第23話
金田は家に帰らず、コンビニやファストフード店をまわっていた。道中、行き交う車のミラーに、ついてくる男が見える。数日前、事務所の前で感じた視線は、どうやらこの男で間違いない。
ファストフード店で席に座り、ハンバーガーを食べながら、本を読んでいるふりをする。男は、3席奥でこちらに背を向けている。電話で誰かと話しているのを確認すると、その男のもとに駆け寄った。
男は、急いで電話を切った。
「何ですか?」
と、突然寄ってきた金田に問う。
「それはこっちのセリフです。どうして、つきまとっているんですか?」
「はい? 意味が分かりません」
「今の電話、誰です?」
「関係ないでしょ?」
男は、立ち去ろうと荷物をまとめる。
「ポテト、食べないのならば、いただきますよ」
「勝手にしてくれ」
男が立ち上がったとき、別の人物がやってきた。
「こんばんは」
聞き覚えのある声。佐伯が立っていた。
「あなたでしたか」
「すみません、金田さん。この人は、私が雇った探偵です」
佐伯は、その男に言う。
「もう大丈夫です。報酬はあとで払いますから」
「すみません」
探偵の男は去っていった。
佐伯は、空いたその席に座る。
「すみません。気を悪くしましたよね」
「どうしてこんなことを?」
「金田さんと同じです」
一瞬で、調査がバレていたことを悟った。金田も、席についた。
「そんな気を落とさなくても。はい、ポテト」
「いつから気がついていたんですか」
「駐車場でぶつかったときです。手に怪我をするほど強くぶつかってきたということは、急いでいたということ。あのとき、連れはいないようでしたので、待ち合わせか、テナント店舗の従業員なのかと思っていました。でも、怪我の手当てをしていたとき、金田さんは時間をちっとも気にしなかった。何かあるなと確信しましたよ」
「あのとき佐伯さんは、カフェに連れていってくれました。情報を得るためでしたか」
「ええ。面白いなと思ったんです」
金田は、さらに肩を落とした。ポテトをつまむ。
「面白いって、何なんですかね」
「え?」
「佐伯さんから連絡がきたのは、私が面白かったからだろうって話になったんですよ。変わり者というか珍しいっていう意味じゃ、なかったんですね」
「ついでに言ってしまうと、そういう面白さもありましたよ。服装が浮いている女性とは、関わったことがなかったので」
「ひどい」
金田は、もはや何も隠そうとはしなかった。ただ、夕飯のポテトを無性で食べていた。
「これが、素の金田さんか」
「どうも。これまでテリトリーにお邪魔してすみませんでした」
佐伯は笑う。
「そんな。今夜、ホテルにお連れしようと思ったんですが」
「ホテル? 食事じゃなくてですか? あ、でも、もういいじゃないですか。今ここで、食事してますし」
「ポテトだけでいいんですか?」
「さっきハンバーガーも食べました」
「冷たいなー。待ち合わせは、ヒルズ前でしょう?」
「それ、まだ続けるんですか?」
「もちろん。だって今日、池綿裕太が来るんですよ」
「え!?」
金田の大きい声に、他の客も驚く。佐伯は嬉しそうに笑っている。
金田は、落ち着いたトーンで佐伯に話す。
「あの、佐伯さん。池綿がホテルに来ることを、なぜ私に知らせるんです? 仕事柄、隠すべきでしょう」
「そうでしょうね。田淵カンパニーが、田淵ヒルズトーキョーを手掛けてから、社長をはじめ多くの著名人のスキャンダルを守ってきました。でも、不倫は、悪いことだと思うんです。言ってしまえば、契約違反ですよ。裏切って、人の人生を変えるなんて、許せない」
佐伯の口調が強くなっていた。
「佐伯さん?」
「小さい頃、父の不倫が原因で両親が離婚しましてね。母に引き取られたものの、生活に苦労しました。母の実家が、いわゆるお堅い家系で、フリーターの父と結婚するときに、勘当されたようです。そんなに愛した母を捨てたんですよ。今でも父のことは許していません」
金田は、黙って聞いていた。
「すみません。こんな話、いらないですね」「佐伯さんは、池綿が不倫していると確信しているんですか?」
「はい。池綿が何度も部屋に呼んでいる女性がいますので」
「誰ですか?」
「残念ながら、名前は分かりません。だから、確かめにいきましょう。その前に、服を買いにいきましょう」
「え」
「さすがに、浮きます」
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