第9話

狭い事務所の中で、第1回調査報告が行われた。


口火をきったのは南。

「テレビ局をまわって聞き込みをしてきたんだが、池綿裕太という名前を聞いただけで褒め言葉の連続でね。非常に真面目な好青年らしいな」

「池綿さんが出ていたバラエティ番組を見たことがあるんですが、落ち着いていて大人な印象を受けました」

と金田。

「私も見たことある。共演者たちも、礼儀正しいって言ってたような」

とふくちゃんが続ける。

「イメージ通りってわけですか」

と言うのは影野。

「まあ、若手俳優が売れてくると、ライバルから嫌な情報を売られることがあるからな。ほら、人気俳優が共演者と不倫なんて、よくあるだろ。あーいうのは、マスコミにネタを売っている人物がいるもんなんだよ。つーことで、引き続き俺は、マスコミへの聞き込みを続けてみる。影野、そっちはどうだ?」

「僕は、収穫ありませんでした。芸能人なので、接触には時間がかかりそうです。ちなみに今度、池綿さんの主演ドラマのエキストラをしてきます」

「そうか。よく、エキストラなんぞ受けられたな」

「ええ、まあ。偶然ですが、登録していたエキストラ会社から、撮影の知らせが届いたんです。これは行くしかないと思いました。落ち着いていてクールな池綿の、素の表情に出会えるかもしれません」

「金田は?」

「ピンとくるものはありませんでした。とりあえず、今知っている情報をまとめてみました」

ふくちゃんが、ホチキスでとめた数枚の資料をみんなに配る。


その資料に沿って、金田が読み上げる。

「池綿裕太、28歳。宮城県出身で大学入学と同時に上京。大学時代に芸能プロダクションからのスカウトで所属。真面目な人柄から、教師、医者、警察官といったお堅い職業の役でドラマや映画に出演しています。今クールのドラマでは、侍役に初挑戦しています。バラエティ番組では、先ほど影野さんが言っていたように、落ち着いていてクールなイメージで出演しています。口数は少ないですが、番組にうまくはまっているようです。実際の性格は、と調べましたが、数年前、とある雑誌のインタビューで『口下手だから人付き合いは苦手』と答えています。違う雑誌でも、『女性とあまり話したことがなく、河合さんと仲良くなるのに何を話したら良いか分からず、本を読んでコミュニケーションの勉強をした』とか『人に合わせすぎてしまい自分の本音を言えない』と書かれていました。こうした対人関係についての悩みが、逆に慎重と捉えられ、真面目で誠実な印象を与え、多くの人から好評価を得ています。ふつう、有名になるにつれ、アンチなコメントも増えていくものですが、顔の良し悪し以外の批判的意見はみられませんでした」

ページをめくると、池綿の生い立ち、出演メディア、記事の抜粋等がきれいにまとめられている。


金田は、報告を続ける。

「ピントを絞るとすると、その次のページです。池綿はグルメのようで、ほぼ毎日ブログに食事の写真を載せています。仕事関係者と外食も多いので、ここからネタを掴めると思います。ブログに載っていた、食事内容と飲食店をリストにしました」

リストは、ページにぎっしり。1ページに50件の店名とメニューが記載されており、それが4ページに達している。

「3か月分です。実は、まだ途中です」

「ええ? どれだけ外食してるんだよ」

と南はあきれる。


「あの、金田さん、女性と写っている写真というのはないんですか?」

「池綿のブログの写真は、ほとんど食べ物です。河合さんも写っているのは、このなかで5枚だけ。河合さん以外の人物の写真はありませんでした。文字として、ドラマの共演者と食事に行った、とは書いてあっても、写真がない以上、それが本当かは分かりません。それに」

「それに?」

「今の時代、浮気相手が女性であるとは言い切れないかと」

「そ、そうなると、なかなか難しい依頼にななるな」

「写真をよく見てみると、料理の皿の横に写っています。例えばこれ」

金田は手に持っていた印刷した写真を皆に見せた。

「この時計はメンズものです。小分け皿があることから、料理をシェアしていることが分かります」

パスタやポテトの大皿の写真にちらりと映る左手首には、確かに男性ものの時計があった。

「つまり、この時計をしている池綿の周辺人物をあたればいいんだな」

「さすが所長です」

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