第11話屋敷の大改装1

「おい、お前がドライアドのナニーか?」


 その声で顔を上げると、光が眩しくて問いかけてきた人物がよく見えなかった。


「ええと、そうです。チコと申します。……あなたは?」


 隣でルーフが私の背中にくっついて寝ていて、反対側にはダンが寝ている。すぐそばのベビーベッドにはヒースが寝ていた。


 普通なら侵入者に構えるところだが、ここは勇者の家の最強の保護魔法の中の屋敷である。ここに入ってこられる人は限られていた。


「私の名はアートン=ノウゼットだ」


「あ……大魔術師様ですか。おはようございます」


 ルーフのしっぽを挟まないように正座して、目をこするとようやく相手の顔が認識できた。真っ黒の艶やかな長い髪。これまた美形の大魔術師アートン様であった。


「ずいぶん……子どもたちが懐いているのだな」


「……初めまして。鍛冶職人のカーネリー家からきましたチコです。昨日ヒースのお母様のサーラ様のところに行ったのでみんな疲れて寝てしまっています。今、お茶をいれますね」


「ああ」


 のろのろ立ち上がって、キッチンに向かうとお湯を沸かしてお茶を用意した。


 この屋敷にきてから美形しか見ていない気がする。


 アートン様にお茶を出す頃にはしゃっきりと目が覚めていた。しかし、訪れてくるならもうちょっと、呼び鈴鳴らすとか、ドアを叩くとか、無かったのだろうか。まるで勝手に合鍵を作った姑みたいでホラーだ。


 そんなことを想いながらお茶を出したからか、アートン様はカップを口に運びながら私に謝罪した。


「急に入ってしまってすまない。ダンから話は聞いていたが、そろそろ音を上げていなくなっているかと思ったんだ。この子たちは気難しいから」


「ダン君がサポートしてくれるので、何とかやってます」


「そうか。気に入られたんだな」


「私はロード様と揉めないちょうどいい存在なのでしょう」


「しかし、男性体を選べば即ロードに追い出されるぞ」


「将来は女性体を選ぶ予定です」


「なるほど、ロードはそれで君を家に入れることを許したのか」


「今日は子供たちの様子を見に?」


「ああ」


 足元でまだすうすう寝ている子供たちを見るアートン様の眼差しは優しい。ダンもルーフも慕っているらしいし、きっとよくしてくれているのだろう。


「なにか、困ったことはないか? ずいぶん家の中は綺麗になっているが」


「あ……あの、少しご相談が」


「相談?」


 私はアートン様に屋敷の改装の話を相談した。もちろん後で子供たちの意見も聞くつもりだ。話がまとまれば家主であるロード様に提案しようと思う。


「屋敷の改装か……」


「雰囲気が変われば、少なくともヒースのお母様はここへ訪れやすいと思います。それに口では言いませんが、ダンもルーフもマルタだってお母様に会いたいのではないでしょうか」


「ロードのバカのせいでこの家はいつも修羅場だったからな……。他の子供たちが母親に会いたいかはまあ置いておいて、ヒースに母親は必要だな」


「ええと、やっぱりダンたちのお母様もその……」


「いずれも指折りの美女だが、みな個性的で強烈だぞ。もしも屋敷の改装ができて彼女らを招待したくなっても、決してバッティングさせない方がいいと忠告しておく」


「ひえっ」


「しかし、チコが子供のことを考えてくれる素晴らしいナニーだということはこの美味しいお茶と、清潔で整頓された部屋と、子供たちの様子で分かった」


「……はあ」


「屋敷の大改装、しようじゃないか。よし各子供たちの部屋も作って、快適な空間にしよう。さっそくみんなで考えて設計図を作ろう」


「え、でもロード様に許可を」


「ロードのため込んだコレクションの部屋が厄介だが、それ以外は許可はいらんだろう。興味もないだろうしな」


「そ、そうなのですか」


「で、朝食はまだなのかい?」


「ええと、すぐに用意します」


 すぐにパンとハム、チーズを使って簡単なサンドイッチを作った。アートン様は人族だから、肉も野菜もバランスよく食べるのだろう。


「お、おいしい……」


 そうしてダンに食べさせようと思っていた野菜スープと共に出すとアートン様は大喜びでそれを食べた。どうやら私の用意した朝食はお気に召したようだった。






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