第18話人魚の歌声

 それからも数度ヒースは発作を起こして火を吐いた。しかし、それもだんだんと威力を押えられるようになってきた。普通のドラゴンは(ランプくらいの火らしいし)そうやって体内で炎を作るコツを掴んでいくようだ。


 ヒースの発作に備える私たちもだんだんと慣れてきて、発作が起こる前兆が分かるようになってきていた。大抵変な音のゲップをし出すのだ。


「チコ、あそんでくれない」


「オレもそとでいっしょにあそびたい」


 そんなヒースにつきっきりになっていたのでルーフとマルタがふくれっ面で抗議してきた。仕方がないのは分かっているようだが、我慢ならないようだ。でも今は湖に連れて行くことも外で遊ばせることもできない。もう少しヒースの発作が収まるまでは屋敷から出ないようにアートン様に言われているのだ。アートン様の魔法がかかってない外で発作が起きたら、焼け野原になるかもしれないものね。


「うーん、だったらお歌を歌うって言うのはどう? 楽しいよ?」


「うた?」


「オレ、きょうみない」


 マルタは私の提案に興味津々だったが、ルーフは逆に私の背中にくっついて丸まってしまった。私が知っている歌をマルタに教えるとすぐに覚えたマルタが歌い始めた。ドライアドに伝わる簡単なまじない歌だ。


「マルタ、いい声だね~」


 さすが人魚だからか(その歌は人を惑わすという)透き通ったかわいい声だった。


 ん……?


「マルタ、ちょっと止めてくれる?」


 私は慌てて機嫌よく歌うマルタの歌を止めた。


「どうかしたの?」


 首をかしげるマルタは可愛いが、気づけば部屋の様子がおかしい。背中にいるルーフは深く寝息を立てていて揺らしても起きない。ソファで本を読んでいたダンもいつの間にか眠っていた。ベビーベッドのヒースはどっちみち寝ていたのでわからないけれど……。


 バタン……。


 その時応接間のドアが開いて、目の下を暗くしたアートン様が入ってきた。目が血走っていて怖い……。


「やっぱり……眠りの歌を歌ったな」


 絞り出すような声で言われて、ハッとした。


「えっ? ま、まさか」


「ドライアドのまじないの歌だな? 急いで目覚めの歌を歌わせてくれ……マルタが歌うと魔力のせいでとんでもない効果になってしまう……」


「ひいいいっ、マ、マルタ!」


 私は慌ててマルタに目覚めの歌を教えた。簡単だけどすぐ覚えてしまうマルタにまた感心してしまう。


「もう、おうた、うたってい?」


「こんどはおもいきり歌っていいよ」


「うん」


 マルタが歌を歌い出すと、ダンとルーフが目を覚ました。アートン様が首を振ってから私とマルタのところへきた。


「マルタが歌うととんでもなく魔力が籠った歌になるから、教えるなら魔力がのらない歌にしてくれ」


 かつてない迫力で言われてたじろいてしまう。


「こ、こんなに効果が上がるなんて思わなくて……私が歌ってもせいぜい欠伸が出るくらいの歌なんです……」


 目が血走るアートン様が怖くて言い訳をしてみる。ちなみについになる目覚めの歌もちょっとすっきりするくらいだ。やっぱりマルタも規格外なのだ……気を付けないと。


「みんなねちゃうんだ……」


 しかしみんなが寝てしまうのが楽しいマルタは、それから時々みんなを寝かしては面白がるようになってしまった。


「うふふ~、おきてるのマルタとチコだけ」


 その歌は私には効果が無いので、マルタは余計面白いようだ。


「悪い子はおやつ抜きにするよ」


 私の言葉にその場は反省したマルタだが、ルーフと喧嘩したり、ダンに叱られるとまた歌い出す。


 しかし、やられっぱなしで終わらないのが勇者の関係者たちである。初めはころっと眠らされていたみんなだが、早々に魔法防御を行うようになり歌声にも平気になってしまった。一番の被害者だったエディ様もマルタが歌い出してもほっぺをつねるまでに平気になった。


「むう……ほかのおうたおしえてよう。ドライアドのおうたがいい」


 かわいい顔にほだされそうになるが、効果がありすぎるので危険である。知っててこんなお願いをするマルタ、恐るべし四歳。


「ダメ。ちがう歌を教えてあげるから」


「ちぇっ……」


「……」


 だんだんとマルタが小悪魔な性格を隠し持っていたことに気づいた出来事であった。


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