第19話大惨事

 昨晩ヒースの発作があってその朝は少し眠かった。


 一度済ますとしばらくは発作が起きないので私もアートン様もエディ様もすっかり大丈夫だと思っていた。調べものをするというアートン様ともう少し寝るというエディ様は自分たちの部屋で過ごしていた。


「あさごはんーっ」


「ルーフ、ちゃんとフォーク用意してね」


「ルーにいたん、あしをゆらさないで」


「うー……うるさいなぁ」


「アートンさんとエディさんは?」


「今日は昼食からでいいって。部屋に籠っちゃったよ」


 そうは言っても昨晩ヒースを寝かしつけた後に、二人がお腹が空いたと言い出したから夜食を作って食べさせたけどね。


「ふーん」


「さあさあ、食事にしよう。ダン君は野菜スープと、パンは何枚?」


「三枚!」


「りょーかい」


 ダンのパンの枚数を聞いて、スープを温めるためにヒースをベビーベッドに寝かして台所に行った時だった。


 ブーッ。


「え、なに? おなら? もう、ヒースったら……」


 ベビーベッドから音が聞こえてダンがのぞき込んで様子を見ている。


 ブーッ、ブーッ、


「チコ、おならじゃない。ヒースが唇を震わせてる、けど……なんか、様子が」


「えっ……」


 急いで見に行くとヒースのお腹のあたりがほんのり温かくなっていた。いつもゲップが続いたりすると発作が起きるのだが、このパターンは初めてだった。


「昨夜発作がおきたばかりなのに」


「また発作なら危ないし、アートンさんのところに連れて行くよ。チコ、ルーフとマルタをお願い」


「う、うん」


 ダンがヒースを抱き上げて二人のところへ連れて行ってくれる。瞬間移動できるダンに任せた方が早い。すぐにひゅん、とダンがヒースを連れて消えた。


 ごおおおんっ


 しばらくすると台所の窓から見える屋敷の端から炎が上がっていた。あそこはアートン様とエディ様の部屋がある場所だった。


「おやしき、ゆれたね?」


「じしんか?」


「……多分、ヒースが火を吹いたんじゃないかな」


 音と揺れ的にはずいぶん抑えられてきた感じだ。きっと三人が上手くヒースの炎を抑え込んでくれるだろう。


「オレ、おなかすいた」


「マルタも」


「……先にご飯食べておこうか」


 すでに焼いてあったお肉をルーフに与えて、海藻スープをマルタに渡す。ヒースの発作の光景にも慣れたようで二人は平然と食事をした。私もダンが戻ってきたらすぐ食べられるようにスープを温め、ヒースのミルクと最近始めた離乳食を用意した。


「……にいちゃんおそいね」


 肉を食べ終えたルーフのつぶやきに同意だ。すっかり食事の用意が済んでもダンは食卓に現れない。


「どうしたんだろう」


 そこで心配になってもう一度私が窓を覗いていると、同じようにルーフとマルタも隣に見にきた。


「なにあれ……」


「くろいけむりでてる」


「マルタ、なんかイヤなかんじがする」


 敏感なマルタが眉をよせて言うと、ぱっとヒースを抱いたダンが現れた。


「ど、どうしたの?」


「魔法陣を描くから、みんなで移動して逃げるんだ。チコ、ヒース抱っこして」


 ダンから預かったヒースは先ほど火を吹いただろうに、もう天使モードになっていた。


「にいちゃん、どこいくの?」


 いそいで屋敷から出ると広場でダンが魔法陣を描いた。


「説明している暇がない。アートンさんとエディさんが抑え込んでいるから今のうちに!」


 切羽詰まるダンに危機を感じた私たちは彼の言う通りに魔法陣にのることにする。


「よし、乗って!」


「わ、わかった!」


 ヒースを抱っこしたま魔法陣にのると隣にいたルーフが叫んだ。


「ぎゃあああっ、足が! 足が!」


 見るとルーフの足に下から湧き出たうねうねした緑のものが絡みついていた。


 な、なに、アレ!


「くそっ」


 それを見たダンが詠唱を止めてルーフの足に絡んでいるものを魔法で燃やした。


 キイイイイイイイッ……


 声を立てて消えていく緑のうねうね……しかし次々に下から湧いてくる。魔法陣にのっていられなくなった私たちはダンと一緒にその場から離れた。


「あ、あれは!?」


「メデューサが呼び出した蛇だよ! 親父のコレクション部屋をヒースが丸焦げにして、かつて魔王の部下だったメデューサを封印していた玉が割れちゃったんだ!」


「え、ええええっ」


 たしかロード様のコレクション部屋は大した魔法もかけられずに放っておかれていた。一応危ないものがあるからと二人の部屋の方に移動していたのだが、そこをヒースが燃やしてしまったのか……。


 メデューサというのは魔王軍の幹部の一人だった私でも知っている超有名モンスターである。髪の毛が無数の蛇で目が合うと石化してしてしまうという。


「なんだ、へびだったのか。じゃあオレ、やっつけていい?」


「ルーフ、ほどほどでいいぞ。湧き出てきてキリがないから」


「わかった!」


 足を掴まれて一瞬混乱したルーフだが、正体が分かると怖くないらしい。それどころか目をキラキラさせて下から湧いてくる蛇をやっつけ始めた。


「あはは、たのしいぞ、これ」


「時間稼ぎになるか……本体のメデューサは今アートン様とエディ様が戦っている。二人がやっつけてくれれば蛇も湧いてこないから、それまで頑張れば……」


「でも、勇者パーティが現役の時にてこずったから玉に封印したんじゃないの?」


 真面目に答えるとダンが黙った。『ダヨネ~』とどこかから声が聞こえてきそうに思えた。

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