これから念願のスローライフが・・・始まらない!

 私が辺境の村に到着した翌日。



「敵襲、敵襲!」

「村にワイバーンの集団が!?」


 騒々しい声に、私は叩き起こされる。


(はえ……?)

(なにやら、不穏な悲鳴が聞こえてきたような…………)


 四天王隠居を決め込んで、村に滞在することを決めた翌日に。

 まさか村が襲われるなんて、まさか、そんなことある訳が━━



「カリン様、敵襲だそうです!」

「うわぁぁ!?」


 私が往生際悪く現実逃避していると、メイドのカミーユが部屋に飛び込んできて、現実を突きつけてきた。

 布団から落っこちてじたばたもがく私を、カミーユがひょいと抱えあげる。


 そう、気が付けば私は、ゴブリン山賊団に囲まれていたのだ。

 縋るような視線が、私に突き刺さっている。

 ……ぶっちゃけ、だいぶ怖い。


「ガルガンティア宰相の手によるものと思われます。どうなさいますかカリン様?」

「ふむ、そうだな……」


 逃げるか、逃走するか、それともさっさと距離を置くか。

 それが問題だ。


 正直なところスライムの私など、ワイバーンの集団が本気を出せば、ぺちょんと踏みつぶされてしまうだろう。

 ぺちょんと。


「よし。カミーユ、逃げ――」

「ここで逃げたらゴブリン山賊団の面々が、カリン様の実力に気がついて襲いかかって――」

「我が領で、簒奪行為を働いただと? ふん、恐れ知らずの愚か者どもが。舐めた真似をするとどうなるか――消し炭にしてくれようではないか!」


 耳元でひそひそとカミーユ。

 思わず反射的にそう答えた私に、カミーユは微笑みを浮かべる。


「カリン様も、こうおっしゃってます! 我が地を脅かす愚か者どもを、血祭りに上げてやりましょうぞ!」

「「うおおおおぉぉぉ!」」


 カミーユは、勇ましくワイバーンの集団を迎え撃つことを宣言するのだった。



 ……ヨシッ

 これで、私の出番は終わったな!


 そろりそろりと撤退を……と思っていると、

 ガシリ、と腕が捕まれる。


「おぃぃぃ、カミーユ! は~な~せ~~!?」

「なに言ってるんですか、カリン様の勇姿を示す絶好の機会ですって!」


 カミーユは、悪魔のような笑みを浮かべ、


「皆さんもカリン様の勇姿が見たいですよね?」

「「うおおおおお!」」

「うおっしゃあ! ワイバーンごとき、秒で全滅させてくれる……! 我に任せておけ!」


 残念ながら、退路はなかった。


***


「おい、貴様ら。いったい誰の許しを得て、我が領地を襲撃しておる?」

「何だ貴様は。我らはガルガンティア様直属のワイバーン隊であるぞ!」


 数分後。

 私は、単身で敵のリーダーらしき男と向き合っていた。

 殺意は、ゴブリン山賊団団長のアベルと良い勝負。もう帰りたい。



「待てよ、こいつは追放されたっていう雑魚スライムの……」

「なんだと!? 今作戦のターゲットじゃないか!」


 げっ、余計なことに気がつきよって。


「へ? 人違いじゃ……」

「ものども、かかれえええ!」

「うわぁぁあ!?」


 ワイバーンに乗った騎兵が、私に向かって突撃してきた。

 挨拶代わりに殺しにくるあたりは、さすが魔王城クオリティ。逃げ出して正解である。



 私はすかさずカミーユに合図して、後方に撤退(運んでもらった!)

 不敵な笑みを浮かべると、


「私が出るまでもないな。ものども、かかれ!」


 プランBだ。

 そう声を掲げる。


 余裕たっぷりに。

 こう見えて、味方の士気を上げるための行動には自信があった。

 なんせハッタリのプロなので。



「カリン様の恐ろしさを思い知らせてやりましょうぞ!」

「今こそ、カリン隊の底力を見せるとき!」


 続々と、声が上がる。

 果たして、ゴブリン山賊団の士気はとても高かった。



「ふう、一件落着っと」


 戦いを見守っていたが、何やら雲行きが怪しい。

 どんぱちどんぱちと、それはもう恐ろしい勢いの殺しあいが発生していたが、どうもゴブリン山賊団が圧されているようなのだ。

 

「うん、まずいですね。思ったより山賊の方々が、クソ雑魚みたいですよ、これは……」

「まずいじゃないか! どうするんだ?」


 私が助太刀しようにも、秒で踏み潰されてぺちゃんこだ。まあ、こちらにはカミーユが居るから大丈夫だろうけどな!


 戦いを見守る私たちのもとに、一匹のワイバーンが突っ込んできた。


「高みの見物決めてるんじゃねえぞ!!」

「ヒェッ……」 

「カリン様に触れようなど、100万年早いです!」


 カミーユが、ワイバーンを一刀両断する。

 ぶっちゃけこいつは、四天王の私より100億倍強い。



「仕方ありませんね、いつものやりますか」

「私は楽でいいのだが……。カミーユ、やっぱり大変じゃないのか?」

「いいえ、大変ではありませんね」


 カミーユが、苦笑する。


 戦法はいたってシンプル。

 私の掛け声に合わせて、カミーユが味方全体に強烈なバフをかけるのだ。

 近接戦闘最強のカミーユは、バッファーとしても史上最強なのだ。どっちか、その才能分けてくれ。



「でも、ちょっぴりずるい……」

「あー!? 離れろ、鬱陶しい!」


 どさくさに紛れて抱きついてくるカミーユをいなしながら、


「アベル、貴様らそんな雑魚どもを相手に何を苦戦しておる? ワイバーンのごとき矮小な者、早く血祭りに上げるのだ!」


 そう宣言。

 その声はカミーユの拡声魔法によって、拡散されていく。


「だって……。カリン様の可愛い声で応援されるなんて特権……、許すマジですよ」

「私には、罵倒にしか聞こえんが?」


 昔、誠心誠意、お願いしようとしたらカミーユに止められた。罵倒するように、蔑むように、そんな訳の分からん演技指導の果てに、私の演技は成立しているのである。


「「「うおおおぉぉおお!!!!」」」

「今日も良いロリっ子罵倒声! GJです、カリン様!」


 大丈夫か、こいつら……?

