グルメツアー

第10話

「ここですね」

と、南と影野がやってきたのは、とある商店街の裏通りにある中華料理店。店先のディスプレイにある担々麺が、食欲を誘う。

「うまそうじゃん、なあ影野」

「はい。あのー所長、ブログに載っていたお店の料理、全部食べるんですか?」

「当たり前よ。何かネタが掴めるかもしれん」

先日、金田がまとめた資料によると、ブログ掲載店舗数は281。料理は510品である。

「数が多すぎますって」

「どうせカップラーメン食うつもりだったんだろ? 付き合ってくれてもいいじゃないか」

「まあ、仕事ですので」

「そうだよ。3食、食事代は事務所持ちなんだから。おやつ付き」

「それは嬉しいですが」

「とりあえず、近場で、まずはこの中華料理屋だ」


ドアを開けると、中年の大将から「いらっしゃいませ」と威勢のいい声をかけられた。

カウンター席が10席。昼時にも関わらず、客は南たちを合わせて3人。裏通りで目立たないからか、繁盛しているとは言い難い。

「男しかいないな」

「女性は入りにくいかもしれませんね」

すぐに担々麺を注文したいところだが、探偵たるもの、ここで探りを入れる。

「おすすめは何ですか?」

有名人がきたとなれば、店側は当然自慢したいもの。店のおすすめを言ったあとに、誰がきて何を食べていった、なんて言いたくなるものだ。


しかし、そう上手くはいかなかった。

「麻婆豆腐だよ。この店で一番人気」

予想外の返答だった。

「麻婆豆腐?」

担々麺という答えしか返ってこないと思い込んでいた影野は、拍子抜けする。

「兄ちゃん、辛いのは苦手かい?」

「まあ、はい。あんまり得意では……」

「ふん、一度食べてみな」

「はあ」

ここで麻婆豆腐を断わるわけにはいかない。

「じゃあ、麻婆豆腐を。所長は……」

「俺は担々麺を」

「はいよ」

ブログの担々麺に意味はあったのだろうか、と顔を見合わせる2人。店内の壁に貼られたメニューを見渡しても、特に担々麺を推しているような雰囲気は感じなかった。



しばらくすると、麻婆豆腐と担々麺ができた。おすすめの麻婆豆腐は、見た目は特別変わっていない。しかし、食べてみると、店員の言葉の意味が分かった。

「おいしい。所長、これおいしいですよ」

と影野は感激する。南が横から手を伸ばし、麻婆豆腐をひと口食べる。

「うん。辛味はあるが、マイルドだな。何より豆腐が美味いな」

それを聞いた店主が言う。

「だろ? 手作り豆腐でね」

「手作りか。豆腐だけでもいける」

「もちろんだ。あっちで豆腐を売ってるから、よかったら買ってってくれ」

店主が指を差したのは、入り口の反対側。

どうやら、店の奥で豆腐を売っているらしい。


さて、例の担々麺はというと、麻婆豆腐の美味さの後のせいか、特別な感想はなかった。


「豆腐、買って帰るか」


豆腐売り場は、店の奥、というより入り口だった。

この中華料理店は、道路側である東に飲食の入り口があり、商店街側である西に豆腐屋の入り口がある。どちらからも行き来できるようになっており、珍しい。兄弟でやっているようで、老舗の豆腐屋だそうだ。


南は影野に聞いた。

「どう思う?」

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