃべった!」


 抱き着く二人をそのままにヒースを抱き上げる。出会った時よりずっと重くて大きくなったヒースが、ガバッとしがみついてきた。隣でその様子をハラハラしながらダンが支えてくれた。


「まるで子供の団子だな」


「なにが団子だ、お前の末っ子が初めて立って、しゃべったんだぞ、そこは感動しろよ」


 ロード様にエディ様が突っ込むけれど、あまりそれには興味がないようだ。


 自由過ぎる勇者に規格外の子供たち。


 普通のナニーとは違う。


 でもなにも普通である必要もない。


 勇者の子供のナニーなんて、特別で稀なもので比べようもないものだから。


 それから、『もう一度愛を取り戻す』とロード様が張り切りだし、城に通うのにこの屋敷に戻ってきた。アートン様もエディ様もこの屋敷を拠点に活動するらしい。


「なんだか毎日がカオスになってきたな……」


 そう思わないでもないけれど、今日も子供たちはかわいかった。


 それから半年後に無事にまた一年契約を延長した私は、父の工房のデザインを手掛けていく方向性でやっていくことにした。それならナニーのすき間時間にもできるし、ロード様に結構な額の給料をもらっているので懐も温かい。なにより父に『前から新しいデザインが必要だと思ってたんだ』と励まされたことが大きい。


 子供たちの成長は著しく、ナニーとして幸せな時間を過ごした。ロード様と聖女様のすったもんだもあったが、おおむね勇者ロード=フルド=コンラッドの屋敷は今日も平和である。













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元勇者は五児の父。即席ナニーは大忙し! 竹善 輪 @macaronijunkie

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