第16話ナニー失格
「本当に申し訳ありません」
私はことの次第をアートン様とエディ様に話した。自分の仕事への認識の甘さを詫びなければならないと思ったからだ。二人は頭を下げた私に顔を見合わせていた。
「チコの部屋のことは子供たちから相談されて、私がしたことだ。だから、チコが気に病むことじゃない」
「家族のように思っているんだから、今更距離を置いたらかわいそうじゃないか?」
「でも、私の部屋を用意されるのは困ります。私はナニーとして雇われてここにいます。経験もない未熟者で、いずれはちゃんとした方を雇うべきです」
「今までここで雇われたロードを好きになっちゃう子守たちに比べたら君はずっと立派じゃないか」
「エディ、そうじゃない。チコは親父さんの指が治ったら工房で修業するつもりなんだよ」
「え? そうなの?」
「一年分の給料はロード様から頂いていますので、解雇されることがなければ仕事を全うするつもりです」
「あんなに懐いてる三人を見捨てるの?」
「そういうつもりじゃ……」
「言い方が悪いぞ、チコは十分子供たちによくしてくれてる。彼女にだって描いている未来があるんだ」
「いや、だって、お前だってわかってるだろう? こんなに子供たちが懐いているんだぞ?」
「見捨てるとか! ……そんなこと思ってません。ただ、私は正式なナニーではありません。成り行きで引き受けましたが、子供たちにちゃんと接しているか自分ではわかりません。それに、ものを作るのが好きなんです。その夢も諦めたくありません」
私がそう言うとエディ様が『真面目だなぁ』とつぶやいた。
「この先、ロードがどこぞの女を妻として連れ帰ってくるとチコが解雇される可能性もあるしな。私はチコがこのままナニーをしてくれると安心だが、ここはロードの家で、雇っているのもロードだ」
「そりゃそうだけどさ。ま、急に全部決める必要はないし、部屋はチコちゃんのために整えたんだし、あんまりそう、かしこまって考えることないんじゃないか? まだ見ぬ今後のナニーたちのために部屋を作るんだったら、今いるチコちゃんの部屋を作った方が建設的ってだけじゃないか」
「それでいいのですか?」
「いいだろ。はい、この話はおしまい。あんまりきっちり決めたって思い通りに行かないのが人生だ。チコちゃんがいつまでもここにいられないっていうのは少しずつ教えていけばいいんじゃないか?」
「はい」
……思ってたけどエディ様はかなり楽天家だな。でもいきなりナニーを辞めるわけでもないし、雇用期間はまだ半分ある。おいおい考えればいいのかも。私だって子供たちには愛情を感じているから無責任なことはしたくない。
かわいいんだよなぁ……。
でも、父の工房で修業して、いずれその技術を習得するのは小さい頃からの夢であり目標だ。これからは防具や武具だけでなく家庭用の包丁なども手掛けたいと思うのだ。それに、もっと機能性だけでなく、美しさも加えてみたい。
ずっと小さい頃から見てきた父の仕事。その手からは魔法のように素晴らしいものが創造されていっていた。いつか、私も。
弟たちとは違って私はドライアドで、鍛冶仕事が向いていないのは分かっている。でも……やってみたいのだ。
ナニーの契約は一年だ。父が前借しているのだから間違いない。きっとそのこともあってロード様は次の母親を探しているのだろう。
小さいとはいえ、みんな賢い子たち……。
私の方が離れたくなくなっている気がする。
子供たちが改装してくれた部屋の中で、くすぐったい気持ちと少し寂しい気持ちが入り混じって、ため息がでた。
「さて、夕食の用意でもしよう」
アートン様とエディ様に話があるからとヒースをダンに見てもらっていた。早く戻って代わらないと。足早に廊下を急ぐと、ヒースの大きな泣き声が聞こえてきた。
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