第7話ヒースのミルクを確保せよ1

「ちょっと、あの山って、手前の低い方だよね?」


「あはは。チコ。ドラゴンがあんな低い山にいるわけないじゃん。その向こうの雪山だよ」


「そんなに遠く!?」


「任せろ。俺、転移魔法使えるからさ」


「転移魔法!?」


 あの、最上級の魔術師しか使えないという!? 


「クソ親父が俺にミルクを取りに行かせるために鬼の特訓を行ったんだ」


 確かにロード様は簡単に使ってたな。いやいや。特訓したってできるものじゃないじゃんか。やっぱ、すげえな、勇者の遺伝子。


「え、それじゃ、すぐ行って帰ってこれるの? 気を付けてね」


「チコ、なに手を振ってんだよ。あそこに行くには国境を超えるから、保護者の付き添いがいるんだよ」


「ええっ」


「だからクソ親父がチコに手紙渡してきたんだろ」


「手紙!? 紙切れじゃん」


「そうともいうな」


「でも、私とダンが出て行ったら、ルーフとか、マルタとか、そもそも、ヒースの世話なんてどうするのよ」


「みんなで行けばいいじゃん」


「……は?」


「だから、みんなで行けばいいじゃんか」


「いやいや、二回聞かなくても分かるから。え、ちょ、本気? ヒースは抱っこでいいけど、マルタ水槽だよ」


「マルタは人型で連れてくから」


「え。人型?」


「うん。あいつ、人魚じゃん」


「人魚族のことあんまり知らないけど、足あるの?」


「あるし、時々歩かさないと弱るんだって。そろそろ歩かないと」


「……」


「あー! 親父と行くのは嫌だったけど、チコとなら安心だ! 途中でいなくなることもないし」


「途中で、ってロード様は子供を放置して帰ったってこと?」


「なんか、ヒースの母親が怖くて、毎回お腹痛いって消えるんだ」


「……」


 本当に、ろくでもないな。



 ***


 じゃあ、マルタを浴槽からあげるか、と言ったダンについていく。今日もマルタは浴槽の中でひらひらと泳いでいた。


「マルタ、ヒースのミルク取りにみんなで行くから人型になって」


 ――ヒースのママのとこ?


「そうだよ。前に行ったじゃん」


 ――さむいからいやだ


「じゃあ、一人で留守番するか?」


 ――チコもいくの?


「チコが行かないと取りに行けないんだ」


 ――チコもいくならいく


 マルタがパシャリと浴槽から飛び跳ねて、外に出た。するとみるみうるちに小さな子供になった。慌てて私は大きなタオルで濡れたマルタを包んだ。


 金色のうねる髪に虹色の大きな瞳……この子もものすごい美人になるに違いない。そのまま私はマルタを抱き上げて、ダンにマルタの部屋だというところに連れて行ってもらった。


「そこのチェストにマルタの服がはいってる」


 言われて白いチェストを開けると可愛らしい服がギュウギュウに入っていた。そこから下着とフリルのついたワンピースを出してマルタに着せた。それだけでもこの世のものとは思えないほどかわいい女の子ができあがったが、髪をリボンで結ぶと殺人級にかわいい。


「マルタ、すっごくかわいい!」


 私が褒めまくって感動していると、マルタが嬉しそうにモジモジしていた。


「チコ、かわいくしてくれてありがと」


 ぎゅっと抱き着いてくるマルタは天井知らずのかわいさである。そうしてマルタを歩かせることにはしたが、久しぶりに歩いたマルタはすぐ足を止めてしまう。


「しんどい……だっこ」


 屋敷の中を歩くだけで抱っこをせがむマルタを抱きながら歩いているのを見てダンがベビーカーを持ってきてくれた。


「マルタ、だっこがいい」


「チコが疲れてかわいそうだろ。歩かないなら留守番だからな」


「う……」


 私のことを心配してくれるダンがそう言うとマルタが泣きそうになる。軽いマルタを抱っこするのはそんなに苦じゃないけれど、ヒースもいるので難しい。


「マルタのドレスは揺れるとかわいいから、歩いて見せてくれると嬉しいな」


 私がマルタにそう言うと彼女はパッと顔を明るくした。


「ひらひら!」


 私から飛び降りたマルタが足を床に付けてスカートを揺らすように足踏みした。か、かわいい!


 当たり前のように私の手を掴んできたマルタと歩くと、ダンが呆れた顔をしてベビーカーを持ちながらついてきた。


「とりあえずヒースをベビーカーにのせて、マルタは歩けるとこまで歩いてもらおう」


 頭の中で算段するダンを見て、今までも苦労してきたのだろうと思った。



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