第15話屋敷の大改装5
「おお、前よりなんていうか、居心地の良さを感じるな」
リフォームの終えた屋敷は、外観も屋根の色を変えたせいか以前とは全く違った屋敷に見えた。なぜか骨折して大して手伝えなかった父が先頭に立ってウンウン頷きながらそんな言葉を言った。誰も気づいていないからいいけど、立役者みたいに見えてちょっと恥ずかしい。そっと後ろに下がらせようと腕を引くと父が骨折してない方の手で私の頭をワシャワシャした。
「ごめんな、チコ。お前の雇用期間が終わる頃には工房も再開できるからな」
「うん」
それは待ちに待った嬉しい言葉であったはずなのに、なぜか喜べなかった。
***
「わーっ!オレのへやああっ、チコ、チコ、みてくれ!」
ルーフが興奮して手を引いてくる。屋敷の壁は例の二部屋を除いて全て水色の氷の魔法がかかった壁になっていた。これでヒースが火を吹いても壁が冷気で吹き消してくれるという。水の魔法の壁を氷に変えてしまったので、マルタが息がしづらくなるのではないかと思ったら、そもそもマルタは誰に教えられることもなく人型になったときは、自分の魔力で体の表面に膜を張っているらしい。そんなことができるのはやっぱり勇者の子であるからだそうだ。
「マルタもっ、マルタもっ」
最近は自分から人型になるマルタも大興奮だ。アートン様の助言で家具も入れ替えたので、全く違う屋敷だと言ってもわからないだろう。しかし、持ち主不在でこんなことをしてよかったのだろうか。
「ロード様はまだお帰りにならないのですか?」
アートン様に聞くと、彼は目をつぶった。いや、何があったのよ。
「ロードはなんか、頼まれて今一人で討伐してるんだよ」
代わりにエディ様が答えてくれた。
「討伐……?」
「魔族の生き残りがどっかの国のお姫様を攫ったらしい。ホイホイ助けに行ったらしいから、来週あたりに新しい嫁がくるかもな」
「あらー……」
戻ってくるのを喜んでいいやら悪いやら。一応ロード様の部屋の隣には奥様の部屋が作られているので、いつきていただいても構わない。そうなるとサーラ様はこないかもなぁ……。
浮かない顔をしているとダンがキュッと手をにぎってきた。
「大丈夫だ。強烈な女だったら俺が追い出してやるから」
「い、いやいやいやいや、ナニーの私がそんなこと考えてないから! 新しいお母さんがきても仲良くしようね。サーラ様がヒースに会いにこれなくなったら嫌だなって思っただけだから」
「……チコ、なんかサーラ様を繊細なお姫様と勘違いしているっぽいけど、あの人が一番母親の中で激しい人だからね」
「ひいっ。そ、そうなの?」
「そもそもサーラ様と親父が付き合っていたのはマルタの母親が湖に帰ってからだから。お互い会ったこともないし、罪悪感だけあるだろうけど、ルースの母親と屋敷で会ったときなんて、ののしり合うわ、ひっかき合うわ、しまいにはサーラ様火を吹いたからね。きっとチコが親父にちょっとでも気があるそぶりがあったら城で酷い目にあっていたはずだよ」
「お、おそろしい……」
よ、よかったああ! 女としての魅力が少なくて! アートン様はこれを知っていてバッティングさせるなって言ったのか。
「それより、サプライズがあるんだ」
「サプライズ?」
「こっち、こっち」
ダンに手を引かれて歩く。いつの間にかニコニコ顔のルースとマルタも後ろから付いてきていた。
「あれ、ここは……」
たしか、物置だった部屋だ。
「ちゃんと窓もバルコニーもつけてもらったんだよ。チコは日光に当たる必要があるからな」
「べっどとカーテンはマルタがえらんだの」
「オレ、みみそうじしやすいような、おっきいソファがいいっていった!」
そこは、子供たちの部屋のすぐそばにある物置にされていた場所だった。今では内装を綺麗に整えられて、窓とバルコニーまでつけられている。ダンが『日光』というように窓が他の部屋に比べても異様に大きい。まるで私専用の部屋じゃない。これじゃあ、他のナニーさんがきた時にどうするつもりなのだろう……。
「気に入った? チコの部屋だよ? チコが俺たちの部屋をちゃんと考えてくれたから、俺たち三人でどうするか考えたんだ」
ダンが誇らしそうに言うのを見て胸が熱くなった。そんなに私のことを受け入れてくれていたんだ。
でも、仕事と、これは……。
ちゃんと子供たちに教えなければならないだろう。でも、こんなにキラキラした目で見られて、今水を差すようなことではないと思った。
「みんなで考えてくれたんだね。嬉しいよ。ありがとう」
私がお礼を言うとパアア、と三人が笑顔になった。私が三人を世話するのは『仕事』だからだ。ロード様のお友達のアートン様やエディ様とは違う。雇われているということをちゃんと教えておかなければならなかったんだ。初めから一線を引いて名前も『様』とか付けて呼ばないといけなかったのに。
今更ながら自分の未熟さに後悔した。三人が用意してくれた部屋はとても嬉しかったけれど、使用人としての考えが甘かったと胸が痛んだ。
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