 なんでこれで士気が上がるのか、訳が分からん。



 こっそりと、カミーユが支援魔法をかけていた。

 ゴブリン山賊団の面々は、まんまと私の掛け声で力が漲ってきたと錯覚した。

 毎度思うが、なんでこんな方法が上手くいくんだ……?



「相手は、ただの暴君……いいや、国の誇りを忘れた国賊だ。諸君らの背後には、カリン・アストレアが、誇り高き四天王がついている。恐れるものは何もない……ただ、敵を討て!」

「カリン様は優しくいらっしゃいますが、私はカリン様ほど安くありません。 この戦いで無様を晒してものは……、わかっていますね?」


 だから、そんな冷たい笑みを浮かべるんじゃない。

 反乱起こされたら、私、ぺっちゃんこゾ?


 まったく、私が必死にご機嫌とりをしているというのに。……しかし、ゴブリン山賊団はキリッとした顔でワイバーンの集団に向き直ると、



「やれ~~っ! これまで虐げられてきた者たちのプライド見せてやれ!」

「すべてはカリン様のために!!」


 ゴブリン山賊団の士気はみるみる高まり、なんとワイバーン騎兵隊をバタバタとなぎ倒していくではないか。


 カミーユの怪しげな術により、ゴブリンたちの筋肉が肥大化していた。肥大化した筋肉をフル活用し、ゴブリンはその辺に入っていた木をつかみワイバーンに投擲する。

 恐ろしい勢いで飛んでいったそれは、ワイバーンをあっさりと串刺しにした。……怖っ!


 どや顔で戦況を見渡す私は、内心はぶるぶるだった。

 それでも余裕の笑みは崩さない。

 なんせこの道(はったり)のプロなので。



「くそう! 覚えてろぉ!!」

「ふん、口ほどにもない」


 そして、最強と化したゴブリン集団がワイバーンの群れを打ち倒し、村には平和が訪れた。



「ふ~、こんなもんだろう」

「良かったですね、みなさん。及第点らしいですよ」


 メイドのカミーユは、好き勝手なことを言っていた。


***


 戦いが終わり、ゴブリンたちは人に擬態する形態に戻った。 ちなみに私は、元々のつるぺたボディのままである。



(うむ……)

(やっぱり、そうなるよな……)


 村人たちは、ワイバーンを蹴散らした私たちに、畏怖の目を向けていた。

 根が小心者の私は、恐怖の感情にも敏感なのだ。


 そう、 私の希望はあくまで平穏な毎日。

 辺境でおもしろおかしく過ごせれば十分なのだ。

 そんなわけで、


「驚かせてしまってすまないな。大事なこの村で暴れまわる馬鹿どもがいたから……、ついな」

「ははぁ。この度のこと、一体、何と感謝申し上げれば良いのか……」


 平服してくる村人たち。

 違う、私が求めているのはそうではないのだ。


「気にすることはないぞ。これぐらい、領主として当然の務めだからな」


 相手に共感を示し、徹底的に敵意がないことを示す。

 そして隙あらば、相手をヨイショ。

 これが最弱なりの処世術なのだ。


「カリン様は何もしてないですけどね」

「やかましいわ!」


 何か言ってるメイドに言い返しながら、私は言葉を紡いでいく。



「これまではつらかったと思う。魔族領のことを恨むのも当然だ。だけど……、少しだけ信じて欲しい。これからは、この領の暮らしが良くなるよう、少しずつ努力しようと思っているからな」


 一応、本心ではある。

 豊かなぐうたらライフを謳歌するには、住んでいる場所が発展している必要があるのだ。


 具体的にするべきことは何も分からない。

 まあ、カミーユやゴブリン山賊団のみんなが頑張ってくれるだろう。



「そんな面倒なことしないでも、それだけの力があるなら力ずくで支配してしまえばいいのに……」


 恐ろしい呟きが聞こえてきた。

 声の主はゴブリン山賊団の誰かである。


 

「本気で言ってるのか!? 武力での支配など……、馬鹿げたことだ。おまえらも、そう思うだろう?」


 おい、せっかく丸く収まりそうだったところになんていうこと言いやがるんだ。

 力による支配なぞ、私の本当の力がバレればおしまいだ。ぺちょんと潰される。


 そんなわけで私は、馬鹿なことを言い出したゴブリンを本気で睨み付けた。

 そんな様子を見て、ゴブリン山賊団リーダーのアベルが不気味なほどに暖かな笑みを浮かべながら、



「では、カリン様はこの地で暴力を振るうつもりはない……、そうおっしゃるのですね」

「あ、当たり前だ!」

「ナイスアシストですよ」


 ぽつりと呟いたカミーユの言葉は、どういう意味なのだろうか。



「カリン様、カリン様、カリン様!」

「おおぉぉ!! 此度の領主様は、なんとお優しい!」


 果たして村人たちからは歓声が上がり、中には涙ぐむものまでいた。



(よしっ! なんだか分からんが、なんかうまくいったな!)


 終わり良ければすべて良しだ。

 そして私のぐうたら辺境スローライフが、今度こそ始まろうとしていた 。



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