第5話ぴょんぴょん跳ねるものは3

「家に帰ろうか」


しばらくして目を冷ました私は子供たちを連れて湖から帰る。日も落ちてきている。ダンとヒースの二人は怪力で、洗った布団やシーツなども軽々と持ってくれた。


その逞しい後ろ姿を見ながら私はヒースを抱っこして歩いた。


「あ! マルタに餌やるの、わすれた!」


今、思いついたとダンがそう言った。


「浴室に行った時に人魚フードあげたよ?」


「おお。チコってば、気がきくな! もう、俺感動だよ」


「ああ、うん」


十一歳に褒められることではないような気がするが、まあ、いい。苦労しているのかダンは普通の十一歳よりはるかに大人びている。どっちみち、あの賢いエルフ族の子だ。


「ノノッコ、全滅したなかぁ」


「おれ、かゆくない!」


「煙は炊いてきたけどね」


 あれから三時間は経ったのだから煙はもう収まっているだろう。家についた時には全ての器からもう煙は出ていなかった。


「さて、掃除するわよ」


「「……」」


「今までのシッターさんとか、家政婦さんはどうしてたの?」


「初めの二、三日は頑張るけど、親父がベッドルームを真っ先に掃除させてからはその部屋から出てこなくなる」


「え」


「親父が口説かない女の人はチコが初めてなんだ。俺、感動してる。」


「ええ、ああ。なんか嬉しくないけど、ありがとう。うーん、あのさ、私は性別が曖昧なんだ。ドライアドは基本伴侶に合わせて男女の性別が決まるから。だからロード様も私には興味がわかないんだと思う。でも、女の人でトラブルを起こすなら、そもそも男の人を雇えばいいのに」


「ふうん、チコはそういう種族なんだね。親父は自分の屋敷に血縁以外の男は絶対に入れない主義なんだ。アートンさんとエディさんは別だけど」


「エディって、あの、騎士エディ=クロフォード? そんな人まで訪れるのか。さすが勇者様の家……すごい」


 魔王討伐メンバーはこの家に入れるってことなのか。よほどロード様の信頼があついのだろうな。


「とりあえず、応接間から掃除するよ。ダン君はルーフ君とヒース君を見ててくれる?」


「埃吸い取り箒があるよ?」


「ええっ、あの高級品!?」


「アートンさんが改良してるから集めたごみも外のごみ処理施設に転送されるんだ」


「そんなすごいものがあるのか」


「……ノノッコの事がなかったら俺が清浄魔法をかけてもいいんだけど」


「それはノノッコ退治の後にお願いするね」


「俺、チコがきてくれて本当に良かったって思ってる」


「おれも! チコのにおいすき!」


「あ……そう」


 家を出る前の両親の微妙な顔が思い出された。……だんだんわかってきたぞ。きっと勇者が出したシッターの条件は『自分の好みでない』女性ってことにしてあったに違いない。無類の女好きで好みの垣根はないと噂されていた勇者の触手が動かない私……いずれは女性体になると思うけど、今は中性だからね。まあ、ロード様とどうにかなろうなんて微塵も思ってないけどさ。


 散乱している本やおもちゃ、お菓子のカス、脱ぎっぱなしの服などを片付けていく。クッションなんかは念入りに箒で埃を吸い上げておいた。煙で退治しきれていなかったのか、部屋の隅にまだぴょんぴょん飛ぶノノッコを見て、これは長い戦いになりそうだと肩を落とした。その日は応接間と寝室を掃除するのが精一杯で、夕飯を皆に食べさせてからお酒で造ったトラップを各部屋においた。ルーフの強い要望で私たちは四人で寝室で雑魚寝した。



「わ! いっぱいかかってるよ!」


 朝起きると寝室のお酒のトラップに六匹ほどのノノッコがかかっていた。あんなに煙を炊いてから丹念に掃除したのに、こんなにいるなんてあんまりだ。


 ダンとルーフにご飯を食べさせ、浴室に行ってマルタに人魚フードをやる。ヒースのミルクとおむつ替えはダンがやってくれていた。そうして屋敷中掃除して、煙をたく焚く、を繰り返して、あやしいものは洗濯しまくった。


 そうして一週間が過ぎた頃、ようやくどの部屋のトラップにもノノッコがかからなくなった。


「やった……、やっつけたよ」


「チコ……」


 しつこいノノッコをやっとやっつけられて、屋敷はピカピカになっていた。


「「「やったー!!」」」


 達成感にダンとルーフ、三人で抱き合ってぴょんぴょん飛んで喜んだ。


「これで、オレ、まいにち、みずうみでからだ、あらわなくていい?」


ルーフの声に私とダンが固まる。


「体は毎日あらうの!」


九十九%元凶であるルーフに、そう二人で声をそろえて言うとルーフの耳がへにゃりとなった。

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