第11話

2人は事務所に帰ってきた。


「お土産ー」

「わーっ」

ふくちゃんが駆け寄る。

「お豆腐?」

「食べてみて」

昼食前のふたりに、先ほどの中華料理店の豆腐と、同じ商店街の弁当屋の幕の内弁当を買ってきた。

「金田。ブログの画面、そのまま印刷してもらえるか?」

「分かりました」


ふくちゃんは、弁当と豆腐を食べ始める。

「うん。おいしい。でも、どうしてお豆腐なんです?」

「麻婆豆腐がおいしかったからです」

「麻婆豆腐? あれ、担々麺じゃなくて?」

「そうなんだよ。担々麺はふつうなんだよなー。豆腐が美味すぎてさー」

「その豆腐ですか?」

金田が印刷したものを南に渡す。

「金田もほら」

金田も豆腐を食べる。

「うん。すごく濃厚。固めだけど、とろける感じ」

「それそれ。そのとろける感じだよ。それが辛いのと合わさって、麻婆豆腐なのにふんわり系っていうのかな、とにかく美味いんだよ」

「これだったら、ブログに載せたくなりますね」

「でも載せたのは……」

「担々麺」

「……なんで?」

「そこなんだよなー」

南はブログの内容に目を通す。

「これ、1年前なんだ」

「はい。ブログを立ち上げたのが1年半前で、53番目の記事です」


『53軒目はここ。担々麺が美味い!』


「池綿はこの頃、すでに名が売れていたよな?」

「ちょうど刑事ドラマで初主演をしたときですよ。話題になったと思います」

「疑問は2つ。まず、池綿が店にきたというのに店員がそのことに触れない点。店にサインは飾ってなかったし、有名人がきたという売り方はしたくないのか、まったく池綿について触れなかった。彼を知らないのか、言いたくないのか。

「池綿も店の名前は載せていません。ですので、たどり着くのに苦労しました」

「2つ目は、豆腐。なぜこんなに美味い豆腐ではなく担々麺を載せたんだ」

「ですよねー」

「担々麺が好きなんですかね、池綿さん」

「ちなみにですが、池綿さんのブログに紹介された53番目がこの担々麺ということは先程お伝えしたとおり。ところが、中華というジャンルでは、1番目の記事です」

皆は、リストを見返す。1オムライス、2ハンバーグ、3団子、4抹茶プリン、5から揚げ、6ペペロンチーノ、7しゃぶしゃぶ、8親子丼、9野菜スティック、10タピオカドリンク……


「たしかに。僕だったら、50番までにはラーメンは必ず入ってます」

「中華料理は、ラーメンに限らず、エビチリや回鍋肉、チャーハンなんかもすぐ思いつきます。ちょっと待って、これ」

ふくちゃんが、あることに気がついたようだ。

「53担々麺、54ガーリック餃子、55海老チャーハン、56杏仁豆腐、57すき焼き、58北京ダック……この時期に、中華料理が集中してる」

「あ、あの」

影野が、南に疑問を投げかける。

「池綿の浮気と中華。関係あるんですか?」

素直な質問に、南は真剣に答える。

「影野、昨日何食べた?」

「ラーメンですけど」

「風邪ひいたとき、何食べる?」

「おかゆですかね」

「嬉しいときは?」

「ちょっと豪華なラーメン」

「悲しいときは?」

「酒」

「人間は、体調や感情で食事が変わるもんなんだ。季節のイベントなんかでも、例えばクリスマスにケーキを食べたくなるだろ? 大袈裟だが、食事習慣を知り、好みを知ることが、人の心情の変化を知るきっかけになるんだ。探偵の仕事の醍醐味は、浮気をしているかを知ることじゃなくて、その人を知ることなんだよ」

「はぁ」

「ある時期に中華料理が集中しているということは、中華料理にはまったきっかけがあるのかもしれない。もしかしたら、浮気相手が中華料理屋で働いているのかもしれないし、単に中華好きなのかもしれない。正直、現段階ではどんな関係があるのかは分からないが。だが、答えに辿り着く一本の糸には違いないんだよ」

影野は、その言葉に心を打たれた。

「なーんてな」

「え?」

「俺が単純に食べたいだけー」

笑みを見せる南。厳かな空気が、一瞬で和んだ。

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