第6話 ナニー合格

 ノノッコ退治に一週間。その間、ノノッコをやっつけることを使命とし、そのことばかりで頭がいっぱいだった。だから、気づいていなかった。子どもたちだけを置いて出て行ったロード様が一度も家に帰ってこなかったことを。


「だー!! ダメじゃん! ロード様、子ども置いて帰ってこないじゃん! 心配くらいするとかさ!」


「チコ。あのクソ親父は俺たちの生命力を感じられるから、なにかあったらすっ飛んで帰ってくるの。逆になんにもなかったら帰ってこない」


「え」


「こんだけ帰ってこないってことは、俺たちが機嫌よく過ごしているのが分かってるんだよ」


「……へえ。すごいんだね……」


 勇者って一般人とこんなにかけ離れているのか、驚きである。と、するとピンチのときは駆けつけてくれるのか。ちょっと安心した。


「それに、俺、毎日、アートンさんに課題提出してるから。それが滞ったらアートンさんが飛んでくる」


「そ、そうなの?」


「うん」


 子どもたちが健康でご飯も食べてたらそれで大丈夫ってことなのか。一応、ちゃんと心配してるならいいけど。


「ノノッコも退治出来たみたいだし、家に一度帰ろうかな……」


「え、チコ、かえっちゃうの?」


 さっきまでソファで丸まっていたルーフがピクリと耳を動かしてから私の方を窺った。


「え、だってさ。私、住み込みも決まってない試用期間だし」


「チコ、いいにおいなんだもん。いっしょにねてよ」


 ルーフは私のところへ駆け寄ってくるとシャツを掴む。耳がへにゃりとして、か、かわいい……。


「そんなこと言っても、荷物も持ってきてないの。このまま着の身着のままは……」


 服はダンが清浄魔法を毎日かけてくれたけど、同じものを着っぱなしだった。いくらなんでも、私だって年頃の女の子だから。


「ここにすんでよぉ~!」


「今まできた女の人はクソ親父の女癖が発覚するまでは、この家にしがみつくのに……まさか、チコが帰るって言うなんて」


「いや、それはロード様を狙ってきてるからじゃん」


「! チコは狙わないんだ!」


「当たり前でしょ!」


 狙いたくなったとしても狙えないんだよ! 私の魅力ではロード様は歯牙にもかからないようだからね!


「とにかく、住むっていったって、ほら、荷物とか……」



 ピンポーン



「あ、なんか、きた」


「なんの音? このタイミングとか、ありえない感じなんだけども」


「チコ! チコの家からだ!」


「ちょ、まて! タイミングがよすぎる! 怖すぎる! つ、通信機!」


 ものすごいタイミングで勢いよく私の荷物が届いた。ドゴンドゴンと部屋に詰まれる私の私物が入ったであろう箱……。


『あー、チコか? さっき、ロード様からこの先一年分の給料貰ったわ。 やったなあ! お前ならやれると思った! 正式にナニーとして雇ってくれるそうだ! とーちゃんは、色気のない……ゴホッ、ゴホゴホ……仕事を認められたお前が誇らしい! ありがとう! チコ!』


『え? え?  どういうこと!?』


『お前は子供たちのナニーとして合格だってこと! ロード様が正式にお前を住み込みで雇ったんだよ。荷物も全部送ってくれたからな。本当にいい娘を紹介して貰って良かったってよ!』


『……』


「チコー! いっしょにすめんのか? わーい!」


「クソ親父にしては良い対応だな!」


「……」


 って、あれ? 給料一年分、貰っちゃったってこと? 


 こうして私はここから逃げることもできなくなったことを悟った。まあ、喜ぶダンとルーフを見てると、仕方ないか、と思い直した。


「ところで、ダンもルーフも学校は?」


「ああ。魔力とか規格外で危ないからコントロールつくまではここでアートンさんの課題をするんだ。通信は週一でくるから。十二歳になったらエディさんが剣術を教えてくれる約束なんだ」


「へー……」


「オレもまほう、がんばってる!」


 えっへん、とルーフが言う。まあ、それならいいのだろうけれど。


「そんで、チコ、荷物と一緒にクソ親父からこんな紙がきてたぞ」


「私に?」



 ――ヒースのミルクを取りにいってくれ



 紙にはそれしか書いていなかった。


「なに、これ」


「ああ、もうすぐ切れちゃうから……ヒースのミルクをヒースの母親に貰いに行くんだ」


「ふーん。それってどこに?」


「ああ。あの、山」


 そう言ってダンが指をさしたのははるか向こうにある山の上だった。




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