第22話

その日、金田はソファにもたれかかっていた。

事務所内には、いつものように経費を計算するふくちゃんと、横になっている南がいる。

南が、ふくちゃんに小さい声で聞く。

「金田、どんな感じ?」

「熱はないみたい。身体というより、心の病なんじゃない?」

「原因は佐伯か?」

「おそらくね。恋の病」

「はあ?」

「金田さんより、所長、自分のことを心配してくださいよ。昨日、奥さまから電話がありましたよ」

「なんで?」

「この依頼があってから所長、外食ばっかりでじゃないですか。朝昼晩、3食外食していたら、そりゃあ浮気してるんじゃないかって、疑いたくもなりますよ」

「家庭をもつって、大変だね」

「そうですね。でも、メロンお土産にしたんでしょ?」

「高級メロンだからね。みんなには秘密よ」

「はいはい」

「1個3万円」

「3万!」

そのとき、金田のスマートフォンの着信音が鳴った。

「誰? 彼氏? ……いないか」

「佐伯さんからです」

「おっ」

佐伯からのお誘いメールだ。

「所長、今夜、佐伯さんと接触します」

「いいぞー。佐伯から聞き出せたら、ぐんと進むぞ」

そこに、影野が帰ってきた。

「おかえりー」

「田淵ヒルズトーキョーをとことんきれいにしてきました。VIPエリアには、一部の清掃員しか入れないようです。池綿は現れませんでしたが、代わりに河合さんに会いました」

「何してたの? 河合さん」

「散歩中、ビル前で友人とばったり会ったようで、カフェに行っていたようです。そのカフェが田淵ヒルズトーキョーの3階に入っているんですが、コーヒーがおいしいと勧められてしまい、そのあと僕ひとりで行きましたよ」

「おいしかった?」

「ええ。まあ、コーヒーの味はよくわからないんですけど、おいしかったですよ」

影野は、そう報告をしながら、上着を着替えた。

「次はどちらへ?」

「周りのビルから張り込んでみます。では」

「いってらっしゃい」

「おい影野」

南が影野を引き止めた。

「やる気満々じゃん」

「河合さんと話していたら、なんか池綿が羨ましいというか、ムカつくというか、そんな気持ちになったんです」

「あっ、そう。ひとつだけ忠告しておく。人の女には、手を出すだよ」

「心得ています」


金田はというと、またボーっとし始めた。佐伯とまた会うにあたり、どんな顔をしていいのか分からないようだ。

「佐伯とは、どこに行くんだ?」

「田淵ヒルズトーキョーの前で待ち合わせですが、行くところは決まっていません」

「焦らず、ゆっくりな。佐伯はマスコミ対策抜群のキレものだ。慎重に」

「はい。では、佐伯さん対策をしますので、帰ります」

ふくちゃんは、そう言う金田を、ちょっと奥に呼んだ。


「大丈夫?」

「なにがですか?」

ふくちゃんは、金田の倍以上の人生経験がある。顔色を伺えば、大体どんな悩みかなんて見当がつく。

「好きなんでしょ?」

金田はドキッとした。

「な……なにがですか?」

「佐伯さん」

まるで犯人を取り立てるように、金田の周りをうろうろとふくちゃんが回りながら、金田の様子を確かめる。

「この前、レストランに行ったあとくらいかな。なんか変なんだよね。心が、どっかいってるのよ」

「別に、私は、捜査に夢中になっているだけです」

「それだけ?」

「それだけです」

「好きなら好きって認めたほうがいいよ。女の先輩として言うね。恋愛には素直じゃないといけないわよ」

金田の両手を、やさしく温めるふくちゃん。金田は、ふくちゃんに訊いた。

「好きって、どんな気持ちですか?」

「相手のことを思うと、ドキドキする感じ。そういうのは、佐伯さんに教えてもらいな」


部屋の奥で起きている女の裏話に、南が耳を傾けていた。

「俺、恋のキューピッドになっちゃたかなー」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る